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第24話:【怠惰なる後衛(VIP待遇)】と【沼地の強襲者】

E級迷宮『泥濘でいねいの沼地』。


入り口をくぐった瞬間、湿った泥の匂いと淀んだ空気が鼻を突いた。

薄暗い洞窟内に、緑色の沼が点在している。



「いい、二人とも。よく聞きなさい」


香澄が短剣を抜き放ち、鋭い目で口を開いた。


「ここのメインモンスターはスライム系と、ワニやトカゲ系の爬虫類魔物よ。

どいつもこいつも泥に擬態して、獲物が沼に足を踏み入れるのを待ってる。

逆に言えば、位置さえ把握していれば大して強くない」


「なるほど。不意打ち特化ってことね」


「そう。沼に入ると足を取られて一気に不利になる。

だから基本は、沼から離れた安全地帯を拠点にして、おびき寄せるか遠距離から叩くのが鉄則よ」


(素晴らしい。私が何もしなくても、完璧な作戦説明が手に入った)


(香澄ちゃんを仲間にして大正解だわ)


「じゃあ私が遠距離から魔法でドカンとやればいいのね!」

花梨が目を輝かせた。


「ええ、その通りよ」


「了解! 有希ちゃんは私が絶対に守るから安心してね!」


「うん、頼もしい。じゃあ私も移動手段を出すね」


私が指を鳴らすと、足元の影がぐにゃりと歪んだ。そこからぬらりと巨大な漆黒の獣が姿を現す。


「……何の用だ、我が契約者よ」


ウィットが念話で気怠げに語りかけてきた。


「「ええええええっ!?」」


香澄と花梨が同時に素っ頓狂な声を上げた。


「魔物を使役してたの!?」

香澄が短剣を構え直した。

「支援職じゃなかったの!?」


「脳内に直接声が!」

花梨が両耳を押さえた。

「喋れるの!? 今私に話しかけてきた!?」


「使役じゃなくて、お互いの利益を担保に協力してもらってるだけよ。声は念話。便利でしょ?」


「いや便利とかじゃなくて!」


「落ち着きなさい二人とも」


私は二人の驚愕をよそに、ウィットを見上げた。


「今日は友達のレベル上げをするから手伝って。私を安全な高台まで運んでくれればいいわ」


ウィットが沈黙した。


三秒ほど沈黙した。


『……運搬』


「そう」


『私は誇り高き魔獣なのだが』


「知ってる」


『その誇り高き魔獣を、荷物運びに使うというのか』


「怪我しないし、血も流れないし、楽でしょ?」


ウィットがまた沈黙した。


『……違いない』


「ありがとう」


『お前は本当にブレないな』


ウィットが深い鼻息を吐き、低く身を沈めた。私は「よっこいしょ」とその背中によじ登った。


ふさふさだ。温かい。極上のクッションだ。


香澄が信じられないものを見る目をした。

「誇り高き魔獣の背中に、『よっこいしょ』って言いながら乗った」


『……聞こえていたが、気にしないことにした』


ウィットが念話で全員に届けた。


「……誇り、どこ行ったの」

花梨が呟いた。


「二人とも、私の勝ち取った快適な後方支援拠点への移動に、文句はある?」


「「ない!(ないわよ)」」


二人が揃って言った。諦めた声だった。


眼下の二人に向かって作戦を告げる。


「というわけで、私はウィットに乗って木の上から支援と防御を張る。

二人は適当に暴れて。動きに合わせて支援を入れるから」


「……それ、完全に『サファリパークのVIP客』じゃないの?」


香澄がこめかみを押さえた。


花梨が「高いところなら泥が飛ばないし、有希ちゃんの体でも安心ね! しっかり捕まってるのよ!」

とオカン全開で頷いた。


(花梨ちゃんは本当に優秀な盾だ)



***



沼地から少し離れた乾燥した高台を拠点に定め、私たちはすぐ近くの狩場へ移動した。


ウィットの跳躍で太い木の枝の上に陣取った私は、眼下の二人に向けて魔道銃の銃口を向けた。


「え、撃つの!?」花梨がのけぞった。


「バフよ」


ポンッ、ポンッ。


軽い音と共に二発の弾丸が放たれ、花梨と香澄の身体が淡い光に包まれた。


「……なにこれ」香澄が自分の手を見た。「体が羽みたいに軽い」


「身体強化と敏捷上昇。これで動きやすくなるわ」


「銃でバフを撃てるの?」


「私にしかできない仕様よ」


「……また規格外のことを当たり前みたいに言ってる」


香澄が小さく呟いてから、前を向いた。


「わかったわ。行くわよ、花梨。あの沼の奥、泥が不自然に盛り上がってるところに風魔法を全力で」


「任せて! 中級風魔法――『旋風刃ストーム・カッター』ッ!!」


花梨の槍の穂先から竜巻が放たれ、沼地を抉り飛ばす。


(……威力が上がってる。私のバフが乗ってるな)


