第21話:【S級の母(ラスボス)の影】と【逆パワーレベリング構想】
第21話:【S級の母の影】と【逆パワーレベリング構想】
朝。登校するだけで息が上がる体力1の呪われた身体を引きずり
なんとか自分の席へ辿り着く。
机に突っ伏してぜえぜえと息を整えていると
隣の席の風間花梨が、目を血走らせ
ハァハァと荒い息を吐きながら身を乗り出してきた。
「ゆ、有希ちゃあああん……ッ! SNS、ものすごいことになってるんだけど
大丈夫なの!? 誰かに脅されたの!?
いえ、私の命に代えてもその元凶は今すぐ消し去ってくるから安心して!」
「……え? はぁ、はぁ……なんのこと?」
俺が首を傾げると、花梨は血の涙でも流しそうな悲痛な顔になった。
「『なんのこと』じゃないですよぉぉ!
あの薄汚い……ゲフン、付与製作部の御子柴ごときが
有希ちゃんという不可侵の聖域と『シブリング』を結んだって
オービットが炎上してるんですよ!?」
「っ!? なんでそれを……まさか花梨ちゃんまで私のストーカーに……? 怖っ」
「違います! 私は名誉ある第一の信徒……じゃなくて!
前にも言ったでしょ、有希ちゃんの尊い情報は校内で筒抜けなの! SNS、今その話題で持ち切りよ!」
「な、なにそれ怖い……。えっ、なんで? ただの擬似兄妹制度でしょ? 技術交換の」
俺の言葉に、花梨は「ああっ」と天を仰ぎ、ギリッと歯を食いしばった。
「あああ、やっぱりあの卑劣な眼鏡……有希ちゃんの無知な純真さにつけ込んで!
有希ちゃん、あれね……実質的な『婚約』っていうか、将来を誓い合うっていう
私ですらまだ脳内シミュレーション(108パターン)でしか踏み切れてない、激重の専属契約なんですよ!?」
「…………は?」
俺は固まった。
婚約。こんやく。コンヤク。
(……三十過ぎの元・英雄おっさんが、一回り下の男子高校生と婚約)
(待て)
(気持ち悪い)
(色んな意味で重大なバグが起きている)
「ちょ、有希ちゃん!? 神々しいほどに白い顔色が、さらに透き通って……!
まさかショックで天に還ろうとしてる!? ダメ、いかないで有希ちゃん!」
「大丈夫……大丈夫よ……ちょっと宇宙の真理を噛み締めてただけ……」
次の瞬間、俺の脳内に「最悪の事態」がフラッシュバックした。
(この実質的な婚約発表が……『母親』にバレたらどうなる?)
母・高橋希。S級回復者。俺のガサツな思考を遠距離から察知し
「教育」という名目で完璧な女性へと矯正しようとする、この世界最恐のラスボスだ。
勝手に妙な契約を結んだと知れれば
問答無用で「再教育という名の地獄(拷問)」に叩き込まれる。
俺は冷や汗をダラダラ流しながら、必死に強がった。
「だ、大丈夫だよ! どうせ途中でダメになるって!
こんな体力1のポンコツを好きになっても実生活で使い物にならないし
すぐ飽きるって! クーリングオフ期間が終わる前に絶対向こうから破棄してくる!!」
花梨の顔が、じわじわと変化した。
引きつりが消えた。目が潤んだ。そして、拝むように両手を胸の前で組んだ。
「有希ちゃん……」
「な、なに?」
「本当に……慈愛に満ちた、尊い御方ね……っ」
「え?」
「自分が見捨てられること前提なのに、それでも相手の罪を許し
恨まないなんて……! 有希ちゃんが誰より輝いてるの
絶対そういう底無しの優しさよ……っ!! ああ、浄化される……ッ!」
(……あれ? 俺の防衛線(言い訳)、どこでどう変換された?)
(「向こうから破棄してくる」が「見捨てられても相手を恨まない」になった?)
(こいつの脳内翻訳機、信仰心でバグり散らかしている)
「えっ、いや、違くて、これは純粋に打算で……」
「有希ちゃんがそこまで強くいられるのは、どうして? 何が有希ちゃんをそこまで高潔に保っているの?」
花梨の瞳が、狂信者のような恐ろしいほどの真剣さで俺を見ていた。
俺は少し考えて、正直に答えた。
「……花梨ちゃんがいるから、かな?」
(だって、お前を最強の肉の盾にして
俺は安全地帯で一生寝ていたいからな)という本音をオブラートに包んだ結果
とんでもない台詞が飛び出してしまった。
「――ッ!!!」
花梨の顔が、ボンッ! と音を立てる勢いで真っ赤に染まり
頭頂部からプシューと湯気が噴き出した。
「そ、そそそ、そういうことは……!
