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第23話:【世話焼き参謀】と【闇に潜む監視者】


午後。週に一度の『自由訓練』の時間がやってきた。


生徒たちが思い思いにパーティを組んで訓練場や迷宮へと向かう中

教室はヒソヒソ声に包まれていた。


『ねえ、見て。高橋さんと水無瀬さんが一緒にいる』


『マジで? あの二人、接点あったっけ?』


『水無瀬って、あのヤクザの娘でしょ。高橋さんに何か吹き込んだりしないかな』


『……逆に高橋さんが水無瀬さんを更生させようとしてるんじゃ』


『聖女だから……?』


(……なんかすごい話になってるわね、私たち)


私は教室の視線を背中に感じながら、隣の席の香澄を見た。


「……ねえ、あんた本気なの? 馬鹿なの?」


香澄は着崩した制服の襟を正しながら、心底呆れた顔で私を見た。


「本気だし、馬鹿かもしれないわね。

でも、勝用に私を神格化してる周りの連中の方が、よっぽど頭がおかしいのよ。さ、行くよ」


「行くって……どこに?」


「知らない。迷宮なんて適当に決めるし」


「えぇ……」


香澄の顔が引きつった。


「あんた、迷宮を散歩コースか何かと勘違いしてない?

 普通は階層の属性や魔物の傾向を事前に調べてから行くもんでしょ!?」


「調べ方なんてよく分からないし

 現地に行ってから相棒に調べてもらおうかと思ってたのよ」


「現地で……?」


「そう。行ってから考えればいい」


香澄が深呼吸した。


「……行ってから考えるって、迷宮でそれやると死ぬんだけど」


「私は死なないわよ。たぶん」


「たぶんって言った。今たぶんって言った」


横から花梨が、拝むような手つきで口を挟んだ。


「えっ、有希ちゃん! ぶっちゃけちょっとは下調べしてから行った方がよくない……!?

いや、有希ちゃんの神がかった直感を疑うわけじゃないんだけど

万が一にも有希ちゃんの尊いお足元に何かあったら

私マジで切腹してお詫びしなきゃいけないレベルだからさ……!」


「時間がもったいないわよ! すぐ行こう!入って調査すれば大丈夫だよ!」


(嘘だ。事前調査という名のパソコン作業が死ぬほど嫌なだけだ。前世で三十年間、剣と魔法だけで生きてきたおっさんに、検索とデータ分析を要求するな。前線の魔王軍より画面の文字の方が怖い)


「えっ……そ、そう?

有希ちゃんがそこまで言うなら……そのほうがいいのかな……!

よし、たとえ準備ゼロの魔境でも、この身を挺して道切り拓いちゃうからね!!」


花梨の判断基準が「有希様がそう仰るなら(絶対神の託宣)」になっていた。


(ありがとう花梨ちゃん。君は素晴らしい盾だ)


「…………はぁ」


香澄が、教室中に響くような深い溜息をついた。


窓の外を一瞬だけ見て、それから私たちを見て、また溜息をついた。


「……わかったわよ。もういい」


「え?」


「手続きと下調べは私が全部やってやるから、あんたたちは黙って西門で待ってなさい」


「いいの? ありがとう、香澄ちゃん!」


「調子いいわね」


毒づきながらも、香澄は素早くスマホで検索を始めた。


(……なぜ香澄ちゃんがそこまでしてくれるのか分からないけど

素晴らしい。私が何もしなくても、最強のナビゲートが手に入ったぞ)


私はホクホク顔で、花梨を連れて西門へ向かった。


後ろから「さっさと行けー」という声が聞こえた。



***



「遅い。入構許可と簡易マップ、取っておいたわよ」


西門に着くと、香澄はすでに完璧な準備を整えて待っていた。


(……来る前に全部終わらせておいたの? 私たちが西門へ移動している間に?)


「ありがとう、香澄ちゃん。本当に助かったわ」


「礼はいい。とりあえず今日はE級迷宮に行くわ。

自由訓練の時間は限られてるし、さっさと行くよ。

……あんた、迷宮の中でも私に体重預けないでよね」


「わかってるって」


「絶対わかってないと思うけど」


「わかってるわよ」


「……まあいいわ。一応自己紹介しておく?」


「じゃあ私から」私は手を上げた。

「高橋有希。支援魔法と防御魔法がメイン。経験値はいらないから

 全部二人で持って行って」


香澄が止まった。


「……今、経験値はいらないって言った?」


「言った」


「……なんで?」


「色々あって」


「色々」


「色々あるのよ」


香澄が何かを言いかけて、やめた。後で聞くことにしたらしい。


「有希ちゃんの第一使徒(自称)にして

 有希ちゃんの邪魔をする障害を焼き尽くす歩く火薬庫、風間花梨です!

