第22話:【聖女の没落計画】と【孤独な不良少女のスカウト】
朝。教室の自分の席に座り、私はスマホの画面を睨みつけながら頭を抱えていた。
【ダンジョン入構申請:エラー。パーティは最低3名以上で結成してください】
「……マジか。ダンジョンって、ソロやペアじゃ入れない仕様だったのね」
私は深くため息をついた。
花梨ちゃんを爆速でレベルアップさせ
私に降りかかる「サポート労働」や「S級の母からの地獄の礼儀作法合宿」を
回避するための『逆パワーレベリング計画』。
その最初の一歩で、いきなり躓いてしまった。
なにせ、私には友達が少ない。
連絡先を知っているのは、花梨ちゃんと自称・私の盾こと岩倉修平くらいだ。
しかし、その修平は現在
選考会に向けて校庭の隅で「ウオオオッ! 俺は有希様を守る盾になるんだぁぁ!」と
叫びながら血の涙を流す勢いで素振りをしている。
とてもじゃないが、まともな会話ができる状態ではない。
「有希ちゃんおはよぉぉ! ってか待って、
今日の有希ちゃんも朝日に照らされてマジ神々しすぎない!?
え、でもなんか眉間にシワ寄ってない!? 一体どうしたの、誰に消されたいの!?」
そこへ、花梨が登校してくるなり私の隣の席で両手を組み
限界オタクの祈りを捧げながら聞いてきた。
「あ、花梨ちゃん……実はね、ダンジョンって3人いないと入れないみたいで
あと1人、どうしようかなって」
「うわああごめん有希ちゃん!! 私としたことが
有希ちゃんにそんな面倒なこと考えさせるなんてマジで信者失格なんだけど!
ぶっちゃけ有希ちゃんのためなら靴の裏でも喜んで舐めるって奴
今すぐそこら辺から3千人くらい拉致ってこようか!?」
「ううん、それはやめておこう」
私は即答した。
(もし花梨ちゃんが適当に声をかけて
私の熱狂的な信者(賛美者)がパーティに入ってきたら、絶対に面倒なことになる。
『有希様は私が守ります!』とか言って花梨ちゃんの経験値を奪うか
『有希様に戦わせるなんて!』と学校にチクられるのがオチだ。ここは私が、都合のいい人間を見つけないと……)
「今から私が見つけてくる!」
私が立ち上がると、花梨は慌てて引き留めた。
「えっ、有希ちゃん自ら動くの!? 待って待って、今から探しても
有希ちゃんの神パーティに入る資格があるような優秀な人は
もうみんな選考会に向けて固定のメンツで組んじゃってるよ!?」
「優秀じゃなくていいの。誰か、手が空いてそうな人は……」
私は教室をぐるりと見渡した。
そして、教室の最後列、窓際の一番隅の席で
イヤホンをして机に突っ伏している一人の女子生徒に目を留めた。
「ねえ、あの子は?」
私が指を差すと、花梨はさも汚らわしいものを見たかのように声を潜めた。
「あ、水無瀬さん……?
いや、あの子はぶっちゃけ有希ちゃんの視界に入れるのも汚らわしいっていうか……。
ちょっと『悪い噂』があってクラスでも浮いてる不良だからさ
近づいたら有希ちゃんの純白の聖なるオーラが汚れちゃうよ!」
「噂?」
「はい……なんか、放課後に良くない不良グループと付き合いがある底辺だっていう噂。
だから、みんな避けてて」
「ふーん。そうんだ」
(――えっ、何それ。最高の人材じゃない!!)
私の脳内で、歓喜の声が上がった。
不良グループと付き合いがある孤独な生徒。
つまり、学園の主流派閥と繋がりがないから『私のサボりを周りにチクる心配がない』!
さらに、そんな不良生徒と組めば、勝手に上がりすぎた私の『聖女』としての名声を
自然に下げる大チャンスだ!
