第34話:【どん底からの脱出】契約猫と消えた愛銃
――ポタッ、ポタッ。
冷たい水滴の落ちる音と、カビ臭い空気で私は目を覚ました。
(……痛っ。なんとか生きてたか)
頭の奥でガンガン鳴る鐘の音をやり過ごしながら、私は現状を把握する。
薄暗い岩肌。鉄格子の扉。どうやら洞窟を利用した牢屋の中らしい。
そして何より不快なのは、両手を後ろ手に縛り上げている、重くて冷たい金属の感触だ。
「……ようやく目が覚めたのね」
背後から、声変わり前の少年とも少女ともつかない、掠れた声が聞こえた。
薄暗がりの中に目を凝らすと、そこにはボロボロの服を着た同年代の子供たちが数人
身を寄せ合うようにして座っていた。
「あなたも不幸ね。……私たちは、もうすぐ売られるのよ。出来損ないだからね」
口を開いたのは、泥だらけの顔をした少女だった。
「出来損ない……?」
「覚醒者が通う学校で、落第した生徒の末路がこれよ。
甘い言葉で誘い出されて、こうして捕まって売られるの。
一般人よりは体力があるから、労働力や実験の素体として高く売れるんだって。
……魔力を封じてさえいれば、ただの人間と変わらないから」
少女は私の手首にはめられた重い手錠へ視線をやった。魔力封じの手錠だ。
「ある程度レベルを上げさせられてから、他国に密輸されるのよ」
私は絶句した。
(……なるほどね。前世の世界でも、平和ボケした現代社会でも
結局行き着く先の『闇』は同じか。
人身売買なんて、いつの時代も儲かる商売ってわけだ)
三十年の戦場暮らしを思い出し、私は内心で深い溜息を吐き出した。
「あなたは見た感じ、いいところのお嬢様みたいだけど……ご愁傷様ね」
少女の諦めきった言葉に、私は後ろ手に縛られた手錠を
「ガチャガチャ」と乱暴に引っ張ってみせた。
「無駄よ」
少女が首を振る。
「簡単に外せるなら苦労しないわ。私たちだって、もう数え切れないくらい試したんだもの。
でも、ダメだった……」
「……そう。よく頑張ったのね」
私は聖女の微笑みを浮かべ、少女たちを労った。
「でも、大丈夫。――この程度のオモチャ、私なら簡単に外せるわ」
私が全身の魔力をほんの少しだけ練り上げた、次の瞬間。
――パリンッ!!
手錠に刻まれていた『魔力封じの術式』が
私の圧倒的な魔力密度の前に耐えきれず、あっさりとガラスのように砕け散った。
「よしっ。それじゃ……」
封印が解けたことで、私は即座に自身のギフト【式神契約】を発動させた。
ぼふんっ、と足元に白い煙が舞い、一匹の美しい白猫が姿を現す。
『……ずいぶんと楽しいことをしているようだな』
召喚された私の相棒、ウィットは、後ろ手に縛られて床に転がっている私を見下ろして
呆れたように鼻を鳴らした。
「これのどこが楽しそうなのよ」
『ようやく子どもたちを寝かしつけて、一息ついたところを呼び出されたら
少しくらい皮肉も言いたくなるというものだ』
「あ、それはごめんなさい……。でも、とりあえずこの物理的な手錠を壊してくれる?」
私の【筋力1】では、術式が壊れたただの鉄の手錠でも
自力で引きちぎることは不可能なのだ。無理にやれば確実に手首が複雑骨折する。
『猫缶、一日分で手を打とう』
「……アンタねぇ。こんな命の危機にまで交渉してくるわけ? しょうがないわね」
『契約成立だ』
ウィットが前足を軽く振るうと、鋭い風の刃が私の手錠をスパンッ!と両断した。
「……え?」
一部始終をぽかーんと見ていた少女が、我に返って悲鳴のような声を上げた。
「ど、どうやったの!? 今の魔獣はどこから!? 一体何者なの!?」
