第26話:【孤独な双刃】と【戦慄の光景】
【香澄視点】
「なあ、香澄。あの優等生のお仲間は、お前の『正体』を知らねえんだろう?」
私の前に立つ二人の男のうち、長髪の男が下劣な笑みを浮かべて口を開いた。
「知ったらどうせ、怯えて逃げていくに決まってる。
お前みたいな裏の血を引く人間と関わりたい表の奴なんていねえよ。
だから俺たちと一緒にやった方が楽になるぜ? 俺たちはお前の事情も全部知ってる。
決して見捨てたりしないぜ?」
その言葉が、一瞬だけ胸に刺さった。
(……知らねえんだろう?)
(そうだ。知らない。有希も花梨も、私の事情を何も知らない)
(知ったら、逃げていく。そうかもしれない。今まで、みんなそうだった)
だが次の瞬間、私は自分の中にある嫌悪感の方が遥かに強いと気づいた。
こいつらに言われたくない。こいつらだけには、絶対に。
「……誰があんた達と。どうせ私がマトモなパーティを組んで
そのまま学園に馴染まれたら困るから邪魔しに来たんでしょ?」
「おっと、人聞きの悪い」
「とぼけないで。私だってそれなりの情報は持ってるわ。
あんた達が裏でやってる事……絶対に許せないのよ」
私は双剣を強く握りしめ、男たちを睨みつけた。
恐喝、人質、監禁。表向きは「精霊協会」を名乗りながら
弱みを握った人間を奴隷のように働かせる犯罪組織。
私が学園で孤立を選び、悪い噂を否定しなかったのも
自分に目をつけている連中が他人を巻き込むのが怖かったからだ。
お人好しで馬鹿な同級生二人に関わってしまったのは、本当にただの偶然の事故だった。
(……でも今さら、それを後悔する気にもなれないのよね)
「……ここまで言っても来る気にならねえなら、荒療治で連れて行くしかねえな」
短髪の男がチャカッと武器を構えた。
「あんた、自分のお仲間が俺たちに勝てるとでも思ってんのか?
俺たちは裏の仕事で場数を踏んでる。公式記録でもCランク相当の腕前だぜ?」
「っ……」
「ここは初心者用のE級迷宮だ。ここにいるってことは
あの二人のレベルもたかが知れてる。お前さえ押さえ込めば
あの二人はすぐに俺たちの『人質』になる。
お前は、友達が泣き叫ぶのを我慢できるかなァ?」
「ッ! だったら、さっさとあんた達を片付けて助けに行くだけよ!!」
頭に血が上った私は、地面を蹴って長髪の男へと突っ込んだ
。右の刃で牽制し、左の刃で首を狙う――私の得意な速攻。
「おおっと、だいぶ成長してるじゃねえか」
ガキンッ! と、男は私の左の刃を余裕の表情でいなした。
(――え?)
いなされた瞬間、私は内心で激しく驚愕していた。
驚いたのは男の反応速度ではない。私自身の『異常な身体能力』にだ。
(何これ……! 私の踏み込み、こんなに速かった!? しかも、打ち合った瞬間のパワー負けが全くない!)
私は素早くバックステップで距離を取り、自分の両手を見つめた。
有希が戦闘前に「まあ、適当に暴れて」と言いながら撃ち込んできた、あの支援魔法。
(……あれ、想像を絶する倍率で私の能力を引き上げてる。Cランクの大人と正面から打ち合えるほどに)
(適当に撃ち込んだやつが、これ?)
