第138話:【情報ゼロの恐怖】
翌日の学校対抗戦に向け、某有力校の会議室では重苦しい気が満ちていた。
壇上では、熱血漢で知られる担当教師が拳を握りしめ、熱弁を振るっている。
「いいか貴様ら! 優勝の最大の障害は、エシュ学園だ!
いくらウチの2年・3年が優秀とはいえ、向こうの2年、3年と直接やり合っては分が悪い。
そこで作戦だ! 先に1年生を完膚なきまでに潰し、精神的アドバンテージを取る!
調査班、エシュ学1年のデータを発表しろ!」
ビシッと指名された調査班の生徒が、汗だくで前に出た。
しかし、その口から飛び出したのは、驚愕の報告だった。
「――調査した結果、何もわかりませんでした!!」
「……は?」
会議室全体が凍りついた。教師の額に青筋が浮かぶ。
「どういうことだ……サボっていたのか貴様らぁぁッ!?」
「ち、違います! 死ぬ気で調査しました! ですが、エシュ学の1年の1位の『有希』という生徒
戦闘記録が一切存在しないんです! 入学直後に行われた模擬戦以降
校内で一切戦っていません! 実習では戦っているらしいのですが
彼女の戦闘を目撃した者が極端に少なく、調査のしようがないのです!」
「じゃあどうやって1位になったというのだ! 買収か!?」
「それが……『1年生が頼み込んで1位になってもらった』らしくて……。
しかも本人は不本意で、めちゃくちゃ嫌がっていたそうで……」
「頼み込んで1位!? 意味が分からんぞ! そんだけ優秀なら、今回の競技にも出ているはずだろ!」
「それが、彼女は競技に一切エントリーしておらず、『サポート役』のみの登録なんです!
どのような魔法やスキルを使うのかサッパリ分かりません! 分かるのは
よくパーティを組んでダンジョンに行っていたことくらいで……!」
「えぇい、ラチが明かん! 覚醒者協会の職員に賄賂を贈って
裏データを引っ張り出せばいいだろうが!」
「無理でした! 閲覧制限が厳重すぎて、一般職員じゃ手も足も出ません!
最低でも『局長レベル』が神代会長に直接申請を出して
許可が下りない限り閲覧できない仕組みになっています! 絶対に不可能です!」
「な、なにか探る手立てはないのか!? 生徒間に聞き込みはしたのか!?」
「しました! ですが、彼女は学園内で『聖女』として絶大な人気を誇っている上に
実習での手柄を全てパーティメンバーに譲っているため
『彼女を裏切るような真似は絶対にできん』と一蹴されました!」
「嫌いな奴も一定数いるだろうがっ! アンチを探せアンチを!」
「いるにはいるんですが……『彼女のバックにはヤクザがいる』という噂があり
実際にそれらしき影がウロウロしています! さらに
過去に彼女に手を出した神宮司家が跡形もなく叩き潰されているため
誰も表立って批判できません! アンチすら口を割らないんです!」
「……つまり、我々は『情報ゼロ』で戦わなければならんのか!?
ギルドはどうだ! ギルドに問い合わせたのか!?」
「『紅蓮ギルド』だけが彼女の詳細を知っていると答えましたが
『恩人を売るような真似はできん』と、鼻で笑われて追い返されました……!」
八方塞がりの報告に、会議室は
「なんだそのバケモノ……」「裏ボスかよ……」と絶望的な空気に包まれた。
そんな大人たちの不毛な議論を余談に、生徒の一人である『カイト』は
自身に宿る2体の上級精霊『リン』と『ラン』と念話で会話していた。
(ねえカイト。今みんなが話してるのって、あの凄まじい魔力を持った女の子のことだよね?)
精霊・リンが尋ねてくる。カイトは心の中で「そうだよ」と頷いた。
(多分、あの子を倒すのは無理だよー。私たちが全力で攻撃しても、傷一つつけられないと思うな)
精霊・ランが呆れたように補足する。
(そんなに凄い子なの……? 私も少し前に話したけど
ただの『体の弱い美少女』にしか見えなかったが……。神代会長のお気に入りだと知ってはいるけど)
(カイト、それすらフェイク(演技)の可能性があるよ!)
