第17話:【命を削る聖女(中身はおっさん)と、勝手に涙を流す職人たち】
放課後の旧校舎。
その一角にある『付与製作部』の部室を目指して、私は死にかけていた。
「……はぁ……はぁ……。
なんで……旧校舎だけ……エレベーターが……ないんだ……」
「大丈夫ですか!? 背負いましょうか!?」
案内役の長谷川くんが青ざめた顔でおろおろしているが
返事をする酸素が残っていない。
(……体力1の肉体に、この五階建ての階段はもはやデス・トラップだぞ。
一段登るごとに確実に寿命が削れている。
これ登りきれたとしても
帰りに同じ階段を降りることを考えると今から絶望しかない……)
三階で一度膝をつき、四階で壁に手をついて休憩し
五階の踊り場でほぼ這いつくばりながら
私はようやく部室のドアの前に辿り着いた。
喉の奥にこみ上げる鉄の味を飲み込む。
「お邪魔、します……」
ガラッ、とドアを開けた瞬間、
むさ苦しい男たちの視線が一斉に突き刺さる。
見れば、部室の奥から入口まで
七、八人の野郎どもが軍隊さながらに整列していた。
(……待て。なんだこの異様な緊張感。
ヤクザの事務所に殴り込みに来たわけじゃないんだぞ、私は)
整列の奥から歩み出てきたのは、白衣を着たボサボサ頭の男
――部長の御子柴巧だった。
「……高橋有希だな。本当に入部したいというのは、正気か?」
「はい……モノづくりで……楽が、したいので……」
(サボるためにな!)
ゼーゼーと肩で息をしながら答える私を
御子柴部長の目が鋭く観察する。
まるで怪しい仕入れ品の真贋を見極める職人のような目だ。
彼は一言も発さず、無造作に銀色のディスクを差し出してきた。
「……なら、これを見ろ。この回路、どこが『美しくない』かわかるか?」
私はそれを受け取り、まじまじと見つめた。
その瞬間。
酸欠だった脳に「元・英雄(メカ好き)」の血が一気に駆け巡った。
「……あ」
ヤバい。見えてしまった。
「……これ、誰でも魔力を引き出せるように回路が最適化されてますね。
でもここ! 反発を恐れて魔力伝導を抑えすぎです。
あえてここを衝突させて、臨界点ギリギリで火花を散らせれば
出力は3倍に跳ね上がりますよ!
それどころかこっちの迂回路は完全に冗長です。
削って直列にして、余剰魔力をここに還流させれば安定性と出力を同時に――」
テンションが上がって一気に捲し立てた、その瞬間。
視界が、白く染まった。
(あ。喋りすぎた。完全に酸素が切れた……ッ)
「ごふっ……!」
盛大に咳き込むと、手のひらに赤いしぶきが飛んだ。血だ。
私はそのままガクガクと膝をつき、机に手をついて荒い息を吐く。
「た、高橋さん!? 血を吐いてるぞ! 保健室へ――」
「……平気です……。
ただ、技術の美しさに……少し、興奮しただけですから……」
(ただの重度の体力不足だ。
危ねえ、モノづくりの話で死ぬところだった。
まさか前世の魔王よりも付与回路に殺されかけるとは思わなかった)
「平気なわけあるか!」
「先輩、血の色が普通じゃないです!」
「ちょ、誰か水! 水持ってきて!」
部室が一瞬にして騒然となる。
整列していた野郎どもが崩れて私の周囲に集まってくる。
さっきまでのヤクザ事務所みたいな雰囲気はどこへやら
全員が小動物を拾った時みたいな顔をしていた。
「……君という人は……!」
騒ぎの中、御子柴部長だけが動かなかった。
彼は震える手で静かに私の肩を掴み、目を細めて私を見下ろした。
「自分の体が限界でも、回路の話になった途端に目が輝いていた。
血を吐いても『平気』と言い切れる。
……わかった。君の情熱(執念)は本物だ」
「部長……」
「して、高橋。君が本当に作りたいものはなんだ?」
私はカバンから、ボロボロの設計図を取り出した。
「これです……魔導銃の『支援弾』を、離れた味方へ届けるための『受信機』」
「……受信機?」
「はい。前衛にこれを持たせておけば、私がどれほど遠くにいても……極論、自宅のベッドで横になっていても、撃ち出したバフが障害物を無視して仲間に転送されるんです」
(これで私は戦場に行かなくて済む!
布団の中から仲間を支援できる!
究極の引きこもり・完全サボりシステムの完成だ!)
その言葉を聞いた瞬間、部室に、深い沈黙が落ちた。
振り向くと。
御子柴部長の目から、涙が流れていた。
「……部長?」
後ろに控えていた部員たちを見ると、こちらもほぼ全員が静かに泣いていた。
「な、……なんでみんなして……?」
「……素晴らしい」
御子柴部長が、震える声で言った。
「素晴らしすぎるよ、高橋先生……!!」
「先生!? 急に!?」
「君は……自分がいつ倒れてもいいように
もし戦場に立てなくなっても仲間を護り続けられるように……
この『命のバトン』を作ろうとしているんだな……っ!!」
「……ち、違……」
「なんて自己犠牲の精神だ……!
自分の死後すら見据えて仲間を支えようとするなんて……っ!」
「いや待って、死ぬ予定ないですし――」
「先輩……先輩は、いつから自分の余命を……?」
別の部員が嗚咽混じりに言った。
「余命とかじゃなくて!」
「だから階段で何度も休んでたんですね……!
最後まで自分の足で歩こうとして……!」
「単純に体力がないだけです!!」
「高橋先生……! この設計図が完成したら、先生は安心して……」
「安心して何!? 安心して何するの!? 元気に生きてます私!!」
否定すればするほど、なぜか部員たちの嗚咽が深まっていく。
「先生の強がり……格好いいです……っ」
(強がりじゃない!!)
「よし! 野郎ども!!」
御子柴部長が、涙を拭って振り返った。
「高橋先生を、絶対に過労で死なせるな!
先生が安心して……その……なんでもできるように、開発に全力を注げ!!」
「「「おおおおおおおっ!!!」」」
部室に、むさ苦しい男たちの咆哮が響き渡った。
(……ま、まあいいか)
私は内心で深呼吸した。
(否定しきれなかったのは完全に失敗だけど……
設備も人手も使い放題になった。引きこもりライフまであと一歩だ。大勝利!)
私はそっとガッツポーズを決め、勝利を確信した。
――しかし、この時の私はまだわかっていなかった。
「物理的距離も遮蔽物も時間差も、
すべてを無視して最高ランクのバフを必中で届ける」という代物が
現代戦の常識を根底から覆す『戦略級兵器』だということを。
そしてそれが完成した暁に
私が「自宅にいながら世界中の全戦線を一人で支える」という
人類史上最強にして最悪の超絶オーバーワークに
叩き落とされることになるのだということを。
……前世でブラック騎士団の上司に言われた言葉が
一瞬だけ脳裏をよぎった。
『お前、遠距離支援できるなら全戦線回れるよな?』
「……忘れよう」
私は小声でつぶやいて、設計図を広げた。
引きこもりへの道は、まだ遠い。




