第38話:【技術の差】ステータス1の戦い方と、おっさんの煽り
(……ああ、本当にめんどくさい。
これだから実戦を知らん素人は嫌いなんだ)
気づけば「私」から「俺」に変わっていた。
これは有希(外側)ではなく、五十嵐剣斗(中身)が表に出てきた証拠だ。
本気を出す時だけ起きる、魂の『うっかり』である。
俺は自分の肉体に、前世で培った禁忌級の強化魔法――『全力の自己強化』を叩き込んだ。
直後、全身から「パキパキ」と、乾いた小枝が折れるような音が鳴り響いた。
(……あー、今、腕の骨が三本イッたな。肋骨も二枚。筋繊維は数えるのが馬鹿らしくなるくらい千切れた)
筋繊維が千切れては治し、骨が砕けては繋ぐ。
超絶デバフと超絶ヒールを同時に回し続けるという
拷問にも程がある自己破壊ループ。
激痛に意識が白く飛びそうになるのを
三十年前線にいたおっさんの気合いだけでねじ伏せる。
(……ふぅ。これで全ステータス「5」か。完全に割に合わんな。
魔王軍のポンコツゴーレムのほうが、まだ出力が高かったぞ)
「有希さん……!? 今、なんか全身から音がしませんでしたか!?」
背後で索敵担当の少年が蒼白な顔で囁いてくる。
「気のせいよ」
「気のせいじゃないです! 聞こえました! パキパキって!」
「成長痛ね」
「十五歳の成長痛じゃないです絶対に!!」
無視。
俺は美少女の顔に『可憐な微笑み』を貼り付け、ポーチからその辺で拾っておいた小石を取り出した。
そして手首のスナップ――実戦の投擲術、それだけで男へ向けてピシッと放り投げる。
「ふん、無駄な抵抗を」
男は動かない。空間を歪めて透過させるか、防御壁で防ぐつもりだろう。
事実、石は男の顔面をすり抜ける軌道に入った。――その瞬間。
「コンッ!」
「ぶふぉっ!?」
男の真横に、名刺サイズの防御魔法を一瞬だけ展開。
通過するはずだった石を障壁で「反射」させ、死角から男の側頭部へクリーンヒットさせた。
「 な、何を……っ!?」
「言ったでしょ? あなたのやる種明かしなんて、ぜーんぶお見通しなの」
俺はわざとらしく小首を傾げてみせる。
「……有希さん今、石で防御魔法に当てて反射させましたよね?」
「そうよ」
「……それって普通にできることなんですか?」
「普通はできないわ」
「「「……」」」
五人が黙った。突っ込む気力も失ったらしい。
男は顔を真っ赤にして額を押さえ、「小賢しい真似を」と唸った。
「ですが、これではどうですかな?」
パチンと指を鳴らす。しかし周囲に変化はない。
俺はフッ、と鼻で笑い、ここ一番の「煽りモード」へ移行した。
「ねえ、『分からせる』とか大口叩いておきながら、何にもしてこないの?
もしかして、ただのハッタリ? それとも
全ステータス1のか弱い小娘相手にビビっちゃったのかしら?
早く攻めてきたら? ……口だけのヒヨッコが」
最後の一言だけ、うっかり前世のドスの効いた低い声が漏れた。
「「「……(えっ今の有希さんの声?)」」」
五人が同時にのけぞった。
「――今すぐ肉片にしてやろうァァァッ!!」
チョロい。完璧にキレた。
「よっしゃ」と俺は内心でほくそ笑んだ。煽りは完璧である。
直後、背後の空間が裂けて暗殺ナイフが飛び出してきた。
(背後から。基本通りだな)
振り返ることもなく、背中に防御魔法を展開して「キンッ!」と弾く。
続いて左の空間が歪み、三本のナイフが時間差で迫る。
(次は左。セオリー通りすぎて欠伸が出る)
手元の小石を二つ弾いて二本を撃墜。残り一本を限界まで引き上げた動体視力で「ガシッ」と素手でキャッチ。間髪入れず、右から最後の一撃。
「そこよッ!」
奪ったナイフを完璧な角度で振り抜き、火花と共に叩き落とした。
「……いいナイフね? 軽くて重心のバランスが良いわ。素人のあなたには豚に真珠だけど」
指先でクルクルと回しながら挑発を続ける。
「有希さん、ナイフを素手でキャッチしましたよね?」
「したわ」
「……痛くないんですか?」
「痛いわよ」
「「「……」」」
五人がまた黙った。
「これでおしまい? 来ないなら、こっちから行くわよ?」
小石をもう一つ、男の顔面へシュート。
「当たりませんよ、そんなもの!」
男は学習したのか、今度は石の周囲の空間そのものを反転させ、自分の亜空間の中へと吸い込ませた。
それを見た俺は、にやりと笑った。
(……引っかかった。予想通りすぎて逆に心配になるレベルだ)
「……何を笑っているんですか?」
「いやぁ? 私もね、昔そういう『空間収納』を使ってた時期があって。
ちょっと懐かしくなっちゃって」
「……ほう?」
「でも当時の師匠に言われたのよね。
『お前、亜空間は外と繋がってるんだから
繋がりを逆手に取られたら終わりだぞ』って」
「……それが、何だというんですか?」
俺はにっこりと微笑んだ。
「ちゃんと師匠の言葉を守ってたかどうか、今から確認しましょうか」
「は――」
ドガァァァァァァンッ!!!!!