リンが真顔で警告してきた。
その時、壇上の調査班が開き直ったように叫んだ。
「一応、本人談として『私はレベル1の雑魚だから』という情報しか得られませんでした!」
「レベル1だとぉっ!?」
教師が目を輝かせた。
「レベル1なら、かすり傷一つで死ぬではないか! 大会は殺傷禁止だが……事故に見せかければ……!」
「先生、それは絶対に通用しないと思います」
カイトが静かに手を挙げ、発言した。
「どういうことだ、カイト?」
「私は以前、各国の覚醒協会会長とその弟子のパーティーでスウェーデン代表で出席した際
彼女と会話しました。彼女は神代会長の超お気に入りとして参加しており
あの協会局長の橘さんが、彼女に気を使っていました。
そんな彼女に『事故』で怪我を負わせた場合、言い訳など一切通用しません」
「くっ……」
「さらに、私の仕入れた噂によれば、彼女はあの【グスタフ会長】の超お気に入りでもあります。
もし彼女に万が一のことがあれば、競技中の怪我以外は
事故だろうが何だろうが、怪我させた場合大問題になり……
最悪、学校ごと潰されて廃校になります」
「一生徒の事故で廃校だと!? そんな権限があるわけ……」
「あります」
カイトは断言した。
「日本の覚醒者協会会長と、世界の頂点であるグスタフ会長に同時に気に入られているんです。
グスタフ会長の弟子たちは皆、一国の軍隊を滅ぼせる猛者ばかり。
会長の頼みとなれば一二返事で動き、我が校を潰すなど朝飯前でしょう」
「じ、じゃあ真正面からやるしかないのか!? そうだ
今から大会のルール変更を申請して……!」
「それも不可能です。大会の運営は『精霊協会』と『覚醒者協会』の二重管理です。
彼女はすでに覚醒者協会を完璧に味方に付けています。
ルール変更の提案など一蹴されるだけです」
「じゃ、じゃあどうすればいいんだよぉぉッ!?」
頭を抱える教師に、カイトは冷ややかに冷徹な分析を提示した。
「上級生から順番に倒すしかありません。……そもそも
エシュ学の1年生たちが彼女を1位にした理由もそこでしょう。
事前にルール変更をキャッチした生徒会が1年生にリークした。
ルール変更をきいた1年生が先生に頼み込んで彼女を1位にしてもらい
私たちが攻撃できないようにしたんです。……エシュ学は
今回のルール変更(3対3のチーム戦)を最初から見抜いていたんですよ」
「な、なんだと……!? ルール変更すら見抜いていたというのか……!?」
「カイト、お前……他に何か知っていることはないのか!?」
「本人と話した時は『私は支援系だ』と言っていましたが……」
「支援系か!」
教師がぱぁっと顔を明るくした。
「直接戦闘に参加しないのなら、まだ付け入る隙はあるな!」
(……すっごく楽観的だねぇ)
(絶対無理なのにねぇ。上級精霊の僕たちが直接戦っても絶対に勝てないレベルなのに……)
リンとランが、心の中でクスクスと笑っていた。
カイトは、教師たちの脳天気な会話に呆れつつ、別の思考に没頭していた。
(そんなことより……あの『五十嵐剣斗』は、本当に本物なのだろうか?)
異世界から五十嵐剣斗を追ってきたカイトは、違和感をぬぐえなかった。
(ねえ、リン、ラン。君たちから見て、あの五十嵐剣斗は、私の惚れた人と同じ人物だと思うか?)
((絶対に違うと思う!!))
2体の精霊の声がハモった。
(だってさー、『仲間思い』って評判の割に
綺麗な女の子にしか目移りしてなかったじゃん?)
(話す時も終始上から目線だったし、なにより魂の輝きが薄っぺらかったよー)
(やっぱりか……。なら、本当の『五十嵐剣斗』はこの世界にはいないのだろうか?)
(いるんじゃないのー?)とリン。
(そうだよー。神様が嘘をついて変な世界に飛ばすわけないじゃん?
……たださ、『性別』が違ってたりするんじゃない?)とラン。
ハッ――!!
カイトの脳内に、雷が落ちたような衝撃が走った。
(性別が……違う……!? つまり……女の子になっている可能性があるということか!!?
盲点だった!!)
そういえば、異世界転生や転移の際、神の気まぐれで性別が反転する事例は稀によくある!
(まだ希望はある!女性ならば私と結婚できる!そして、今度は守ることができる!)
希望を見つけたカイトは、激しい興奮とともにガバッ!! と勢いよく立ち上がった!
((カイトー! 元気になるのはいいけど、周り見てー!!))
精霊たちの叫び声で、カイトは我に返った。
「「「「………………」」」」
急に立ち上がったカイトを、教師も調査班も生徒たちも、全員が唖然とした目で見つめていた。
「……ど、どうしたカイト? 何か……対エシュ学(有希)の画期的な作戦でも思いついたのか?」
「あ……いえ、何も。すみません、脚が痺れまして」
カイトは引きつった顔で謝罪し、そっと席に着いた。
(危ない危ない……。でもまだ希望はある。世界は広いが必ず探し出してやる!)
新たな希望を見出し、元気になるカイトをよそに
深夜遅くまで不毛な「対エシュ学対策会議」は続くのであった。




