第25話:【若さゆえの暴走】と【絶対的な信仰(しんらい)】
迷宮の奥から這い出てきた男たちは
隠す気もない殺意と下劣な笑みを顔に貼り付けていた。
「なあ香澄、学生のお遊戯はそこまでにして俺たちにつけよ。
そうすりゃ、馬鹿な学園のルールに縛られず、好き勝手に生きられるぜ?
お前の親父さんだって、同じような裏の人間だろ? 血は争えないってやつだ」
「……ッ!」
その言葉を聞いた瞬間、香澄の顔から一切の表情が抜け落ちた。
直後、限界を突破した怒りが彼女の全身から爆発する。
「あんた達と一緒にしないで!
私のお父さんと、あんた達みたいな外道は全然違うッ!!」
「ちょっと香澄ちゃん!? 有希ちゃんのお側を離れるなんて言語道断よ!?」
花梨の制止も(別の意味で)虚しく、激高した香澄は短剣を構え
たった一人で男たちへと突撃していった。
(……若さってすごいなぁ)
私はウィットのふかふかな背中の上で、その光景をのほほんと眺めていた。
(あんなに頭に血を上らせることができるなんて
生命力に溢れている証拠だ。素晴らしいことだわ。
私なんか立っているだけで腰が痛いのに。
前世で三十年間、底辺を這いずり回っていたおっさんが、
今はフカフカの魔獣の背中で寝転がりながら女子高生のバトルを観戦している。
人生とは実に不思議なものね)
「甘えんだよ、小娘が」
男は嘲笑いながら、怒りで直線的になった香澄の斬撃を紙一重でいなした。
そして、がら空きになった彼女の腹部へと、必殺の掌底を打ち込む――。
『多重・絶対障壁』
ガキィィンッ!!
「なっ!?」
掌底が叩き込まれるコンマ一秒前。
香澄の腹部と男の手の間に展開された六角形の光の盾が
強烈な打撃を完全に弾き返した。
予期せぬ反発力に男が大きく体勢を崩した隙を突き
香澄は慌てて後ろへ跳躍し、花梨の横へと帰還する。
「……はぁっ、はぁっ……助かったわ」
「パーティなんだから当然でしょ。
あんまり無茶しないでよね……私の優秀な手駒(資産)が傷つくじゃないの」
最後の一言は小声で言ったつもりだったが
息を整えていた香澄の耳にはバッチリ届いたらしく
「……手駒?」という訝しげな呟きが返ってきた。
「聞こえたわよ」
「気のせいよ」
男は忌々しそうに舌打ちをした。
「チッ……邪魔なハエがいたようだな。
だが、その程度の防御魔法で俺たちを凌げると思うなよ?」
男は首をゴキゴキと鳴らしながら、私たち3人をねっとりと見回した。
「お前らもどうだ? 『精霊協会』に入る気はねえか?
うちに入れば何をやっても許される。
どんな不始末でも上層部が揉み消してくれる最高の組織だぜ?」
「……断ったら?」
私が極めて冷めた、というか欠伸を噛み殺した声で問い返すと
男たちの目から理性が消え、純粋な殺意が膨れ上がった。
「ここで泥の底に沈んで、魔物の餌になってもらうだけだッ!!」
叫びと共に、4人の男たちが猛スピードで散開して突っ込んでくる。
その動きは、先程までの泥を被った魔物とは比較にならないほど洗練されていた。
人員の割り振りは――私に1人。
因縁のある香澄に2人。そして、前衛の花梨に1人。
(……まあ、好きにやってもらいましょうか)
私はウィットの背中にだらりと寝転がりながら
魔道銃の照準を合わせた。
***
【花梨視点】
「舐めないでッ! 『爆炎突き』!!」
私は気合いと共に、炎を纏わせた槍を男に向けて真っ直ぐに突き放った。
「おっとぉ! 大振りすぎだぜ、優等生ちゃん!」
しかし、私の前に立ち塞がった短剣使いの男は
紙一重で槍の軌道を逸らし、嘲笑いながら私の死角へと回り込んでくる。
(くっ……速い! 私が一番苦手な、スピード特化のタイプ……!)
(でも、有希ちゃんが見ている前で
無様な姿は絶対に晒せない!
尊き有希ちゃんの視界を私の無能で汚すわけにはいかないのよ!)
「どうした? 止まって見えるぜ?」
「チッ……うるさいっ!」
煽り文句に苛立ち、私が力任せに槍を振り回そうとした、その時だ。
『――冷静になれ、狂信者(小娘)』
脳内に、深く落ち着いた獣の念話が響いた。
有希ちゃんの乗っている魔獣、ウィットだ。
『我が主人の支援をもらっている以上
お前が速度や力で負けるはずがない。
無駄な動きを捨てて、しっかり視ろ。必然と攻撃する場所が視えるはずだ』
(ウィット……!)