泥に擬態していたスライムたちが一撃で消し飛び、重装甲のワニ型魔物たちが空中へ打ち上げられた。


「ビンゴ! 私のターン!」


香澄が地面を蹴る。水魔法を応用して足裏に水の膜を作り

倒木をトランポリンのようにバウンドしながら空中へ飛び上がった。


「はぁッ!」


無防備になったワニたちに双剣が閃く。水属性の刃が硬い鱗の隙間を的確に斬り裂き

魔物たちが光の粒子になって消えた。


(……きれいな動きだ)


私は木の上で頬杖をつきながら、静かに感心していた。


無駄がない。周囲を常に把握している。相手の弱点を見極めて最短で仕留める。

前世で見てきた一流の戦士と同じ目の動きだ。


時折、打ち漏らした魔物が二人の死角から飛びかかろうとする。


その度に私は欠伸をかみ殺しながら銃の引き金を引き、防御陣をピンポイントで展開して弾き落とした。


「……」


戦闘の合間に、香澄がちらりとこちらを見た。


何かを言いかけて、やめた。


(無詠唱で銃からシールドをピンポイント展開する

 というのが普通じゃないことは分かっている。

でも今は戦闘中だし、後で聞けばいい。そういう顔だな)


私は再びウィットに寝転がった。



***



「ふぅ……っ。第一陣はこんなところね……」


数十分の戦闘を終え、ウィットが二人を回収して拠点へ戻ってきた。


花梨と香澄が地面に座り込み、水分補給して息を整える。


「……香澄ちゃん、強いわね」


「あんたのバフがあったからよ」


「それを差し引いても、立ち回りがすごく綺麗だわ。周りを見る目もある」


「……べつに」


「普通なら、打算でパーティを組む人間くらいいるはずよね。

 こんなに優秀なのに、どうして今まで一人だったの?」


香澄が少し黙った。


「……噂があるからよ。私の周りにいると、厄介事に巻き込まれるって」


「厄介事ねぇ」


(……今日の今日でその厄介事が来そうな予感がするんだけど、それは言わないでおこう)


「まあ、私は厄介事には慣れてるから関係ないわ。体力は1だけど」


「……あんた本当に変なのよ」


「ありがとう」


「褒めてないから」


花梨が「二人とも仲良しだね!」と笑顔で言った。


「仲良しじゃない」「仲良しよ」と二人同時に答えた。



***



その瞬間だった。


『――有希、来るぞ!!』


ウィットの鋭い警告念話と同時に、迷宮の奥の暗がりから巨大な炎の塊が飛来した。


先ほどの魔物たちとは比べ物にならない密度と速度。私たちを丸ごと消し炭にする気で来ている。


「ッ!? 花梨、避け――」


「遅いわよ」


私は指先を軽く振るった。


『多重・絶対障壁イージス・シールド


パキィィィィンッ!!!


拠点全体を覆う半透明の壁に大火球が激突し

凄まじい爆炎と衝撃波を撒き散らしながら、完全に相殺された。


沈黙。


「……え」花梨が固まった。「今、何が」


「防いだわ」


「今、あの大きさの火球を」


「防いだわ」


「一言で」


「一言で防いだわ」


香澄が私を見た。木の上の私を、真剣な目で見た。


何かを言いかけた。


「……なかなかやるな」


立ち上る煙を切り裂いて、数人の人影が歩み出てきた。


香澄の言葉を遮るように、奥から声が響いた。


全員が武器を構え、その目に明確な殺意が宿っている。


先頭に立つ、顔に傷のある男が、ニヤリと歪んだ笑みを浮かべた。


「だが、学生のお遊びはそこまでだ。……香澄。こっちに来る決意はできたか?」


「……っ!」


その声を聞いた瞬間、香澄の顔から血の気が引くのを、私は見逃さなかった。


私はウィットの背中の上で、ゆっくりと身を起こした。


(……なるほど)


(せっかく快適な後方支援環境を整えたのに、邪魔が入ったわ)


(最高の参謀(香澄)と最高の盾(花梨)を、ここで手放すわけにはいかない)


(私の平和な老後のために)


(……それだけじゃないけど)


私はウィットの背中から立ち上がり、銃を構えた。


「悪いけど」


声が、静かに落ちた。


「私の大切な人たちに、手を出させるつもりはないわよ」


(手回し担当と盾、というのが本音だ。本音ではあるんだけど)


(……なぜか今は、それだけじゃない気がする)



ウィットが低く唸り声を上げ、獣の目で敵を見据えた。


本当の意味での戦闘が、ここから始まる。



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