わ、私以外の有象無象に言っちゃダメだからね!?
絶対に!! ああもう、心臓爆発する……一生お仕えします……っ!」
「……え、なんで?」
「なんでって……! これが神のタラシ……!!」
花梨が顔を真っ赤にして机に突っ伏してしまった。
後ろの席の男子が「今の聞いた?」「聞いた。俺たちじゃ勝ち目ねえわ」と
囁き合っている。廊下側の席の女子が「百合も尊い……」と呟きながら拝んでいる。
なぜかクラスの空気が謎の一体感に包まれている。
(……? よく分からないが、盾役のヘイト管理には完全に成功したみたいだな)
***
その時、担任が教室に入り、無情な告知を行った。
「午後から競技大会の選考会を行う。選手以外に
上位選手からの指名で『サポートメンバー』も選出するからな」
その瞬間、俺の脳内に鮮明な地獄のビジョンが浮かんだ。
場所は、どこかの訓練場。
左側から御子柴が「有希! 僕の妹として、魔道具の調整を手伝うんだ!」と叫びながら俺の左腕を掴んでいる。
右側から修平が「有希! 俺の盾をバフで強化するのが貴女の使命だ!」と叫びながら俺の右腕を掴んでいる。
二人が同時に、全力で、反対方向へ引っ張っている。
俺の体力は1だ。
「ぶちっ」という音がして、俺は白目を剥いた。
(……ヤバい。あの二人がサポート枠の争奪戦を始めたら
俺は物理的に引きちぎれて死ぬぞ)
「か、花梨ちゃん! お願い、私を花梨ちゃんの専属サポートにして! 今すぐ!!」
俺は花梨の制服を全力で掴んだ。
「え!? で、でも、私がトップ通過して指名権を得るなんて
今の実力じゃ……有希ちゃんの隣に立つ資格なんて……」
「なら、ダンジョンに行ってレベリングだ!!」
花梨の目が限界まで丸くなった。
俺は前のめりになって続けた。
「聞いて花梨ちゃん。私がバフをかけまくる。花梨ちゃんが戦う。
トドメは全部花梨ちゃんに刺してもらう。経験値は全部花梨ちゃんに入る。
私はレベルが上がらなくていい」
「え……それって有希ちゃんには何も……むしろ魔力酔いとかで、有希ちゃんの体が……」
「いいの。花梨ちゃんが強くなってくれれば、それが私の幸せだから」
(俺の物理的な安全、という意味で)
「私は安全なところから全力で応援する。
花梨ちゃんが学園最強になれば、私は最強の盾の専属として
他の全ての面倒事をシャットアウトできる。完璧な計画よ」
「有希ちゃん……」
花梨の声が、震えていた。
「自分はボロボロになっても構わないから
私にすべての経験値を託して、私を一番に……って、そういうこと……?」
(ボロボロになるのは俺じゃなくて前衛で戦うお前の方なんだが
それは言わないでおこう)
「花梨ちゃんが輝いてくれれば、私は何もいらないわ」
「っ……わかった! 私、鬼神になる!! 死ぬ気で全部ぶっ殺してくる!!
有希ちゃんの期待、絶対に裏切らない!!」
花梨が俺の手を両手で握り返した。
目には大粒の涙が浮かび、背後には阿修羅のような闘気が立ち上っている。
「……有希ちゃんって、どこまで人のことを考えられるの。聖母の生まれ変わりなの?」
「そんなことないわよ」
「ある! 絶対ある! 有希ちゃんはいつも自分のことを後回しにして……!」
(後回しになんかしていない。俺が後回しにしているのは『労働』だ)
「……ねえ花梨ちゃん」
「なに!?」
「これ、二人だけの秘密ね」
「っ……! うん……! 絶対に誰にも言わない……! 墓場まで持っていく……!」
(計画が周囲にバレたら
御子柴と修平が俺を確保するために対抗策を練り始めるからな)
という理由は、当然言わなかった。
花梨は感動と使命感のあまり、その後の一時間目の授業中
ずっと虚空を見つめながら敵を殲滅するイメージトレーニングをしていたらしい。
こうして、本人の「絶対に働きたくない」という三十路の執念が生み出した
「無償の献身計画」は、またしても聖女伝説の新たな一ページとして刻まれていくのだった。
……ちなみに放課後、このやり取りを後ろで全部聞いていたクラスメイトたちによって
「有希が花梨に自分を犠牲にして全てを捧げると宣言した(てぇてぇ)」
という内容が裏掲示板に投稿されるのだが。それはまた、別の話だ。




