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第32話:【執念のスカウト】と【美少女(中身おっさん)のカフェ巡り】

翌朝。


私は昨日、神代のおっさんから渡された「空間ポーチ(どう考えてもヤバい代物)」を

制服のスカートの下、太ももにガーターベルトっぽく括り付けて隠蔽工作を施していた。


(これで完璧ね。)


「有希、それ何?」


「ひぇっ!?」


朝食の席で、母親(希)にあっさり見つかった。


(……一秒もかからなかった)


この母、S級の回復者にして裏社会にも顔が利くチートマザーである。


母の目が、太もものポーチをスッと細めた。


(あの目は完全に捉えてる。全部お見通しだ。

 この人の魔力感知の前では、どんな隠蔽工作も意味を為さないわ。)


リビングの空気がピリッと凍りつく。


「あ、えっと、これはですね! お友達からもらったオシャレアイテムというか、その……」


「ふーん。そうなの」


母はにっこりと、しかし目の奥は全く笑っていない極寒の笑みを浮かべた。


「……ま、変なことに巻き込まれるのは有希の勝手だけど。もしその『オシャレアイテム』が

爆発したり、有希に万が一のことがあったら――わかってるわね?」


言って母は、優雅にコーヒーを飲み始めた。


(中身が危険物だと完全に見抜いている。)


(一生逆らわない。それだけは確かだ)



***



登校するなり、教室で待ち構えていた花梨が

神を崇めるようなスライディング土下座からの半泣きで抱きついてきた。


「有希ぢゃんっっ!! あああっ、無事でよかった……!

警察の不敬罪をどう裁くか

晩から過激派の有志を集めて署を包囲する計画を練って一睡もできなかったんだから!」


「大丈夫よ、花梨ちゃん。誤認逮捕だったみたいで、すぐに解放されたから。

 物騒な計画は今すぐ破棄してね」


私は花梨の背中をポンポンと叩いて安心させた。


「尊き有希ちゃんに、警察の豚の餌みたいなカツ丼なんて食べさせようものなら

 今すぐ都内の養豚場を焼き払うところだったよぉ」


「カツ丼はちょっと食べたかったけどね。

花梨ちゃん。私、ちょっと営業に行ってくるわ」


私は花梨を引き剥がし、教室の隅で一人イヤホンをして机に突っ伏している香澄の元へと向かった。


(……昨日のうちに用意しておいてよかったわ)


私はポケットから、昨夜帰宅直後に作成した「固定パーティ承諾書」を取り出し

バシッ!と香澄の机に叩きつけた。


「なに……?」


不機嫌そうに顔を上げた香澄が、紙と私の顔を交互に見比べる。


「承諾書にサインしてほしいの」


「……は? あなた、頭大丈夫?」


香澄は紙と私の顔を交互に見比べ、心底ドン引きしたような声を上げた。


「昨日あんな目に遭って、また同じようなことに巻き込まれるかもしれないのよ?

よく私に固定パーティに入ってくれなんて言えるわね。

 ……それに、周りを見てみなさいよ」


香澄の言う通り、クラスメイトたちは彼女を遠巻きにし、ヒソヒソと囁き合っていた。


「私と関われば、あなたまで腫れ物扱いよ。お嬢様のあなたには耐えられないでしょ」


香澄は自嘲気味に笑い、承諾書を突きそうとした。


「……ふふっ」


私は鼻で笑った。


「そんな理由で私を諦めさせようなんて、甘いわよ水無瀬香澄」


「なっ……」


「あなたがどんな噂を立てられてようが知ったこっちゃないの。

 私が欲しいのは、あなたのその『腕』よ!」


(正確には、私の代わりに迷宮で汗水垂らして経験値を稼いでくれる

 優秀な労働力なんだけどね!! こんな超優良物件、絶対に手放すもんですか!)


「さあ、ハンコ押して! サインでもいいわよ! 書くまで毎日、トイレの中まで付きまとうからね!」


「……っ、それはウザいし気持ち悪いから嫌だけど、絶対にお断りね! 私は一人でやるの!」


香澄は顔を真っ赤にしてプイッとそっぽを向いた。


「ふーん。ま、今日はこのくらいにしといてあげる。また明日、誘いに来るからね!」


(何度断られようが、絶対に諦めない。前世で魔王の城を攻め落とした私の包囲戦スキルを舐めるなよ)


私は承諾書を回収し、意気揚々と引き上げた。


――その時。


私のスマホが、ブルルッと震えた。


画面を見ると、登録したばかりの「橘」からのメッセージだ。


『先日はお疲れ様でした。早速ですが、裏ギルド排除作戦のブリーフィングを――』


「……」


私は画面を三秒間見つめた。


(くるの早すぎ)


(昨日死線を越えたばかりなんだけど)


(せめて三日は休ませてほしい)



私は画面をそっと閉じた。


「あ、あのっ! 有希ちゃん! 今日の午後はご予定などあるでしょうか!?」


イライラしている私に、花梨が信者のようなキラキラした瞳で聞いてきた。


「え? うーん、暇なのよね」


(さっきのジジイからの連絡は見なかったことにするし)


「でしたら! 駅前にできた新しいカフェに

 ぜひ有希ちゃんの神聖なる御御足をお運びいただけないでしょうか!?

