第29話:最強の自覚なき暴君、ゲートに立つ
第29話:最強の自覚なき暴君、ゲートに立つ
朝。
俺、五十嵐剣斗(中身:偽物)は、自室の鏡の前で自分の肉体を恍惚とした表情で検分していた。
「……くくっ、これだ。これだよ」
軽く拳を振るってみる。シュッ、という鋭い破風音。
「指先ひとつ動かすだけで、空気が鳴る。
ようやく俺に相応しい器が手に入ったわけだ」
俺は前世では後方支援職だった。ずっと後ろで魔法を飛ばしていただけだ。
だが、前線の英雄たちを特等席で見続けてきた。
剣筋、戦術、判断のタイミング。すべてを目に焼き付けてきた。
(あの頃は見てるしかなかった。だが今は、俺自身がその英雄になれる)
ただ、気になるのは魔力量だ。
「……ちっ、やっぱり魔力が薄いな。
前世の化け物たちが垂れ流していたあのプレッシャーに比べりゃ、俺の魔力なんて空っぽ同然だ」
俺は自分の魔力が「低い」と思い込んでいた。
これは完全に基準値がバグっている。
前世で見てきた「化け物たち」の魔力と比較しているのだから
どんな数値でも「空っぽ」に見える。
「よし、今日もちょっくら稼ぎに行くか」
リビングに降りると、妹の瑠奈が朝食を食べていた。
俺は彼女の横を風のように通り過ぎ、冷蔵庫から麦茶を取り出す。
ゴトン、と皿の音がした。
振り返ると、瑠奈がトーストを皿に落としたまま、ガタガタと震えながら俺を見ていた。
「……な、何よ今の。全然見えなかったんだけど。あんた、瞬間移動でも使ったの?」
「ん? 麦茶取りに行っただけだぞ。ほら、瑠奈。お前も覚醒者なんだろ?
もっと感覚を研ぎ澄まさないと、俺の動きに一生ついてこれないぞ」
俺は麦茶を煽りながら、兄としての余裕たっぷりにアドバイスを送る。
(妹の魔力の揺らぎが小さい。まだレベルが低いのだろう。俺の徒歩にすら反応できていないのがその証拠だ)
「……ふーん。いいわね、脳筋っぽくて。
他人のステータスを覗くのはマナー違反だから見なかったけど、ちょっと気になっただけよ」
「そういう瑠奈はどうなんだよ。お前の能力は?」
「……教えるわけないでしょ。手の内を晒すのは三流よ」
瑠奈はフイッと顔を背けた。
(ふっ……。ようやく俺の凄さに圧倒され始めたか。可愛い奴め)
実際には、瑠奈は「さっきの速度で首を撥ねられたら絶対に防げない」という
本能的な恐怖で、食欲が完全に消し飛んだだけだった。
テーブルの上のトーストは、一口も食べられなかった。
瑠奈はその後すぐスマホを取り出し、操作をしだしたが
俺はそれを気に留めず、鼻歌交じりに家を出た。
***
繁華街の裏路地をショートカットしようとした時のことだ。
「おいコラ、そこのお前。ちょっとジャンプしてみろよ」
テンプレなチンピラが二人、行く手を阻んだ。
一瞬だけ心臓が跳ねた。
(前世の俺なら、ここで土下座して命乞いをしていた)
だが今の俺には力がある。チンピラの一人が手のひらに炎を灯してみせる。
(……ぷっ。なんだあのライターみたいな火)
前世で本物の魔導師が放つ業火を間近で見てきた俺の目には
あれはロウソクの炎にも見えた。
「あぁん!? 舐めやがって、死ねぇっ!!」
チンピラが突っ込んでくる。
俺は前世の臆病者の本能で「当たる!」と思い
反射的に身を捩り、追い払うように右手を振った。
ドゴォォォォンッ!!
「ぐっ、げはぁっ!?」
たったそれだけの動作で、チンピラはゴム鞠のように路地の奥まで吹き飛び
コンクリートの壁を粉砕しながらめり込み、白目を剥いて気絶した。
「はっははは! 見ろよ、マジで最強じゃねえか!!」
俺は拳を見つめて歓喜に震えた。
それから、壁の残骸を見た。
コンクリートが、綺麗に粉砕されている。
「……ちょっと待って」
俺は壁の断面を指でつついてみた。
ぼろり、と崩れた。
「……なんだこれ。発泡スチロールか何かか? 軽く小突いただけで粉々じゃねえか」
俺はしばらく壁を見つめた。
「……近頃の日本の建築業界は手抜き工事が酷いな。
こんな脆い壁を公道沿いに建てるなんて、訴訟案件じゃないのか?」
もう一人のチンピラが真っ青な顔で震えているのを見て、俺は気を取り直した。
「まあ、建築の問題はいい。……次の目的地へ向かうぞ」
チンピラは何も言わなかった。言える状態ではなかった。
***
意気揚々と覚醒者協会に到着した俺は、受付のお姉さんに報告書を叩きつけた。
「お疲れ様。F級ダンジョンのソロ制覇、完了だ。
次はこれ、E級ゲートの内部調査を受注したい」
「えっ!? ……えええっ!? 剣斗さん、数日前にF級の登録をしたばかりですよね!?
もうソロでクリアしてきたんですか!?」
「ああ、あんなの散歩みたいなもんだよ。で、次だ。
俺のランクならE級もいけるだろ?」
「あ、あの……! F級をクリアしたとはいえ
新人さんがいきなりソロでE級の内部調査は危険すぎます!
せめてギルドのパーティに同行して、あと十回はF級でレベル上げをされてからの方が……」
「平気平気。俺、実戦の見学だけはベテランだからな。……あ、いや、実戦経験は豊富だからな」
「……え、今、見学って言いましたか?」
「聞き間違いだ」
受付嬢がなんとも言えない顔をした。
俺は受付の忠告を適当に聞き流し、ゲートの入り口へと向かった。
ゲートの前で、俺は固有スキル【アイテムボックス】から装備を取り出す。
覚醒した日に、なぜか既に格納されていた武器だ。
「ちぇっ。見た目は完全に村人Aの初期装備だな」
装飾のない、地味なつや消しの鉄の剣。
俺は知る由もなかった。
それが、魔力を完全に威力へ変換し、あらゆる理を切り裂く神造兵装『終焉の牙』であることを。
「さーて、俺の伝説の幕開けといこうか! 金も、女も、名声も……全部俺のモノだ!」
(……あと、できれば毎日ゴロゴロしていたい。あとゲームもやりたい。
前世では後方支援でずっと立ちっぱなしだったから、今度こそ横になりながら生きたい)
本音は割と地味だったが、俺は鼻歌交じりに魔物たちが蠢くゲートの中へと
意気揚々と足を踏み入れたのだった。