矢継ぎ早の質問に、私は適当な嘘を並べ立てた。
「あー、私の手錠、たまたま不良品だったみたいで。
魔力練ったらすぐに壊れたのよ。で、この子は私の相棒。
ねえウィット、ついでにあの牢屋の柵も壊せる?」
私が指さした先には、バチバチと紫色の電流が流れる鉄格子があった。
『断る』
ウィットは即答した。
『できたとしても、少なからず火傷を負うではないか。
我の可愛い子どもたちに、怪我をした父親の姿など見せたくない』
(この親バカ猫め……)
私は呆れながらも、【魔力眼】を起動して牢屋の構造を見渡した。
すると、鉄格子から少し離れた壁の一部に、不自然に魔力が集まっている場所を発見した。
あれが電流の発生源だ。
「しょうがないわね。……あれを撃ち抜くか」
私は太ももに括り付けていた魔力ポーチに手を伸ばし
いつもの相棒――父からの贈り物(ボロボロの魔導銃)を取り出そうとして、
「…………ない」
血の気が引いた。
ない。ポーチの中に、銃がない。
(……あの麻痺弾を食らった時、ポロッと落とした!?
ああああっ、私の愛銃が!! あれがないと『実は圧倒的な火力を持ってる美少女』っていう
カモフラージュができないじゃない!!)
内心で頭を抱えながらも、私は平然を装い
その辺に転がっていた手頃な石ころを拾い上げた。
「……まあ、いいわ」
私は石ころに高密度の魔力をコーティングし
親指の爪弾き(コイントス)の構えをとる。
そのまま全力で投げれば【筋力1】の私の肩は外れるし
無防備に弾けば反作用で指が吹き飛ぶ。
だから、指の表面にミクロの『反動吸収結界』を何十枚も展開しながら、軽く「ピンッ」と弾いた。
シュッ……ドゴォォォォンッ!!!
放たれた石ころはレールガンのごとき速度で壁の魔力発生源に直撃し
爆音と共に厚い岩壁を丸く抉り取った。
ビリビリと鳴っていた電流が、フッと消え去る。
「はい、これでいいでしょ?」
私が振り返ると、少女たちはもはや悲鳴すら上げられず
誘拐犯を見る時以上の恐怖の顔で、互いに抱き合ってガタガタと震えていた。
「(……あれ? 適当な嘘、信じてない?)」
私は微かな気まずさを覚えつつ、ウィットに向き直った。
「ここを壊して脱出する前に、外の様子を調べてきて。敵の配置とか、ルートとか」
『ふむ。だが、規模がわからんから時間がかかるぞ』
「分かってる。絶対に安全なルートで帰りたいから。……報酬は、猫缶2日分でどう?」
『5日分だ。それに、食後の高級おやつも付けろ』
「……足元見るわね。しょうがない、それで手を打つわよ」
『交渉成立だ。行ってくる』
ウィットが闇に溶け込むように姿を消した後。
私は残された子どもたちに向き直り、ゆっくりと
聖女としての慈愛と、ほんの少しの『おっさんとしての凄み(圧力)』を
混ぜ合わせた笑みを浮かべた。
「皆。私はもう少ししたらここを脱出するけど、あなたたちはどうする?
このままここで売られる日を待つか。それとも、命を懸けて私についてくるか」
暗い牢屋の中に、静寂が落ちた。
目の前の「得体の知れない怪物(私)」への恐怖と
それでも生き延びたいという本能。葛藤の末
最初に話しかけてきた泥だらけの少女が、震える足で立ち上がった。
「……っ、脱出する。お願い、私を連れて行って!」
(よしよし。これで万が一敵に見つかっても
この子たちが立派な『囮』になってくれるわね!)
決して口には出せない最悪の計算を胸に秘めながら
私は薄暗い洞窟の奥で「臨時脱出パーティ」の結成を宣言したのだった。




