第16話:【ステータス1の無能は、モノづくりで自堕落を目指す】
週明けの月曜日。
私はスキップでもしそうなほど、足取り軽く登校していた。
(……体が、異常に軽い)
息切れもしないし、関節も痛くない。
あの、実母による「愛という名の地獄の特訓」の成果だろうか。
(ステータスが低くても、効率的な身体の使い方さえ叩き込まれれば
おっさんの魂でも美少女スペックを使いこなせるってわけか……!)
「身体能力の向上、ここに極まれりだな」
美少女の外見にそぐわない「歴戦の傭兵」みたいなセリフを吐きながら歩いていると
背後から猛烈な勢いの視線――というか、熱気を感じた。
「おはよぉぉ、有希!! 今日の有希、朝日に照らされて神々しさが五割増しだよ! 尊い!」
友人の花梨だ。
「おはよ、花梨。なんか今日、テンション高くない?」
「高くないわけないでしょ!
見てよこの、光を弾くような肌のツヤ! 髪のキューティクル!
……ちょっと一枚撮らせて。待って、待受にするから」
花梨が熟練のカメラマンのような手つきでスマホを構える。
最近、彼女の私を見る目が「熱狂的な信者」に変質しつつある気がするが
気のせいだと思いたい。
たわいもない会話(主に花梨による全肯定称賛)をしていると
前方から見知った顔が歩いてきた。
「おはよう、有希」
「あ、修くん。おはよう!」
自然な流れで挨拶を交わし、修平はそのまま自分の教室へと向かっていった。
その後ろ姿を見送った後――。
「…………」
隣で、花梨が「獲物を狙うハヤブサ」のような鋭い目で私を見つめていた。
「な、なに?」
「『修くん』? ……ねえ有希。
週末の間に、あの『避雷針』と何かあったの? 供給を隠すのは罪だよ?」
「違うわよ。ちょっと色々あって、友達になっただけ」
「ふーん? 『ただの友達』が、そんな慈愛に満ちた目で挨拶し合うかなぁ?
私、二人の間に漂う『戦友』の空気、見逃さなかったよ?」
(鋭い。この子の観察眼、索敵スキル持ちの覚醒者よりよっぽど怖いんだけど)
私は内心で冷や汗をかきつつ、適当に笑って誤魔化した。
***
昼休み。花梨とお弁当をつつきながら
彼女が聖典の一節を唱えるような真剣な面持ちで口を開いた。
「そういえば有希、今度『学校対抗競技大会』の選手選考会があるみたいだけど、出るよね?
あなたの美しさを他校に見せつける絶好の機会だよ」
「なにそれ。美味しいの?」
「食べ物じゃないし、私の有希を他校の不埒な連中に見せるのは正直悔しいけど
でも有希は世界の宝だから!」
「……ええっと、パスで」
私は卵焼きを頬張りながら、完全な他人事として頷いた。
「そもそも私、全ステータス1よ? 出たところで
開始三秒で運動場に突き刺さる自信があるわ。そういうのは、やる気満々のエリート様たちにお任せ」
私は笑って手を振る。
私の夢は、目立たず平穏な、縁側で茶を啜るような自堕落ライフなのだ。
しかし、花梨は深い溜息をついて、私の手を取った。
「有希。世間は君を『奇跡の聖女』と呼んでる。
たとえ競技に出なくても、勝利の女神としてベンチに座っていろって
上からの圧力が絶対来るよ。あ、ちなみにその時は私がマネージャーとして全力であなたをガードするから安心して」
「……不穏な予感しかしないんだけど」
花梨の瞳に宿る「ガチ恋勢」のような光を見て、私はそっと目を逸らした。
***
昼休みが終わり、午後の選択授業へ向かう時間。
「あれ? 有希の選択授業、そっち? 実技の『魔力放出演習』じゃないの?」
「あんな疲れるやつ、やるわけないじゃない。私、座学で楽なやつにしたの」