(あの子、本当に何なのよ……)
「……今度は本気で行くわよ」
相手とのステータス差が埋まっているなら、手数で押し切れる。
私は水系精霊の魔力を全身に巡らせた。
『水鏡分身』
私の隣に、水で形作られた私と全く同じ姿の分身が現れる。
発動中は自身の能力が三割落ちる欠点があるが、今の私には有希の出鱈目なバフがある。
手数が倍になり、本体を見分けるのが困難な双子の剣士。
「チッ。これが噂の分身か。思った以上に厄介だな……!」
二人に増えた私が同時に突っ込むと、男たちの余裕の表情が消えた。
右から本体が、左から分身が斬りかかる。
防がれても、休む間もなく次の連撃を叩き込む。
泥を蹴り上げ、沼地の地形を利用した変幻自在の波状攻撃。
「クソッ、ちょこまかと! おい、少し動けなくするぞ! 俺たちも手加減してる場合じゃねえ!」
長髪の男が叫び、大振りの土属性の範囲魔法を放った。
ドゴォォォンッ!! と地面が爆ぜ、周囲の泥が散弾のように降り注ぐ。
「おうよ!」
土煙に乗じて、男たちが一気に間合いを詰めてきた。一人は分身へ、もう一人は私の本体へ。
迫り来る刃を双剣で受け止めながら、私はふと冷静な思考を取り戻した。
(……本当に、今まで私は一人で抱え込みすぎてたのね)
(でも今は違う。有希のバフがある。それだけで、私はこいつらと渡り合える)
「はぁぁぁッ!!」
私は双剣で男の攻撃を弾き返すと同時に、足元の泥沼に向けて水魔法を放った。
「なっ、足場が――!?」
男の踏み込んでいた地面が急激に液状化し、バランスを大きく崩す。
生まれた決定的な隙。私は双剣を交差させ、男の胸ぐらを深く、容赦無く斬り裂いた。
「ぐあああぁぁぁッ!?」
鮮血を散らして、本体を狙っていた男が泥の中に倒れ伏す。
「おい、マジかよ!?」
分身の相手をしていたもう一人の短髪の男が、顔色を変えた。
「クソッ、一旦引くぞ!」
男は背を向け、迷宮の奥へと逃げ出す素振りを見せた。
(逃がせばまたしつこく狙ってくる)
(……分かってる。冷静に対処しなきゃいけない)
(でも)
「逃がすかッ!」
分かっていても、止まれなかった。
私は焦燥感に駆られ、後を追って深く踏み込んでしまった。
――その瞬間。
背を向けていたはずの男が、ニヤリと口角を吊り上げて振り返った。
「引っかかったな、まだ甘えんだよガキがッ!!」
放たれたのは、強烈な光を放つ魔道具――『閃光弾』。
「ッ!?」
至近距離で炸裂した暴力的な光に、私の視界が完全に真っ白に染まる。
目が眩み、足が止まった。分身もかき消える。
「終わりだァ!!」
男の歓喜に満ちた叫びと、私の首を刈り取ろうとする剣の風切り音が迫る。
(しまった……っ!! 若さゆえの、私の失敗だ……!)
防御も回避も間に合わない。私が死を覚悟した、その時だった。
『――パキィィィンッ!!!』
私の目の前、剣の軌道上に、六角形の光の障壁が突如として出現した。
男の渾身の一撃は、まるで見えない強固な壁に叩きつけられたように完全に停止し
剣を取り落とすほどの強烈な反発を生んだ。
「は……? 防御、魔法……!? どこから――」
男が驚愕に目を見開いて硬直する。視界はまだチカチカしていたが
私にはその決定的な隙がハッキリと見えた。
「有希……ッ!!」
私は心の中でその名に深く感謝し、残る全力を両腕の刃に込めた。
「これでっ、終わりよぉぉぉッ!!」
閃光の中で振るわれた私の双剣が、男の胴体を正確に斬り伏せた。
「がはっ……」
男は信じられないものを見るような目を向けたまま、ドサリと泥の上に崩れ落ちた。
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」
終わった。勝ったのだ。
私は荒い息を整えながら、双剣を鞘に収めた。
(……あの子のバフと、あの正確無比なシールドがなければ、私は確実に死んでいた)
(どうせ今頃、欠伸でもしながら引き金を引いてたんでしょうけど)
(……まったく、とんでもない奴とパーティを組んじゃったわね)
苦笑が、自然とこぼれた。
(でもまあ)
(……悪くない)
私は呆れ混じりの安堵の笑みを浮かべ、花梨の方も手伝いに行かなければと
二人の方へと振り返った。
参謀として、まず状況を確認しよう。
花梨は前衛で相手一人を抑えていたはず。
有希はウィットに乗って後方支援。二人とも、それぞれの戦い方で乗り切っているはずだ。
「有希、助かったわ! そっちは大丈――」
言いかけて、私は絶句した。
(……あれは)
(何?)
参謀的な分析が、起動しなかった。
語彙が、出てこなかった。
そこには、私が命懸けで戦っていた緊張感や
「仲間を心配する友情の余韻」を根こそぎ破壊するような
到底理解できない驚愕の光景が広がっていたのである。




