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第3話:【ダンジョン実習】死刑宣告、あるいは6時間の絶望


私は今日、廊下で白目を剥いていただけなのに、学年1位の成績を叩き出した。

聞けば、過去最高点らしい。


廊下で意識を飛ばすなど本来は不祥事だが

今の私を取り巻く環境は

「死ぬほどツライのに、評価だけがカンストする」という致命的なバグの中にあった。



廊下を数メートル歩くだけで、私の心臓はドラムを叩くような爆音を鳴らす。

あまりの苦しさに壁に手をつくと

通りすがりの生徒たちが「ああ……」と恍惚とした溜息を漏らした。


「見て……あの手の置き方……無駄がない……!」

「最小の接触で最大の安定を得ているわ……!」

(違うんだ。ただの支えだ)


さらに、もつれる足で一歩踏み出せば、周囲の解釈は加速する。

「今の“崩し”……自分の重心すら完全に制御しているわ……!」

「わざとバランスを壊して、次の予備動作へ繋げているのね!」

(制御できてない。死ぬ気で踏ん張ってるだけだ。評価を上げるんじゃない。)


実技教官までもが私の前で背筋を正した。

「高橋有希……廊下ですら一瞬の隙も見せぬ修行、感服した。本日の実技は特級加点とする。そのまま精進しろ」


(……どういう歪みだ。この学園、『動かない=優秀』というルールで運営されてるのか?)



理不尽なのは、母・のぞみの教育方針だ。

「有希は可愛いんだから、立ち居振る舞いを覚えるために足を出しなさい!」という謎の強制で履かされた

この極短スカート。


だが、私の脳内計算機は別の死因を弾き出す。

(露出=急激な体温低下=血流悪化=心停止。

つまりこのスカート、直接的な殺傷兵器だな)


立ち居振る舞いを覚える前に物理的に昇天しかけている事実に、母は気づかない。

ふわり、と風が吹く。私はピクッと反応し、スカートの裾を死守する。


「今の反応……一粒の風雨すら読み切り、聖域を守り抜くつもりね……!」


(違う。こんな無防備に急所を晒すなど、生存本能が許さない。

あと単純に中身おっさんなんだからパンチラは絶対阻止だ。

頼む、賞賛はいいから毛布とズボンをくれ……!)

「なんて気高い防衛線……。誰にも決して穢れを許さない、乙女の矜持を感じるわ……」

(だから違うって)


自分の席で「重力10倍の惑星にいるのか?」と思うほど深く沈み込んでいると、クラスメイトの風間花梨が話しかけてきた。


「有希ちゃん。次の実習、私と組もうよ! 私の班なら、有希ちゃんは一番安全な後ろで休めるよ!」


(勝った)

私は内心でガッツポーズをした。

(完全に勝った。班の最後尾なら、経験値を吸わずに一歩も動かなくて済む。これはもう勝ちだ)


「本当……? ありがとう、花梨ちゃん」

「うんっ! だから、全体を見渡せる『総指揮』の役、有希ちゃんにぴったりだよね! お願いね!」


(……詰みだ)


血の気が引いた。指揮とは全員の動向を把握し

一秒たりとも気を抜けない最も過酷なポジションだ。

「一番動けない奴が、一番全員を動かす側になる」という最悪の矛盾。

安堵の涙は、一瞬にして絶望の冷や汗へと変わった。


だが、その直後のホームルームで、更なる死刑宣告が突きつけられる。

教官が黒板を叩き、無慈悲な宣言をした。


「実習フィールドは『迷いの森』。……移動時間は往復でだいたい6時間だ」


(6時間……?)

私の限界は、徒歩30分。頭の中に、明確な「死のビジョン」が浮かび上がる。

(途中で倒れる→周囲は「瞑想中」だと勘違いして誰も触れない

→そのまま低体温でゆっくり死ぬ。……確定ルートじゃないか)


今の周囲の狂信的な評価なら、私が力尽きても間違いなくこうなる。

「見て、高橋様が森の精霊と対話していらっしゃる……!」

「邪魔をしてはいけないわ。このまま私たちは先へ進みましょう」


そのまま私は放置され、静かに冷え、文字通りの意味で「聖なる石像」へと成り果てる。

誰も助けない。それがこの学園における「聖女」への礼儀なのだ。


笑い声の絶えない教室に──その一言で、空気が止まった。

ふと、他の生徒の会話が紛れ込んだのだ。


「去年も一人、あの森で心臓止まったらしいぞ」

「まあ、あそこは普通に危険だからな」


その瞬間、私の背筋を本物の悪寒が走り抜けた。

(……冗談じゃない。本当に死ぬ場所だ)


放課後、打ち合わせが終わり、一人になった私は、訓練場の隅で魔導銃をそっと撫でた。

生存率と進行距離。それが評価の全てだ。


(……少しでも魔力消費を抑えるためだ。回路を最適化しておくか)

私は人目を忍び、そっと自分の指先を噛み切った。

滲み出た自らの血――高密度の魔力を帯びたそれをインク代わりに

ボロボロの銃身へ新たな術式を直接描き込んでいく。

血を流すたびに激しい眩暈が襲うが、背に腹は代えられない。


だが、私は気づいていなかった。

その姿を遠巻きに見ていた数人の生徒たちが

再び勝手な解釈でハンカチを濡らしていたことに。


「見て……有希様がご自身の血を流しながら、亡きお父様の形見を直しておられる……!」

「ご自分の命を削ってまで、皆を守るための武器を研鑽されているのね……。

ああ、なんて無欲で尊い自己犠牲……!」

(違う、自分の命を守るために必死なだけだ。

血文字の回路なんて完全に呪いの装備の作り方だろうが)


有希の瞳に宿ったのは、冷徹なまでの「生存への執念」だった。


(……これは“回避”じゃない。ただの、延命だ)


だが、このイカサマ計画には、まだ一つだけ致命的な欠落がある。


私の代わりに「私を目的地まで担ぎ上げ

一滴の経験値も吸わせずに、森の深淵を力技で切り拓く……」


私専用の『高性能な搬送機リビング・エンジン』が足りていない。


有希の瞳に、鋭く、どす黒いまでの「生存への執念」が宿る。

一滴の経験値すら吸わず、一歩も動かずにクリアする。

聖女(中身おっさん)による、あまりにも異常なイカサマ計画が、今動き出した。

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