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第37話:【聖女の逆鱗】壊された愛銃と、地獄の蓋

第37話:【聖女の逆鱗】壊された愛銃と、地獄の蓋



「な、なんだぁぁ!? 何が起きた!?」

「通路が……通路が消えたぞ! 逃げ道がねえ!」

「誰だ! 誰がやりやがった、あんなデタラメな爆破を!」


爆煙と炎の向こうから、敵たちの絶望が混じった怒号が降ってくる。


(……うわぁ。ちょっとだけ盛りすぎたかもしれない)


私は多重防御魔法の結界の内側で、内心盛大に冷や汗を流していた。

振り返れば、たった今まで人が立っていた通路が、跡形もなく消し飛んでいる。


(……防御を張ってなかったら私も一緒に消えてたわね、これ。急激な燃焼のせいで空気まで薄い。

 自爆による窒息死って、笑えない伝説になるところだったわ)


脱出ルートを頭の中で再構築していると

瓦礫の向こうでモンスターと武装した人間が数人、躍り出てくるのが見えた。


「有希さん、前方から敵です! 十二時方向に三、二時方向に二!」


索敵担当の少年が鋭く叫ぶ。


「任せてッ!」


後衛の二人が、迷いのない動作で魔力を乗せた投石を放つ。

過不足なく、寸分違わず。敵の膝を砕き、体勢を崩す。

その隙間に前衛の二人が影のように滑り込み、急所だけを正確に抜いた。

流れるような連撃。無駄が一切ない。


(……あら)


私は思わず目を細めた。


私がいなくても、この五人だけで完璧に動いている。

教え込んだ基礎が血肉になっている。骨が軋むような努力の跡を、私は知っている。


(……おっさん、少し鼻が高いわよ)


感動に浸っている暇はなかった。


「有希さん、全方向から足音が! 完全に包囲されます!」


「落ち着きなさい」私は周囲を一瞥した。「……右手側の扉、使えるわね?」


「あ、はい! 重厚なやつが!」


「よし。ウィット、お願い」


『やれやれ。ドアノブという文明の利器を無視するのが我が主の悪い癖だな』


私を乗せた白猫(巨大化中)が弾丸の速度で突進し

扉を枠ごと粉砕する。私たちは部屋へと躍り込んだ。


「――てめえらか!? この騒動の原因は!」


部屋の奥に陣取っていた武装集団が、一斉にこちらを睨みつける。


「あら、ごめんなさい。部屋を間違えたみたいね」


私は聖女らしい爽やかな微笑みで踵を返した。


当然、逃がしてくれるはずがない。


「待てコラぁ! 逃がすわけねえだろ!」


リーダー格の男が懐から奇妙な魔道具を取り出し、思い切り床に叩きつけた。


「カチッ」という鈍い音の直後、鼓膜に刺さるような超高音の警報が鳴り響く。


「有希さん、どうしましょう! 敵が、どんどん集まってきます!」


五人が武器を構え直す。その表情に、隠しきれない焦りが滲んだ。


私はその警報の音を聞きながら、あくびをかみ殺した。


「……ねえ、確認なんだけど」


「は?」


「これ、全員? 集まってくる敵。これが全部?」


リーダーが絶句する。

私は少し考えてから、ため息をついた。


「……まあ、いいわ。ウィット、全力で支援バフをかけるわ。一分でお掃除、お願いね」


『一分は短すぎると思うのだが……』


「じゃあ二分?」


『……御意』


私の支援魔法を受けたウィットが、光の筋となって消えた。


一閃。


壁に叩きつけられる音。


二閃。


別の壁に、また誰かが叩きつけられる音。


致命傷だけを外した、精密な制圧。まるで荷物を棚に並べるように

敵が次々と戦闘不能になっていく。


最後の一人が壁際で震えながら叫んだ。


「な、なんだ……! 猫が、猫が光って――」


『我は猫ではない。』


ウィットが静かに訂正した直後、その男だけが、ふわりと丁寧に壁へ「置かれた」。

他の全員が吹き飛ばされている中で、一人だけ。


「……なんで私だけそっと……?」


『お前だけ、泣きそうな顔をしていたからな。手加減してやった。感謝しろ』


「あ、ありがとうございます……」


敵が涙目で礼を言っていた。


「どうかしら。気持ちいいくらい片付いたわね」


『我がやったのだがな。主はただ座っていただけだが……』


ウィットの念話を華麗にスルーしていると、部屋の奥の空間が不自然に歪み始めた。


「……ぐっ、……おのれ……。先生、出番です!」


生き残っていたリーダーが、血を吐きながら叫ぶ。


「……また会いましたね、高橋有希さん」


歪みの中から現れたのは、見覚えのあるスーツ姿の男。

やくざの屋敷で覆面を被って襲ってきたり、レベル上げを邪魔をしにきたあの男だった。

数ヶ月で何度か衝突してきた。

そのたびに計画を潰してきた。向こうも、当然それを覚えている。


「……私はもう、一生会いたくなかったわよ」


「私は会いたかったですよ。あなたのせいで、

 私の計画は何度も台無しにされましたからね」


男から膨れ上がる魔力。本気だ。


だが私の視線は、彼の手の中にある「物」へと吸い寄せられていた。


「……それ」


私は静かに言った。


「私の銃、返してくれないかしら」


それは、私が丹精込めて改良をし続けた「愛銃」だ。

魔法を持たない者が使う、廃れた過去の遺物と笑われるもの。

それでも私が手放さなかったもの。


「ええ。証拠品として預かっていましたが」


男は冷たく笑った。


「……これしきの玩具に頼るから、

 あなたは無能なのです」


魔力を込めた手が、銃の銃身を掴む。


「ちょっ――」


メキメキ、と。


鉄が悲鳴を上げた。


引き金が折れた。銃身が歪んだ。フレームが砕けた。

この世界に来てから一緒に成長してきた相棒が

バラバラの鉄屑になって床にぶちまけられた。


「これで、あなたの得物はなくなりました。魔法もろくに扱えない虚弱体質のあなたに

 何ができますか? これでもまだ、私に口を利けますか?」


五人が息を呑む。

男の魔力が、部屋を塗りつぶすように広がっていく。


私は床に散らばった鉄屑を、ただ静かに見つめた。


「……ねえ、一つだけ聞いていい?」


声は穏やかだった。それが余計に、五人の背筋を凍らせた。


「あなた、今……私の銃を壊したの?」


「そうだが? 所詮、廃れた過去の玩具でしょう」


「そう」


私は深く、静かに、息を吐いた。


「10年。一緒に成長してきた。嫌な事もたくさんあったし、しんどいこともたくさんあった。」


立ち上がる。


「でもこれを改良するという楽しみがあったからここまでこれた。」


聖女の仮面が、静かに剥がれていく。


「あなたは今、それをゴミみたいに床に捨てた」


部屋の温度が、音もなく下がった。


怒りで制御が解けた魔力が、物理的な嵐となって周囲の瓦礫を粉砕し始める。壁にひびが入る。天井から埃が落ちる。


男の顔から、余裕が消えた。


「な……何だ、この魔力……! Fランクのはずが……!」


「Fランクよ。間違いなく」


私はゆっくりと男を見た。


笑顔はない。

温度もない。

ただ、三十年、魔王を含む全てのものと対峙してきた「英雄の目」だけが、そこにあった。


「でも今の私は、機嫌が過去最高に悪い状態のFランクよ。……覚悟はいい?」


答えを聞く前に、私の魔力が解き放たれた。


本当の地獄は、ここからだった。

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