男の体内――正確には、彼が繋げていた亜空間の内部で
凄まじい大爆発が巻き起こった。
男が口から大量の煙と胃液を吐き出して崩れ落ちる。
俺が投げたのはただの石じゃない。魔力を極限まで圧縮し
亜空間の防壁を越えた瞬間に炸裂するよう設定した「遅延魔力爆弾(お手製手榴弾)」だ。
石に見せかけた、ただの起爆装置
「な、な、何をしたァァァッ!?」
「言うわけないでしょ? 敵に手の内を明かすバカが戦場のどこにいるのよ」
「「「……(明かしてもらえなくても怖い)」」」
「この、クソ小娘がァァァァァッ!! 容赦せん、五体満足で帰れると思うな!!」
男は完全に冷静さを失い、亜空間魔法を捨てて、自ら凄まじい速度で俺へと突っ込んできた。
(――誘い込み完了だ)
遠距離から空間魔法を連発されればジリ貧だった。
だが相手から間合いを詰めてくれるなら話は別だ。
俺の土俵に、自分から飛び込んできてくれた。
「死ねぇぇぇッ!」
男が魔力を纏った手刀を振り下ろす。
俺は落ちていたナイフを足で蹴り上げ、両手に逆手で構えた。
「――舐めるなよ、ヒヨッコが」
キィィィィィンッ!!
男の猛攻。一撃でも直撃すれば、オール5の肉体など紙くず同然だ。
だが俺の二本のナイフは、その攻撃の「芯」をことごとく受け流し、威力を殺し、逆に男の衣服と皮膚を紙一重で切り裂いていく。
「な、なぜだ……!? ステータスも、出力も、すべてこちらが上のはずだぞ!?」
「そりゃあ」
俺は男の突きを刃の腹で滑らせ、がら空きになった胸元にナイフを深々と突き立てた。
「数値に頼り切っただけの素人と
何千回も死線を潜り抜けてきた歴戦のプロとじゃ……
蓄積された『技術の重み』が、違うのよ」
ドスッ。
大男が白目を剥いて崩れ落ちた。
「……ふぅ。一丁上がり、ね」
俺は髪をかき上げ、冷たい視線で男を見下ろした。
完璧だ。ステータス差を技術で完全にひっくり返す、教科書通りの勝利。
背後の五人が、固まったまま動いていない。
五人が何かを言いかけて、全員黙った。今は聞かない方がいいと判断したらしい。正しい判断だ。
――しかし、その直後だった。
「……ブふぉッ!?」
俺の口から、噴水のような勢いで真っ赤な鮮血が噴き出した。
「ゴハッ、ゲホッ……あー、やべえ……フルバフの反動で、内臓の毛細血管が全部イッた……ッ」
膝から崩れ落ち、血だまりの中に顔から突っ込む。
「有希さんッ!? 有希さん!!」
五人が一斉に駆け寄ってくる声が、遠くなっていく。
気絶する寸前の男が、薄れゆく意識の中で俺を見て、本気の恐怖に引き攣った声を上げた。
「ヒッ……!? お、お前……そんな、死ぬような状態で……
俺と笑いながら戦って、いたのか……!?
こ、この狂人がぁぁ……ッ!!」
(違う。ただ燃費が悪いだけだ。あと血は止まるから安心しろ)
意識が遠のく中、俺はぼんやりと思った。
(……前世でも、こういうことが何度もあったな。
魔王軍の幹部を倒した後、味方に「お前は化け物か」と引かれたあの感じ。
三十年経って転生しても、変わらないんだな)
(……まあ、いいか)
(どうせ起きたら、子どもたちが泣きながら介抱してくれてるだろ)
(それが、今の俺の日常だ)
俺は血の匂いの中で、静かに目を閉じた。
……本当に、割に合わない。