『それに、お前には我が主人がついている。あとはただ、信じる事だな』
「……我が主人って、美しき有希ちゃんのこと?」
私がそう聞き返した瞬間、ウィットが一拍置いた。
『……あのおっさんのことだ』
「は?」
『気にするな。集中しろ』
(あのおっさん……? 有希ちゃんのことを「おっさん」と呼んでいる……?
なぜ……? 万死に値するのでは……?
いえ、有希ちゃんが使役している以上、この毛玉にも何か神聖な理由が……?)
(……今は考えるのをやめよう。戦闘中だし)
私は深く深呼吸をした。
そうだ。私には有希ちゃんがいる。
神の如き慈悲深さで、私たちを後方から見守ってくださっているのだ。
ならば、絶対に負けるはずがない!
「……お? なんだ、急に気味が悪りィ顔になりやがって」
私の雰囲気が『焦り』から『狂信』へと変わったのを感じ取ったのか
男が舌打ちをして懐から何かを取り出した。
「目障りだ!」
放たれたのは、私の目元を狙った目潰しの暗器(投げナイフ)。
私は反射的に槍の柄を顔の前に掲げてそれを防いだ。しかし――。
「引っかかったなァ!!」
一瞬、槍の柄で私の視界が塞がったその隙を突き、男が一気に肉薄してきていた。
振り上げられた凶刃。下がって躱そうとするが、男の踏み込みの方が速い。
完全に防戦一方だ。
(っ……戦闘経験が違いすぎる! このままじゃ押し切られる……!)
絶体絶命の危機。しかし、私の心は恐ろしいほどに澄み切っていた。
(防げないなら――防御なんて捨てればいい!)
(有希ちゃんは、見ている。絶対に見ている。
欠伸をしながらでも、私の動きを全て慈愛の眼差しで把握してくださっている。
有希ちゃんの守護を疑うなど、信徒として最大の罪!!)
私は迫り来る男の刃を躱すのをやめ、逆に一歩、男の懐へと深く踏み込んだ。
「なっ、自爆する気か!?」
「違う……私は、有希ちゃんへの絶対的な信仰を証明するッ!!」
(私がここで防戦を捨てて最短距離で踏み込むことくらい
有希ちゃんなら瞬きする間に予見しているはず……!
さあ、私をお護りください、有希ちゃん!!)
男の刃が、私の首筋に届くコンマ一秒前。
『――パキィィィンッ!!!』
私の肌に触れる寸前の空間に
神々しいまでに美しい六角形の絶対盾が展開され
男の刃を完全に受け止めた。
「ば、馬鹿なッ!? 視界が塞がっているこの乱戦で
あんな遠距離からピンポイントで……!? どんな神業だ!?」
絶対の自信があった一撃を防がれ、さらに強烈な反発力で男の体勢が完全に崩れる。
ウィットの言う通りだった。有希ちゃんは、絶対に私を見捨てない。
生じた、致命的な隙。
「もらったぁぁぁッ! 有希ちゃんへの供物となりなさいッ!!」
私は渾身の力を込め、無防備な男の胴体へと
風を纏った槍の石突きを叩き込んだ。
「ぐっ……ぶはァッ!?」
凄まじい衝撃波と共に、男は沼地をバウンドしながら吹き飛んでいき、白目を剥いて完全に沈黙した。
「はぁっ、はぁっ……やった……!」
私は荒い息を吐きながら、じわりと胸の奥が温かくなるのを感じた。
(有希ちゃん、ありがとう……!)
(あの一瞬、私は本当に有希ちゃんの力を疑わなかった。
有希ちゃんがいると分かっていたから、命を懸けて踏み込めた)
(私、有希ちゃんのことをもっと強くなってお守りしたい。
でも今日みたいに、有希ちゃんに守ってもらいながら戦うのも
すごく……すごく、幸せ……)
(さっき有希ちゃんは私のことを「手駒(資産)」って言ってたけど……
ああ、なんて素晴らしい響きなのかしら。
私、有希ちゃんの資産になれたのね!
減価償却されないように一生懸命尽くさなきゃ!)
狂った感謝で胸がいっぱいになりながら
私は有希ちゃんと香澄ちゃんの方を振り返った。
きっと二人とも、それぞれの相手と激闘を繰り広げているはずだ。
香澄ちゃんは最初こそ単機で突撃してしまったけど
きっと今頃は立て直して、あの冷静な戦い方で相手を追い詰めているだろう。
有希ちゃんは……ウィットの背中から支援魔法を張り続けて
息も切れ切れになりながらも必死に私達を守ってくれているはずだ。
ああ、急いで加勢しに行かなきゃ!
私は元気よく声をかけた。
「有希ちゃん、香澄ちゃん! そっちは大丈夫――」
振り返った私の目に飛び込んできたのは。
「……えっ?」
「仲間が苦戦しているかもしれない」という
私の健気な悲壮感を木っ端微塵に粉砕するような
あまりにも理不尽で、ふざけていて――敵に対して同情すら覚えるほどの
無慈悲な地獄絵図だった。
私はカランと、持っていた槍を泥の中に落とした。




