第2話:【レベルアップ=死】無能Fランク、模擬戦で“事故勝ち”した結果
第2話:【レベルアップ=死】無能Fランク、模擬戦で“事故勝ち”した結果
「――息が、できない」
肺が酸素を拒絶し、ひきつった音を立てる。
一歩。たった一歩踏み出すだけで、視界の端がボロボロと崩れるように暗転していく。
心臓が脈打つたびに、全魔力を注ぎ込んだ『自己再生』の術式が、破裂寸前の血管をミシミシと強引に繋ぎ止める。
入学から一か月。
高橋有希としての学園生活は、常に「死の淵」との境界線上にあった。
「見て、高橋さんよ……。あんなに衰弱しているのに、一秒たりとも背筋を崩さないなんて」
「Fランクの魔力効率で、あそこまで自分を追い込めるなんて。まさに不屈の聖女ね」
廊下を這うように進む私を見て、周囲は勝手に感銘を受けている。
違う。お前ら、これは不屈じゃない。
歩みを止めたら、その瞬間に心臓が止まるんだ。止まれないだけなんだよ。
午後の実技授業。訓練場に、筋骨隆々の教官の声が響く。
「――今日から模擬戦闘訓練を開始する! 死なない程度に殺し合え!」
(……いや、私が参加したら『死なない程度』が通用しないんだが?)
他人の試合が始まった。
前世の経験値がある私には、連中の動きが止まって見える。
だが、見えていることと動けることは別だ。
他人の動きを視認するだけで心拍数が跳ね上がり、喉の奥に熱い鉄の味が広がる。
「次! 高橋有希、対、坂上健吾!」
名前が呼ばれた。上がるだけで全身の骨が軋むリングの上。
対戦相手の坂上が、勝ちを確信した下俗な笑みで私を指差した。
「よお、高橋さん。無理してそのガラクタの銃なんか握らなくていいぜ。
俺の女になるなら、優しく転ばせてやるよ」
……返事をする体力すら惜しい。
私は震える手で、自らの血を媒介に改造した魔導銃を握り直した。
「試合、開始ッ!!」
「叩き潰してやる!」
坂上が強化魔法を纏い、砲弾のような速度で突撃してくる。
『魔力眼』を起動した瞬間、世界が凍りついた。
相手の重心、魔力の流れ、次に踏み出す位置。すべてが完璧に見えている。
――だが、肝心の体が、石のように重い。
(あ、これ……死ぬかも。)
肺が呼吸じゃなく痙攣を始めた。坂上の拳が目の前に迫る。
死。
その一文字が脳裏を塗りつぶした瞬間
私は無意識に、前世で培った「技術の極致」を指先に込めて引き金を引いた。
タンッ。
乾いた音が一度。
放たれたのは弾丸ではない。
坂上の『身体強化魔法』の循環を、ほんの一瞬だけ強制的に逆流させる――極小の魔力の楔。
「ぐっ……がはっ……!?」
坂上の体が、不自然に「くの字」に折れ曲がった。
自分の魔法を逆流させられた彼の筋肉は、自重を支えきれずに自壊。
まるで目に見えない巨人に踏みつけられたかのように、彼は頭からリングに叩きつけられた。
周囲からは、坂上が魔法の制御をミスして自爆したようにしか見えない。
だが、崩れ落ちた坂上が顔を上げた瞬間——彼は、見てしまった。
(……え?)
そこには、死にかけた少女などいなかった。
銀髪を冷たく揺らし
燃えるような黄金の双眸で自分を見下ろす——**「死そのもの」**の化身。
純粋にして極寒の『殺意』。
怒りも、憎しみもない。ただ『作業』として命を摘み取るだけの、冷徹な捕食者の眼差しだった。
有希が銃口を突きつけた瞬間
訓練場全体の温度が数度下がったかのような錯覚。
圧倒的な捕食者の気配に、坂上の喉は恐怖で凍りつき
音を立てることすら許されなかった。
「……まだ、やる?」
その声は、鈴の音のように可憐でありながら
絶対的な死の宣告として坂上の脳を支配した。
「……ま、参った。俺の負けだ」
彼が絶望と共に絞り出したその言葉で、ようやく世界から圧が消えた。
(……痛い。痛い痛い痛い痛い……!)
勝利の安堵と同時に、制御から外れた莫大な魔力が体内で暴走しかける。
有希の瞳から溢れ出した涙は、濁りのない銀色の光を帯びて
床に落ちる前に霧となって消えていった。
「見てくれ……高橋さん、勝ったのに、あんなに悲しそうに泣いている」
「戦いを忌み嫌っているんだわ。あんなに神聖な魔力を漏らしながら……」
周囲が「平和を愛する聖女」として勝手に涙を解釈する中
一人の男だけが、その霧に触れ、顔をしかめていた。
彼は有希の横を通り過ぎる瞬間、誰にも聞こえない声で囁いた。
「……あの瞬間、魔力の流れが一瞬だけ歪んだ。……面白い。」
男の言葉に、有希の背中に冷たい汗が流れた。
視認したのではない。彼は、有希が放った魔力が周囲の事象を「切断」した際の
不自然な静寂を感じ取っていたのだ。
「安心しろ。言いふらす気はない。」
一歩、すれ違いざまに距離を詰める。
「ただ――次は外すなよ。今度は、ちゃんと見る」
男はそれだけ言って、興味を失ったように歩き去った。
(……誰なんだあいつ)
動揺で心拍数が上がる。それだけで死のリスクが跳ね上がる。
レベルアップ=死。目立つこと=戦場。戦場=過労死。
だが、私は気づいていなかった。
この勝利が、私を平和なスローライフへ導くのではなく
さらなる異常な怪物たちを惹きつける「標的」になってしまったことに。
(……あいつには、二度と近づかない。絶対にだ
私は、何が何でも畳の上で天寿を全うしてやるんだからな……!)
背後に迫る、どす黒い闘争の気配。
有希(中身おっさん)の「命がけの逃避行」は
すでに逃げ場のない盤面へと引きずり込まれ始めていた。