極上のスイーツを供物として捧げますので、昨日の厄落としを!」

     

「カフェ……! 行く!!」


私は即答した。


労働の後の(してないけど)スイーツは、英雄の特権である。



***



放課後。花梨と連れ立って駅前を歩いていると

すれ違う人々の視線がチクチクと突き刺さるのを感じた。


「……チッ。どいつもこいつもうちの有希ちゃんをジロジロと……。目が潰れればいいのに」


花梨が親衛隊長のような殺気を撒き散らしながら、周囲を威嚇しつつ私にピタリと寄り添う。


「そう? 花梨ちゃんが見られてるんじゃないの? クラスでも目立つし」


「下等生物の視線なんてどうでもいいの!

みんな、神々しい有希ちゃんのオーラにあてられてるに決まってるじゃない!

有希ちゃん、すごく可愛いし、スタイルもいいし、なんというか……

全人類がひざまずいて祈りを捧げたくなるような絶対的なカリスマが溢れ出てるんだから!」


「へえ、そうなんだ」


(まあ鏡を見る限り美少女だとは自覚してるけど、そこまでじゃなくね?

絶世ってほどでもないし、ただ顔色が悪いだけだと思うんだけどな)


「私、毎日一歩歩くだけで肺が痛くて、生きていくのに必死だから、

 あんまり自分の見栄えとか気にしてないのよね」


「もう、有希ちゃんってば本当に無自覚な女神様なんだから……」



そんな他愛のない会話をしながら、私たちは目的のカフェへと入った。



***



「わぁ……! すごい、フルーツたっぷりのパフェ!」


運ばれてきた巨大なパフェを前に、私は目を輝かせた。


「いただきまーす!」


甘い生クリームと酸味のある苺のハーモニー。最高だ。

前世の戦場では泥水と硬い干し肉しか食べていなかったのに、なんという幸福。


(それにしても……女子の体に転生してから、やたらと甘いものが美味しく感じるようになったな。

 おっさんの時は酒とツマミ派だったのに、今ならこの巨大パフェ、3個は余裕でいけるぞ)


(……精神が、完全に肉体のホルモンバランスに引っ張られてる気がする)


(おっさんとして生きた三十年は、一体何だったんだ)


私はパクパクとスプーンを進めながら、少しだけ前世のアイデンティティの危機を感じていた。


「そういえば、花梨ちゃん」


私はパフェを半分ほど平らげたところで、思い出したように口を開いた。


「今更なんだけど……香澄ちゃんを固定パーティに入れるの、花梨ちゃんは嫌じゃない?」


不良絡みの悪い噂があり、周りから敬遠されている香澄。私が強引に勧誘しているが

花梨の気持ちを聞いていなかった。


すると、花梨はストローを咥えたまま、えへへと笑った。


「今更だね。有希ちゃんが望むなら、相手が魔王だろうと私は従うよ」


「いいの?」


「うん。昨日一緒に迷宮に潜って分かったけど、香澄ちゃんって

 噂されてるほど悪い子じゃないと思うし。……何より」


花梨はパフェの苺をすくいながら、真剣な顔つきで言葉を続けた。


パフェの苺をすくいながら、真剣な顔つきで。


(……甘いものを食べながらこういう顔をする人間を、前世では一度も見たことがなかった)


「私ってば有希ちゃんのことになると、

 信仰心が高ぶりすぎて周りが見えなくなってすぐ突っ走っちゃうでしょ?

 香澄ちゃんが『バカ信者、待ちなさい!』って物理でブレーキかけてくれないと

 いつか私の暴走で有希ちゃんの尊いお体に傷をつけちゃいそうで。

 有希ちゃんを完璧にお守りする神聖な防衛網を構築するためには

 香澄ちゃんみたいな冷静な参謀(防波堤)役は絶対に必要なの!」


(……自分のポンコツ具合をしっかり分かってるじゃない!)


私は内心でガッツポーズをした。


信仰心で暴走する直情型の花梨と、物理ブレーキ役の香澄。

この二人が組めば、私は最後方で「指を振ってバフとシールドを配るだけ」の

完全なる自動狩りシステムが完成するのだ!


「ありがとう、花梨ちゃん! よーし、明日も香澄ちゃんを口説き落としに行くわよ!」


「ふふっ、有希ちゃんがそこまで言うなら、私も全力で布教活動を手伝うね!」


「布教はしなくていいわよ」


「え?」


「普通に友達を誘う感じでお願い」


「……有希ちゃんが布教しなくていいって言うなら……布教します」


「なんで?」


「布教しないとかえって不安なんです」


「……花梨ちゃん」


「はい」


「あなたって本当に面白い子ね」


「うれしいです!!」


オシャレなカフェで美味しいスイーツを食べながら、気の置けない友人(兼、筆頭信者)と笑い合う。


(ああ……最高だ。これぞ私の求めていたスローライフ。

 絶対に、絶対に裏ギルドなんて面倒事に首は突っ込まないぞ……!)


私はパフェの写真をスマホで撮り、そのままスマホの通知欄を開いた。


橘から、今日だけで7件のメッセージが届いていた。


「……7件」


「どうしたの、有希ちゃん?」


「なんでもないわ」


私は橘の通知を「個別ミュート」にぶち込み、スマホをポケットにしまった。


つかの間の平和な休息を、私は心の底から楽しむのだった。

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