第35話:【落ちこぼれ部隊結成】猫バス(?)で進む快適な迷宮脱出
黒猫ならぬ白猫のウィットが偵察から帰ってくるまでの間
私たちは薄暗い牢屋の中で円座になり、作戦会議という名の自己紹介を始めた。
「じゃあ、まずは私からね。高橋有希、一応F級。
得意なのは支援と防御魔法よ。よろしく」
私が可憐にウインクして見せると
子どもたちは一様に「えっ……」という顔で引きつった。
(……さっき、石ころ一つで鉄格子横の壁を粉砕した女が
「支援と防御が得意」なんて、どの口が言うんだって顔ね。
でも事実だから仕方ないわ)
ツッコミを待ったが、誰も私の圧倒的な暴力(物理)に触れる勇気はないらしい。
「あ、あの……私は白石結衣です」
最初に私に話しかけてきた泥だらけの少女がおずおずと手を挙げた。
「その……精霊とも契約できないし、魔法の才能もない落ちこぼれです。
もちろん、有希さんみたいな凄い魔法も使えないわ。唯一自慢できるのは
体力と頑丈さがあることくらいで……」
結衣はみるみるうちに俯き、どんよりとネガティブなオーラを放ち始めた。
「俺は高木。俺も……実技の成績が最下位で……」
「私も……魔力量が少なすぎて……」
続く子どもたちも、判で押したように「無能」「落ちこぼれ」という言葉を使って自分を卑下していく。
どうやらここは、学園の劣等生たちを集めた闇のパッキングセンターらしい。
(ふーん。才能がないって言っても、体力はあるんでしょ。
それなら十分よ。私の体力1に比べれば、全員チートみたいな健康体じゃない)
私はパンッと手を叩いて空気を変えた。
「はいはい、落ち込むのは後! 脱出のためのフォーメーションを決めるわよ。
体力自慢の結衣ちゃんと高木くんは前衛の近接アタッカーね。
残りの子は索敵と、拾った石を投げる後衛の牽制役。
で、私は一番後ろで支援と防御を担当するわ」
(よしっ! これで私が安全圏からバフだけ配ってサボる完璧な陣形が完成したわ!
やっぱり、リーダーって楽なポジションを職権乱用できるから最高ね!)
私が内心でダメ上司極まりないガッツポーズを決めていると
鉄格子の隙間から白い影がするりと戻ってきた。
『待たせたな』
ウィットだ。
『出口のルートは確保した。
……だが、人数が多すぎるな。無事に出られる保証はないぞ』
「ご苦労様。ところで、途中に武器とかしまってある倉庫はなかった?」
『武器庫という確証はないが
中に入った人間が剣や槍を持って出てきた部屋ならあったぞ』
「上出来よ。そこへ寄って武器を補充してから出口に向かうわ。案内して」
私が迷いなく指示を出すと
ウィットは『本当に注文の多い主人だ』と呆れ顔でヒゲを揺らし
牢屋の外へと歩き出した。
「あの、有希さん……」
恐る恐る、結衣が私の袖を引いた。
「さっきから気になってたんですけど……有希さん、その魔獣の言葉が分かるんですか?
私たちには、有希さんが虚空に向かって一人でブツブツ喋ってるようにしか
見えないんですが……」
「え? わかるわよ。魔力がある程度細かく扱えるようになれば
念話の波長を合わせられるから」
「ど、どのくらい細かく扱えれば……?」
「んー。そうねぇ」
私は少し考えてから、分かりやすい例えを出した。
「手のひらに普通の小石を10個握って、その10個『すべて』に均等に魔力を込めて
一つも砕かずに数時間維持できるくらいかな?」
「「「…………」」」
子どもたちが、ドン引きした顔で沈黙した。
「そ、そんなの……神業っていうか、人間業じゃないです……
。先が長すぎます……」
結衣が絶望したように崩れ落ちる。
「えー? 簡単よ、慣れれば息をするようにできるわよ」
(母さんの『全治一秒の無限回復・淑女歩行マラソン』という地獄の教育に比べれば
石に魔力を込めるなんて天国のお遊戯みたいなもんだしね)
私は爽やかに笑い飛ばし、式神契約のパスを通じてウィットに魔力を送り込んだ。
ぽんっ、とウィットの身体が膨張し、大型犬ほどのサイズになる。
「よっこいしょ、と」
私は巨大化したウィットのモフモフな背中に乗り込み、
ゴロンと仰向けに寝っ転がった。最高に座り心地のいい特注の猫バスである。
「ゆ、有希さん!? なんで乗ってるんですか!?」
「え? いやだなぁ、私はこうやって高い位置から罠とか奇襲を警戒するのよ
。決して歩くのがダルくてサボってるわけじゃないわよ?」
(体力1の虚弱体質にとって、ダンジョン歩行は命を削る苦行なのよ!
乗れるものには乗る、これがスローライフの鉄則!)
完全に目が泳いでいる私の建前を、子どもたちはジト目で見つめていたが
それ以上は何も言わずにウィットの後をついて歩き出した。
***
薄暗い洞窟の通路をしばらく進んだ頃。
『……有希。止まれ』
ウィットから念話が飛んできた。
『この角を曲がった先に敵がいる。見張りだ。
その後ろの部屋が、さっき言った武器庫らしき場所だ』
「了解」
私は渋々ウィットのフカフカな背中から降りると、角の陰からそっと顔を出した。
数メートル先の扉の前に、ガタイのいい男が退屈そうに立っている。
「……ほい、っと」
私は足元に落ちていた石ころを拾い
指先に『反動相殺結界』を何重にも展開しながら、デコピンの要領で弾き飛ばした。
シュバッ! ゴッ!!
「あぶっ!?」
石ころは男の眉間に正確にクリーンヒットし、見張りは白目を剥いて崩れ落ちた。
「よし、クリア。入るわよ」
私が堂々と扉を開けると、そこには無造作に剣や槍、盾などが立てかけられていた。
「わぁっ! 本当に武器だ!」
「これで戦える……!」
子どもたちは歓声を上げ、自分に合いそうな武器を次々と手に取っていく。
(どれどれ、私の愛しの魔導銃ちゃんは……って、ないわね。
やっぱりあいつら、上層部に回収でもしたのかしら。
チッ、私が持てそうな重量『1』の軽い武器なんて、ナイフくらいしかないじゃない)
私は舌打ちをしながら、気休め程度に軽い短剣を一本空間ポーチに突っ込んだ。
「さて、この見張りのおじさんは中に引きずり込んで……と。
結衣ちゃん、高木くん、悪いけどそいつを木箱に詰めてくれる?
私、か弱いから持てないの」
大男を一撃で沈めた女が何を言っているんだという子どもたちの視線を華麗にスルーし
私は現場監督として的確な指示を出し、隠蔽工作を完了させた。
「よし、準備万端ね! それじゃあ、このまま出口まで――」
私が意気揚々と部屋を出ようとした、その時だ。
『有希、来客だ。……かなり数が多いぞ』
ウィットの毛が逆立ち、低い唸り声を上げた。
それに釣られるように、索敵を任せていた男の子が扉の隙間から外を覗き込み――
顔を真っ青にして振り返った。
「外……なんか、大騒ぎになってます!
足音が、こっちに何十人も向かってきてます!!」
(……はぁ!? いくらなんでも早すぎない!?)
脱出開始からわずか数十分。
どうやら私たちの「お気楽な迷宮脱出ツアー」は、ここからが本番らしい。