花梨と別れ、私は目的の教室へと足を踏み入れた。
ガラッ。
ドアを開けた瞬間、教室内の空気が「メデューサの視線」を浴びたかのように石化した。
「……えっ?」
「うそ、なんで……」
「せ、聖女様が、こんなむさ苦しい場所に……!?」
教室内は見事に男子生徒しかいなかった。
湿度が三割増しな気がする。
そして、一斉に向けられる「未知の生物を見るような」熱視線。
だが、中身がおっさんの私は動じない。
(はいはい、見世物じゃないですよ。私はただ、楽をしたいだけなんだから)
私は涼しい顔で空いている席に座り、お気に入りのノートを広げた。
キーンコーンカーンコーン。
チャイムと共に、初老の担当教師が入ってくる。
ここは『付与装備学』の授業。
武具に魔力を付与し、性能を底上げする技術を学ぶ、地味でマイナーな講義だ。
先生は出席簿を見ながら、私を見つけて眼鏡をずらした。
「おや……覚醒科の……しかも高橋有希くんか? 間違いじゃないのかね?」
「はい。前からモノづくりや付与に興味があったので、勉強しに来ました」
(嘘です。自分で戦わず、自分で戦わず、便利なアイテムを作って楽して生きるためです)
私の「清楚100%」の営業スマイルに、先生は感動で打ち震えた。
「そうかそうか! 派手な戦闘ばかりが持て囃される昨今
君のような高貴な志を持つ者が現れるとは……! なんでも聞きなさい。
この学校の設備、君のためなら全部開放しよう!」
「ありがとうございます!(よし、チョロい……最高にいい先生だわ)」
***
授業後。私はさっそく「工房使用権」を確保すべく先生の元へ向かった。
「先生、付与製作に関する部活ってありますか?」
「ん? ああ、『付与製作部』がある。
だが、あそこは油の匂いと鉄粉にまみれた、むさい男子生徒の魔窟だぞ?」
「全然大丈夫です!(むしろ女子のドロドロした関係より、男所帯の方がおっさんには気楽でいいのよ)」
「……素晴らしい。謙虚で、なおかつ飾らない美学……。
長谷川! ちょっと来い!」
先生は教室の隅で「無」の境地で帰り支度をしていた男子生徒を呼んだ。
「長谷川! 高橋くんを部室へ案内してやってくれ。彼女は今日から我が部の『希望』だ」
「……は? え? た、高橋さんって……あの、全校生徒のアイドル、聖女様……!?」
長谷川は鳩が豆鉄砲を食ったような顔で私を見た。
私は最高の(自堕落への期待を込めた)笑顔を浮かべる。
「よろしくお願いします、長谷川くん」
「あ、は、は、はい……ッ!(昇天)」
長谷川が顔を真っ赤にしてフリーズした隙に、私は鼻歌混じりに教室を後にした。
(ふふふ……これで、私の『全自動・肩もみ機(魔力駆動)』製作ライフが始まるぞ……!)
――しかし、私は知る由もなかった。
私が廊下を軽やかに歩いている間に、校内SNSでは凄まじい「激震」が走っていたことを。
【速報】聖女Y様、付与製作部に電撃加入!!
1:名無しの覚醒者
嘘だろ!? あの聖女様が、なんであんな地味な部活に!?
2:名無しの覚醒者
長谷川がY様と二人で歩いてる目撃証言あり! 殺す! 長谷川、死刑!
3:女神の監視者 ◆Goddess/Obsv
ミッション発生。ターゲットは『付与製作部』。
聖女様の作業服姿……。これは歴史に残る。全方位から監視を強化せよ。
「は!?」「はああああ!?」
部室は一瞬でパニックに陥り、廊下にはすでに「一目見ようとする」男子生徒の群れができ始めていた。
私の自堕落計画は、初日から「激動」という名の嵐に飲み込まれようとしていたのである。




