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第4話:【ダンジョン実習】経験値0の完全犯罪、そして絶望へ

ついにやってきてしまった。死刑宣告の日、もとい「ダンジョン実習」の当日である。

学園の正門前に集まる生徒たちの熱気の中、私、高橋有希は一人だけ冥界の淵に立っていた。


(……おかしい。こんなはずではなかった)


入学当初の「足手まといの無能」として放置される輝かしい未来は消え失せ

今の私の評価は成層圏を突破している。

今からでも遅くない、今すぐ私を無能扱いしてくれ。

内心で血の涙を流しながらも

私は集まったパーティメンバーたちに向けて、完璧な(死を覚悟した)聖女の微笑みを向けた。


「皆様、本日は共に助け合い、生きて帰りましょうね」

「「「はいっ! 高橋様の御心のままに!!」」」

(……軍隊か何かか?)


いよいよダンジョン――『迷いの森』へと足を踏み入れる。

だが、私の心の中には、恐怖よりもある種の達成感が勝っていた。


極秘に開発した移動メソッド、名付けて「魔力ホバー歩行」。

足裏に展開した防御魔術と下方への魔力放出の反発力により、地面から数ミリ浮いて滑るのだ。これなら「歩く」ことによる体力消費はゼロで済む。


ただし、魔力調整を1ミリでも誤れば、自重と反発力で両足の骨が即座に粉砕する。

私は今、画鋲の上を裸足で滑り続けるような激痛に冷や汗を流しているが

周囲の信者たちは私の奇行を「草花を踏まない慈愛の極み」と勝手に神格化し

恍惚と見つめている。もはや訂正する気力すらなかった。


森の開けた場所に出ると、私は即座に索敵と防御の結界を構築した。

限界を超えた魔力操作で喉の奥から鉄の味が這い上がってきたが

背後で騒ぎ立てる信者たちの熱狂的な反応など無視して、結界の維持だけに集中する。


ウルフの群れが現れた瞬間、私はありったけの支援魔術を味方全員にぶち込んだ。

苦戦して「高橋さん、とどめを!」と経験値を譲られる事態(=即死)を防ぐための

絶対的オーバーキル。ドーピングされた男子たちが暴風のようにウルフを一掃していくのを

私は安全圏から見守っていた。


その傍ら、私は「魔力眼」を全開にして、経験値が吸い込まれる瞬間を凝視した。


(……見えた。経験値の光は、倒した人間固有の『魔力の指紋』を正確に辿っているんだ)


個体ごとに微妙に異なる魔力の波形。

システムはそれを指紋のように識別し、寸分の狂いもなく「殺害者」へと経験値を流し込んでいる。


(逆を言えば、この認証を誤魔化す『バイパス』さえ構築できれば

私への経験値を外部へ捨てられる可能性がある。……一度きりの、神懸かり的なタイミングが必要になるけど)


最悪の事態に備えた、生存のための危うい仮説。

私は冷や汗を拭いながら、その光景を脳裏に深く刻み込んだ。


そんな中、ふと木の根元で血を流す「猫」の魔物と目が合った。

前世の老兵としての癖で、見過ごせず、つい魔導銃に回復魔術を込めて撃ち抜いてしまった。


淡い光に包まれ傷が癒えた猫は、弾かれたように立ち上がる。

だが、その猫は他の魔物のように逃げ惑うわけでもなく

一定の距離を保ったまま、じっと私だけを見つめていた。

まるで私の魔力の底を値踏みするかのような、魔物らしからぬ理知的な瞳。

やがて、それは音もなく森の奥へ溶けていった。


だが、この「強大な回復魔術ヘイトを森に撒き散らす」というたった一発のミスが

私の完全犯罪を根底から崩壊させることになった。


私は拠点の中央で完全に「置物」と化

、動かずに済む完璧な計画を満喫していたはずだった。


唐突に、森の空気が変わった。

拠点を襲いに来ていたはずの魔物たちが

私たちに見向きもせず、蜘蛛の子を散らすように一斉に逃げ出したのだ。


サァッ……と、風の音が消える。

鳥の鳴き声も、木々のざわめきも

全てが唐突に途絶えた。鼓膜にへばりつくような重く淀んだ空気に

花梨が「え……?」と呟き、男子たちの足が止まる。


前世で幾度も死線を潜り抜けた直感が

全身の毛穴を逆立てて警鐘を鳴らした。

(違う。魔物たちは私たちから逃げたのではない。

私たちの「後ろ」から来る異常な何かから逃げている)


思考が加速する。標的は誰だ? ――先ほど、森の生態系を無視して極大の回復魔術を放ってしまった、私だ。

今すぐ拠点を放棄して散開すれば、あるいは数人は助かるかもしれない。指示を出すんだ。


だが――遅すぎる。


「みんな! 逃げ――」

私が叫びかけた瞬間。鼓膜を破るような轟音と共に、森の奥から巨大な斧が飛来した。


咄嗟に残された全魔力を振り絞り、防御結界を展開する。

激突。結界が凄まじい軋みを上げ、視界がチカチカと明滅した。


目眩ましの精霊魔法を放つ

、それはただの時間稼ぎだった。「オオオオォォォォォッ!!」という大地を揺らす咆哮と共に

上空からオーク・ジェネラルが降り立つ。着地の衝撃だけで陣が吹き飛んだ。


猫への回復と先ほどの防御で、私の体力は既にゼロだ。

ホバー歩行はおろか、指先一つ動かせない。


「みんな、いくよ!! 有希ちゃんを守るんだ!」

花梨や男子たちが奮起し、風を纏わせた槍や剣で一斉に特攻を掛ける。

だが、鋼のようなオークの皮膚には浅いかすり傷しかつかない。


そして、森の覇者が煩わしそうに巨大な腕を横薙ぎにした。

――見えなかった。

その巨体に似合わぬ、予備動作の全くない暴風のような一撃。

気付いた時には、花梨も男子たちも枯れ葉のように吹き飛ばされ、陣形が完全に崩壊していた。


静寂が落ちる。

オークの濁った瞳が、一歩も動けない私を真っ直ぐに捉えた。

ゆっくりと、巨大な斧が振りかぶられる。


逃げ場はない。体力もない。魔力も底を突いている。

スローモーションのように迫る斧の刃を見つめながら

私は至極冷静に、自分の人生の終わりを受け入れていた。


(あ、これ、死んだわ)

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