プロローグ
プロローグ
「……ッ、見事だ。だが――道連れだ!」
崩れゆく魔王が放った『絶滅の呪詛』。漆黒の槍が、聖女サリアを狙う。
五十嵐剣斗は迷わなかった。大地を蹴り、彼女の前に立ち塞がる。
(……あの日、守ると決めたんだ。お前のその、馬鹿げた平和な夢を)
黒い閃光が剣斗を貫く。魂が摩り下ろされる激痛。
だが、その瞳に宿ったのは、三十年の地獄からようやく解放されるという
奇妙なほど穏やかな安堵だった。
「……よく、やったな。サリア」
崩れ落ちる剣斗。駆け寄るサリアの絶叫。
英雄の意識が途絶える寸前、彼は見てしまった。
彼女から溢れる金色の魔力が、不気味なほどに凪ぎ
凍てつく白へと反転するのを。
「一人には、させないわ……。神がそれを許さないなら、理を書き換えるだけ」
狂おしい愛を抱えた魔女が、神の座を見上げて嗤った。
「――あー。お疲れ様でした、女神様。定時退勤の時間ですよ」
真っ白な神域で、剣斗はふてぶてしく言い放った。
「お疲れ様。さあ、次の人生の希望を言いなさい。一秒も時間がないわ!」
「望みは一つ。もう英雄なんて御免だ。
誰かに守られて、ただ息をしているだけで許される
『絶対安静のスローライフ』をください」
女神は深く頷いた。だが、その背後のモニターには
次元の壁を物理的にブチ破ってこちらへ向かってくる魔女サリアの姿が。
(マズい……! あのストーカー魔女に見つかったら、
この魂、永遠に幽閉されるわ!)
女神は焦った。焦りすぎて、手元の設定サイコロを強引に振った。
「分かったわ剣斗! あなた、可憐な女の子として転生しなさい!
男だと魂の波長でバレるから! ついでに最強のチートもあげる!
魔力はバグレベルのカンスト設定にしといたから!」
「は? いや、待て、なんで性別が――」
「あ、やべ。魂の容量を全部魔力に回しちゃったから、
**体力と筋力が『1』**になっちゃった。ま、いっか! いってらっしゃい!」
「ちょっと待て駄女神! 体力1って
レベルが上がって魔力の出力が跳ね上がった瞬間に、肉体が自爆――」
抗議も虚しく、剣斗は光の渦へと蹴り飛ばされた。
――それから、十五年が過ぎた。
貴族立エリュシオン魔法学園、入学式。
かつての英雄・五十嵐剣斗は、今や銀髪の美少女、高橋有希としてその場に立っていた。
ただし、立っているだけで精一杯である。
(……女神の野郎、本当に『1』にしやがったな)
一歩歩けば肺が痛み、心臓が動くたびに血管がミシミシと悲鳴を上げる。
常に全魔力の九割を『自己再生』に回してようやく生存できている状態。これが有希の日常だ。
「次、高橋有希! 覚醒の儀式へ!」
ざわめきが広がる。
その儚くも美しい姿に、誰もが「伝説級の才能」を期待した。
だが、水晶に手を触れた瞬間、表示されたのは無情な結果。
【ステータス:体力1、筋力1、防御1、魔力:不明……評価:Fランク】
(ギフト:創造神の祝福、創造神の加護、式神契約、直感
魔法:回復(SS)、防御(SS)、支援(SS)
スキル:浄化、魔力制御向上、
「……F? あの美貌で、最底辺の無能なのか?」
「学園一の期待外れだな」
冷笑が突き刺さる。だが、有希は内心でガッツポーズを決めていた。
(よしっ! 期待されなきゃ戦いに出ることもない。レベルを上げずに済む!)
だが、彼女は知らない。
腰に下げた「亡き父の形見(とおもわれている魔導銃)」を愛おしげに撫でるその姿が
周囲には「不遇に耐える健気な聖女」に見えていることを。
(いいか、絶対にレベルを上げるな。経験値を吸うな。トドメは全部他人に譲るんだ。
私は……私は、絶対に畳の上で死んでやる……!)
最強の魔力を抱えたまま、一歩歩くごとに吐血しそうな美少女(中身おっさん)の
命がけのスローライフ防衛戦が、今ここに幕を開ける。