 火と風の精霊と契約してるよ! 水無瀬さん、

 有希ちゃんにヘンな真似したら即座に灰にするからよろしくね!」


「水無瀬香澄。短剣の二刀流、水系精霊。撹乱と索敵は私がやるから、足を引っ張らないで」


一通りの自己紹介が終わったところで、香澄がジト目で私を見た。


「で? さっきの『支援と防御だけ、経験値いらない』って……それ、作戦なの?」


「そうよ」


「……正直に言うと、ただのサボりでしょ」


「ギクッ」


私が冷や汗を流した瞬間、花梨がすかさず前に出た。


「違うのよ、水無瀬さん!」


「え、何が」


「有希ちゃんはね、自分の尊い経験値を全部私たちに分け与えて

 いち早くレベルアップさせてくれるっていう

 神レベルに慈悲深い『救済計画』を立ててるだけなの!

 私たちが強くなれば、有希ちゃんの手を煩わせる虫ケラを事前に一掃できるっていう完璧な設計だよ!

ほら、この俗世への執着を一切捨て去った、観音菩薩並みに神々しいお顔を見て!」


花梨が私の顔を香澄に向かって恭しく指し示した。


香澄が私の顔を見た。


私は「……」という顔をしていた。


「……それ」

香澄が静かに言った。

「普通に『他力本願』っていうんじゃないの?」


「違うわよ! 目が節穴なの!? 有希ちゃんの海より深い深謀遠慮が分かんないの!?」


「分かりたくない」


「有希ちゃんは常に千年先の未来を見据えてるんだよ!

 自分の今この瞬間の利益すら投げ打って、私たちの成長を促してくれる『大いなる導き手』なの!」


「…………」


香澄が天を仰いだ。


「……その解釈力、何かに使えないの?」


「有希ちゃんを讃える聖典の執筆にしか使いません!」


「……そう」


香澄は深く息を吐き、あきらめた目で前を向いた。


「まあいいわ。どうせ入ったら私が全部仕切るし」


(素晴らしい。この子、本当に使える)


「香澄ちゃん、一個聞いていい?」


「なに」


「なんで手伝ってくれてるの? 私、正直、香澄ちゃんを利用しようとしてるのよ」


香澄がこちらを見た。


「……正直なんだね」


「嘘をつくのが面倒なのよ」


香澄はしばらく何も言わなかった。


それから、少しだけ視線を外しながら言った。


「……あんたが誘ってこなかったら、今日も一人で迷宮行くつもりだったし。どうせなら人数多い方が効率いいでしょ」


「それだけ?」


「それだけ」


(……嘘じゃないけど、全部でもないな。まあ、それくらいでいいわ)


「そう。ありがとう、香澄ちゃん」


「礼はいいって言ったでしょ。さっさと行くよ」


「ねえ、一個だけ」


「まだあるの」


「香澄ちゃん、不良とつるんでるって噂があるって言ってたじゃない。本当に気にしなくていいの?」


香澄が止まった。


「……聞いたことあるの? その噂」


「ないわよ。あなたから今日初めて聞いた」


「……は?」


「私、他人の噂に興味ないのよ。

 体力1の身体で生き延びるだけで精一杯だから、他人の風評なんてどうでもいいの」


香澄がしばらく私を見ていた。


「……あんた、やっぱり馬鹿を通り越してるわ」


「大物って言って」


「言わない」


「大物なのに」


「黙って歩きなさい」


私たちはそのままE級迷宮の入り口へと到着した。


「じゃあ、入るわよ」



香澄が端末を操作し、入構ゲートが青く光った。


「よーし、今日も安全地帯で楽するぞー」


「入る前から言うな」


「心構えが大事なのよ」


「心構えの方向性がおかしい」


花梨が「ああ、有希ちゃんが迷える子羊(不良)に慈愛の言葉を投げかけてる……

マジ尊い……!」と恍惚とした笑顔で祈りを捧げた。


香澄が「仲良しじゃない」と言い、私が「仲良しよ」と言った。


香澄がもう一度深く息を吐いた。



***



その時、迷宮の入り口から少し離れた木陰に、一つの視線があった。



彼は私たちが迷宮へ入っていくのを眺めながら、静かに笑みを深めた。


「……あの女、やっぱり只者じゃない」


三人の中でただ一人、迷宮の入り口で一瞬だけ周囲を確認する動作をした人間がいた。


香澄だ。


それは本当に一瞬で、次の瞬間には「よーし楽するぞー」という気の抜けた声が聞こえてきた。

でも、男の目には確かに映っていた。


(その一瞬の走査。周囲の気配を全部拾って、脅威がないと判断してから動いた目だ)


「やはり、素晴らしい。……絶対に手に入れる」


男は木陰でそう呟いた。


そんなこととは露知らず、私は「今日の迷宮、どのくらいで終わるかしら」と

香澄に聞きながら、闇の中へと足を踏み入れていった。


香澄が「あんたのペース次第で変わるから分からない」と答えた。


正しい答えだと思った。

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