「ちょっと行ってくる!」
「えっ、有希ちゃん!? だからあんなヤバい奴に近づいたら……
ああっ、でも迷いなくガツガツ歩いていく後ろ姿すらマジ尊死案件なんですけど……っ!」
花梨の限界突破した制止を振り切り、私は意気揚々と教室の隅へ向かった。
「おはよう! 私は高橋有希. あなたは?」
私が机をコンコンと叩くと、水無瀬は面倒くさそうにイヤホンを外し
鋭い三白眼で私を睨みつけた。
「水無瀬 香澄。
……なんの用? 私、あんたみたいなキラキラした連中と話すことなんてないんだけど」
絵に描いたような警戒心むき出しの態度。素晴らしい。
「単刀直入に言うね。ダンジョンに行くのに人が足りないから、私とパーティ組まない?」
「……は?」
香澄は心底馬鹿にしたような、あるいは戸惑うような鼻で笑った。
「組まない。私と組んでも、いいことなんて一つもないわよ。……『聖女様』?」
「その『聖女』って肩書が息苦しいから、あなたに頼んでるのよ」
私が肩をすくめて言うと、香澄は怪訝な顔をした。
「あんたなら、声をかければ誰だってホイホイついてくるでしょ。
なんでわざわざ、嫌われ者の私を誘うのよ」
「みんなに声をかけたら、私の平穏な生活が終わるからよ。
私、自分の未来をすり減らすくらいなら
あなたみたいな『噂のある人』と組む方がよっぽど気が楽なの」
(信者たちに囲まれて気を遣うくらいなら
サボり放題のボッチ不良と組むほうが絶対に疲れない!)という私の打算100%の本音は
しかし彼女には別の意味に聞こえたらしい。
香澄は目を見開き、少しだけ声を震わせた。
「……あんた、私と組んだら、あんたまで周りから悪口言われるわよ?
私の『噂』、知ってるんでしょ?」
「噂? さあ、そんなの知らないわ。私、毎日息をして生きるだけで精一杯だから
他人の素行調査をしてる暇なんてないの」
私はにっこりと笑った。体力1の身体で生きているのだ、
他人の不良活動なんて本当にどうでもいい。
「それに、今の言い方だと『私に迷惑がかからなければ組んでもいい』ってことよね?
ありがとう、よろしく!」
「えっ、ちょっと待っ――」
私は香澄の言葉を遮り、無理やり彼女の右手を取って強引に握手を交わした。
「明日、午後は自由訓練日だから、一緒にダンジョンに行くよ! 準備しておいてね!」
(よし! これで『不良とつるむ堕落した聖女』のレッテルを貼られれば
少しは私への面倒な期待値も下がるはず! 最高!)
「……はぁ!? ちょ、私、行くなんて一言も……っ!」
混乱して顔を赤くする香澄を置き去りにして、私は足取り軽く自分の席へと戻った。
「ゆ、有希ちゃん……ちょっと待って、マジで尊すぎて涙出てきたんだけど……」
戻ってきた私を、花梨がなぜか感極まってボロボロと涙を流しながら迎えた。
「あんな強引にいっちゃって……
このままだと有希ちゃんまで周りの有象無象から悪口言われちゃうよ……!」
「大丈夫でしょ。むしろ、悪いこと言ってくれた方がいいの。
何をしても好意的に捉えられる今の状況は、息が詰まって窮屈だしね」
私は心底うんざりした顔で吐き捨てた。過大評価は命を縮めるだけだ。
「花梨ちゃんには悪い噂に巻き込んじゃって申し訳ないけど……
そういうことだから、よろしくね」
私が手を合わせると、花梨は「ひっ、はぁぁぁ……っ!」と激しく息を吸い込んだ後
神でも見るかのような恍惚とした瞳で私を見た。
「……有希ちゃん、本当にどこまで優しすぎるの?
孤立してる水無瀬さんを助けるために、わざと自分が泥被って悪口引き受けるつもりなんでしょ……?
それなんていう救世主?」
「え?」
「あーもう、私のバカな頭じゃ有希ちゃんの深い考えに全然追いつけないよ!
分かった、私も有希ちゃんという名の推しのために腹括るわ!
有希ちゃんのその尊すぎる『自己犠牲』、私が命に代えても絶対守り抜くからね!!」
花梨は両手で拳を握り締め、背後に不動明王のようなオーラを背負ってメラメラと闘志を燃やし始めた。
(……ん? なんかまた勘違いされてる気がするけど……まあいっか。これでダンジョンに行けるし)
私は首を傾げながらも、明日の『逆パワーレベリング』に向けて準備を始めるのだった。
――打算と怠惰から生まれたこの奇妙な3人組。
これが後に、学園はおろか国中を揺るがすことになる最強の『聖女パーティ』の
記念すべき第一歩となることを、この時の私はまだ知る由もなかった。




