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第31話:【裏組織の標的】と【呪われた重鎮】

橘と名乗る老執事に案内され、私は黒塗りの高級車の後部座席に揺られていた。


革張りのシートは信じられないほどふかふかで、

体力1のひよこ未満の肉体にも優しい。これなら一生乗っていたい気分だ。


「……高橋有希様。最近、ことあるごとにトラブルに巻き込まれてはいませんか?」


運転席の橘が、ルームミラー越しに静かに問いかけてきた。


「ええ、それはもう。一歩外に出るたびに厄介事に首を突っ込む羽目になってるわ」


(本当にね。私の『絶対安静のスローライフ』計画、

 まだ開始数日なのに完全に防衛線が崩壊してる)


私が盛大に溜息をつくと、橘はハンドルを切りながら淡々と答えた。


「理由は現在も調査中ですが……確かなのは

 あなたが『ある裏組織の作戦を潰した』ことで

 彼らに異常な興味を持たれているということです。

 彼らはあの手この手で策を巡らせ、あなたを狙っていますよ」


「はぁ? 迷惑な話ね。見ての通り、私はステータスオール1の可憐で無能な美少女よ?

私みたいな虚弱体質が、裏組織の作戦を潰せるわけないでしょ」


私はすっとぼけて肩をすくめた。


(作戦を潰した……? あれか、最初の実習でぶっ飛ばした深淵変異のことか?

いや、あの時は完全に証拠隠滅したはずだぞ)


私が内心で首を傾げていると、橘は困ったように笑った。


「そうご謙遜なさらずとも。あなたの最初の実習で

あなたが単独で脅威を排除したことは、情報筋の間ですぐに広まりましたよ」


「……はぁっ!?」


(嘘でしょ!? 情報ダダ漏れじゃないの!

どこのバカよ、生徒の個人情報を裏社会に売った奴は!

これだから情報化社会はクソなんだ!

前世みたいに物理的な口封じが簡単にできないなんて!)


私は内心で盛大に頭を抱えながら、深ぁぁく溜息を吐き出した。


「……で? その厄介な話と

 私を警察から引っ張り出した『依頼』とやらに何の関係があるの?」


「今回ご協力いただきたいのは、その裏ギルドの排除です。

 ……詳しくは、依頼主から直接お聞きください」


橘が車を停めた。窓の外を見ると、そこは首都の一等地

厳重なセキュリティに守られた「覚醒者協会」の巨大な本部ビルだった。



***



「こちらです」


VIP専用の直通エレベーターで上層階へ上がり、案内されたのは重厚な扉の応接室だった。


「……来たか」


部屋の中央、ふかふかのソファに深々と腰掛けていたのは

顔に無数の古傷を刻んだ、いかつい白髪の老人だった。


「あなたは誰よ?」


私は警戒心も露わに睨みつけた。


……しかし、その実。


(……おいおい)


私の英雄としての直感が、激しく警鐘を鳴らしていた。


(こいつ、とんでもない強者バケモノだぞ。前世の歴戦の将軍クラスだ)


(……だけど、なんでこんな「呪い」にかかってるんだ!?)


私の目にはハッキリと見えていた。老人の魂にべっとりとへばりつく

ドス黒い瘴気。前世で魔王と戦った際に何度も受けた「魔王の呪詛」と全く同じ性質のものだった。


(この平和な世界に魔王なんていないはずなのに……)


(……いや、待て)


(見なかったことにしよう)


(絶対に)


(私は今なにも見ていない)


(呪い? なんのことですか? 知りません)


(見ていません)


私はこれほどの強さで「見なかったことにする」という意志を発揮したことが

前世を含めて一度もなかった。


「わしは神代勲かみしろ・いさお。覚醒者協会の会長をやっている者だ」


老人が重々しく自己紹介をした。


「で? エライ人が私に何の用なの?」


「単刀直入に言おう。裏ギルドの排除作戦に協力してもらいたい。

もちろん、報酬は弾む。一生遊んで暮らせるほどの破格の特大恩給ボーナスだ」


(一生遊んで暮らせる額……ッ!!)


その甘美な響きに、私の中の「悠々自適な隠居ライフ・センサー」が激しく反応したが

元兵士の理性が即座にブレーキをかけた。裏ギルドの相手など、最前線への逆戻りだ。


「……私が拒否したら?」


「お前は同じような目に遭い続けるだけだな。お前の、あの若い仲間たちを含めてな」


神代は、脅すでもなく戦況の事実だけを淡々と告げた。


「……っ」


私は舌打ちをした。


私の完璧なスローライフには

将来私を養ってくれる(予定の)花梨と香澄の五体満足が不可欠なのだ。

あの子たちが裏ギルドに潰されたら、私の老後計画パラダイスは完全に破綻してしまう。


「……はぁぁぁ。分かったわよ。協力すればいいんでしょ」


「おお、それは助かるぞ」


「白々しい。私が断れない退路を絶っておいてよく言うわね」


私はジト目で老人を睨んだ。


「で? 私みたいな虚弱体質に何をさせようっていうの? 暗殺? 拠点爆破?」


「いや、ただの『デコイ』になってくれればいい」


神代はニヤリと笑った。


「実働はわしらがやる。お前は絶対に戦おうと思うなよ。

相手の組織には、それなりの強者が揃っているからな。それに、お前もさっき会っただろう?

空間魔法を操る『黒須』という厄介な暗殺者もいる」


「ああ……」


私は思い出したように手を打った。


「あの、ナイフを変なところから飛ばしてくるだけの『無能』のこと?」


その瞬間、橘がピクリと肩を揺らした。


神代は目を丸くした。


一秒の間があった。


「ぶはっ! はーっはっはっはっ!!」


腹を抱えて大爆笑した。


「無能!! あの裏社会で死神と恐れられる黒須を捕まえて、無能扱いか!!」


笑いながら神代が涙を拭う。

橘は「……さようでございますな」と表情を変えずに言ったが、肩が微妙に震えていた。


「いやはや、お前ならこの作戦、全く心配いらんかもしれんな!」


ひとしきり笑った後、神代は机の上に小さなポーチを放り投げた。


「これを持っておけ」


「これは?」


「空間ポーチだ。見た目以上の容量があり、中にアイテムを収納できる。

今回の作戦の要になるものを入れてある。……敵にバレないよう、確実に身につけておけよ」


「分かったわ」


私はポーチを受け取った。


(……中身はなんだ)


(爆薬か)


(それとも発信機か)


(いや、最悪自爆スイッチとか入ってるんじゃないか)


(……うちの母さんはS級ヒーラーだぞ。家に持ち帰ったら魔力探知で一発でバレる。

鉛のケースを買って厳重に封印するか? それとも橘に預けておくか?

いや、橘を信用しきれるかどうかがまず問題で――)


「高橋有希、顔が怖いぞ」


「……考え事をしてただけです」


「そうか」


神代が面白そうに私を見た。


「詳しい作戦の決行日時は、追って橘から連絡させる。……頼んだぞ、高橋有希」


「はいはい。どうせ断れないんですから、せいぜいこき使ってくださいな」


私は橘と連絡先を交換し、足取りも重く応接室を後にした。


(はぁ……。今日も結局、寿命がマッハで縮むような一日だったわ)


(それと、あの老人の呪い)


(見なかった。私はなにも見ていない)


(次回また会うまでに、なんとか忘れるわ)


最強の元・英雄おっさんの受難は、まだまだ終わりそうにない。


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