第33話:【強制連行】と【誤算】
朝。
私の「絶対安静スローライフ」を妨害するように
玄関前には見慣れた黒塗りの高級車が鎮座していた。
「お迎えに参りました、有希様」
車から降りてきた橘が、完璧な角度でお辞儀をする。
「……わざわざ家まで来るとか、ストーカー規制法に抵触してない?
連絡なら昨日のパフェの写真で忙しかったんだけど」
「既読がつかないので、直接お伺いするのが最も効率的だと判断いたしました。
さあ、どうぞ」
有無を言わさぬ笑顔。私は逃げ場がないことを悟り
重い溜息とともに後部座席に潜り込んだ。
***
「ようやく来たか」
覚醒者協会のVIP応接室。
神代のジジイが、相変わらずいかつい顔で待ち構えていた。
「あのねぇ、いきなり連行してこき使おうなんて
労働基準法が黙ってないわよ!
私、こう見えても身体が弱いの。
ちょっと指を切っただけで貧血起こすレベルなんだからね!?」
「はっはっは、安心しろ。
学校にはこちらから『国家的適性検査の対象者に選ばれた』と
公的権限で通知しておいた。
これならお前の母親も、国からの要請ならと納得するだろう」
(……なるほど。「忌引き」なんてバレバレの嘘じゃなく
公権力を使ったわけね。用意周到すぎて可愛げがないわ)
「で、これが作戦用のF級ライセンスと
今回の潜入先パーティの資料だ。
そしてこれを身につけておけ」
渡されたのは銀の指輪。位置情報とバイタルを管理する発信機の魔道具だという。
「……はいはい。囮をやって、裏組織の尻尾を掴めばいいんでしょ。
行ってくるわよ」
***
1階の受付窓口。
私は神代から渡された書類とライセンスを提出した。
受付の女性は書類と私の顔を見比べると……にんまりと
獲物を見るような下卑た笑みを浮かべた。
「はい、確認いたしました。集合場所はこちらになります」
「どうも」
(……なんだ今のニヤケ顔。完全に『裏組織のグル』じゃないの。
ま、想定内だけど)
私は受付嬢の不審な態度をスルーし、指定されたゲート前の広場へと向かった。
集合場所には、いかにも柄の悪そうな男たちが5人集まっていた。
「初めまして、高橋有希です。支援職です」
私が可憐に自己紹介をすると、大剣を背負った男が一歩前に出た。
「おお、よろしくな! 俺がこの中で一番ランクが高い『E級』だから
リーダーを務めさせてもらうぜ! 俺の指示には絶対に従ってくれよな!」
他の4人もニヤニヤしながら「よろしくゥ」と
適当な自己紹介とランク(全員F級)を名乗った。
(……はいはい、テンプレの噛ませ犬乙。絶対お前ら裏組織の連中だろ)
前世で何十年も戦場にいた私の嗅覚は
彼らが発する隠しきれない『殺気』を完全に捉えていた。
***
迷宮に入り、しばらく歩き続ける。
私は最後方を歩きながら、泥や汚れが制服につかないよう
自分だけに極薄の防御魔法を展開していた。
「いやー、それにしても有希ちゃん、すごいね! 全然疲れてないみたいだし!」
不意に、リーダーの男がニヤニヤしながら私との距離を詰めてきた。
「ええ、まあ……」
「――少し、大人しくしてろやぁッ!!」
突然、男が背中の大剣を振り下ろしてきた。完全なる不意打ち。
――ガキィィィンッ!!
だが、刃は私の鼻先5センチに展開された光の盾に弾かれ
男の手がビリビリと痺れて剣を取り落としかけた。
「なんの真似?」
私は冷たい声で言い放ち
すでに腰から抜いていた魔導銃の銃口を男の眉間に突きつけた。
「チッ……こういうことだよ!」
リーダーが叫ぶと同時、周囲の4人が一斉に武器を構え、私に殺到してきた。
『多重・絶対障壁』
私は銃を持たないほうの手を軽く振り、全方位に強固な結界魔法を展開した。
ガンッ! ギィンッ! と、男たちの攻撃がすべて空しく弾き返される。
「な、なんだこの硬さは!? ただのF級の支援職じゃねえのかよ!」
「ば、化け物……っ!」
驚愕して足を止めた男たちを見て、私は深く溜息をついた。
「さて、そっちがその気なら……」
パンッ! パンッ! パンッ!
「「「ぎゃあああああっ!?」」」
乾いた銃声が3つ。私は寸分の狂いもなく
男たち3人の膝の関節を正確に撃ち抜いて無力化した。
前世の英雄からすれば、こんなチンピラ5人
止まっているマトと同じだ。
「さあ、残り2人。どうする?」
私が銃口を向け直した、その瞬間だった。
(――ッ!? なに!?)
私の『直感』が、はるか遠方から放たれた『超高速の魔力』を感知した。
「狙撃!?」
私は慌てて銃身をそちらに向け、分厚い盾を緊急展開した。
直後、凄まじい衝撃が盾を叩く。
並の防御なら貫通されていた威力だ。
「今だ! やっちまえ!!」
私が狙撃に注意を逸らされた一瞬の隙を突き
残った2人の男が死に物狂いで突っ込んできた。
「チッ!」
私は舌打ちし、片手で追加の防御陣を張って2人の攻撃をギリギリで防ぐ。
「へっ、これも防ぐかよバケモノが!」
男が嫌な笑みを浮かべた。
再び、先ほどと全く同じ方向から2発目の狙撃が飛んでくる。
(バカの一つ覚えね。射線は見えてるわ!)
私は正面の盾の出力を上げた。弾丸は盾に直撃し、火花を散らして防がれる。
――その、直後だった。
『パシュッ』
(え……?)
私の背後――全くの死角となる空間が歪み
そこから放たれた『3発目の凶弾』が出現する。
空間魔法による軌道偽装。
脳は即座に反応した。敵の位置も、弾丸の軌道も完璧に読み切った。
あとは、身体をほんの数センチ、左に傾けるだけでいい。
(……え、動け……?)
そこには絶望的な『インプットラグ(入力遅延)』が存在した。
意識はS級英雄、だが身体は「筋力1」。
脳が回避を命じても、脆弱な運動神経が筋肉に命令を伝え
実際に身体が動くまでの時間が、今の私にはあまりにも長すぎた。
(クソッ……身体が、ついてこない……!)
必死に右足で地面を蹴ろうとしたが、華奢な足首は悲鳴を上げるだけ。
空間の裂け目から放たれた「捕獲用の特殊麻痺針」が
私の二の腕を掠めた。
「あ……っ」
刺さってはいない。ただ、掠めただけだ。
だが、元より虚弱な私の身体にとって
その僅かな傷から入り込んだ高濃度の麻痺毒は
神経系を瞬時にジャックするには十分すぎた。
「……しまっ、た……油断、した……」
急速に全身の感覚が麻痺し、指先ひとつ動かせなくなる。
(……前世で三十年生き抜いた英雄が
こんな……初歩的なクロスファイアで……不覚を……)
私は薄れゆく意識の中で、自分の慢心と虚弱ボディを呪いながら
冷たい迷宮の床へと崩れ落ちたのだった。




