第126話:【全競技停止の裏側】
「……ん……」
ゆっくりと目を開けると、真っ先に目に飛び込んできたのは
今にも泣き出しそうな千晶の顔だった。
「ひぐっ……お姉さまぁ……っ!」
「千晶……」
見回すと、橘さん、香澄ちゃん、そして翔先輩までもが、青ざめた顔で私を囲んでいた。
「有希様! お気づきになりましたか!? 一体なにがあったのですか!?」
橘さんが詰め寄ってくる。私は重い口を開き、状況を説明した。
「……あー、結界魔法を使って回復魔法を閉じ込めて
軽症者用のベンチを簡易のエリアヒール場所に仕込んでたんですよ。
でも結界魔法の弱点は、本体が物理的衝撃に弱いんです……。
無理やり動かされたせいで制御が外れて、魔力が体に逆流してダメージが入ったんです……」
「もう大丈夫なのですか!?」
「無理ですね。私、いま自分に回復魔法が効かないデバフ状態なんで
これ以上はお手伝いできないです……」
「……状況は理解いたしました」
橘さんの目が一瞬で氷のように冷たくなった。
「とりあえず、該当の男子生徒は即刻『失格処分』といたします。
医療関係者への暴行および運営への重大な迷惑行為です。
ヒーラーへの暴行は重罪。知らなかったでは通りませんからね」
橘さんは冷酷な声でスタッフにテキパキと指示を出していった。相変わらず仕事が容赦ない。
「有希、本当に大丈夫……?」
香澄ちゃんが心配そうに顔を覗き込んでくる。
「あんまり大丈夫じゃないよ……。昨日、グスタフ会長の件で
魔力を使い果たして回復しきってないところに、これだからね。
一歩間違えたら本当に危なかったかも」
「ごめんなさい……あなたが昔から身体が弱いことを、すっかり忘れていたわ。
もっと用心しておくべきだった……」
「次からはお願いね……」
『――大変お待たせいたしました! 只今より全試合を再開いたします!』
場内にアナウンスが響き渡るのを聞いて、私はふと疑問に思った。
「……というか、もしかして試合止まってたの?」
「そりゃあ止まるわよ」
香澄ちゃんが呆れたように告げた。
「神代会長とグスタフ会長の『超お気に入り』のあなたが倒れたのよ?
全競技停止に決まってるじゃない。しかも二人とも、今はまだ重要な会議の最中だっていうのに」
「(ええっ!? いつの間にか私、そんな国家レベルの重要人物に……!?)」
嫌な汗をかきつつ、私は焦って聞き返した。
「な、なんでそんなことがバレてるの!?」
「あ、バレてるっていうか……あなたが倒れた瞬間に
橘さんが血相を変えて『競技を問答無用で一旦止めろ!』って指示を出したのよ。
よほどあなたが大事みたいね」
「(なーんだ、私の正体がバレたわけじゃないのね! よかったぁ……!)」
ホッと胸を撫でおろしつつ、私は膝の上でまだシクシク泣いている千晶の頭を「よしよし」となでて慰め続けた。
◇
試合が再開され、いよいよ雄一先輩の出番となった。
「あ、雄一先輩だ」
1戦目。雄一先輩は圧倒的な力で余裕の勝利を収めた。
(あれ……? 前にダンジョンへ付き添ってもらった時は
『剣』を使ってた気がするけど、今は『槍』を使ってる……?)
後で聞いてみようかなと考えていると、勝利の余韻に浸る間もなく、すぐに2戦目が始まった。
「えっ、連戦……!?」
不審に思いつつ見守っていたが、雄一先輩は苦戦しながらもなんとか2戦目も勝利した。
「すごいわね……」
よく観察してみると、雄一先輩は構え直すフリをして
私が渡した『回復魔石』をポケットの中でコソコソ使っていた。
(なるほど! 周りに気づかれないように回復してたのね!)
試合後、審判が「連戦するか?」と問いかけると
雄一先輩が力強く頷き、そのまま3戦目が開始された。
(あぁ、自分で連戦するかどうか決めてたのね。だから連戦だったんだ!)
疑問が解けたところで、雄一先輩の快進撃は止まらなかった。
5戦目まで多少の苦戦はあったものの
なんとストレートで怒涛の全勝を決め、見事に決勝進出を果たしたのだった。
(巧兄さんに作ってもらった専用の防御魔道具は、決勝用の秘密兵器ってわけね……さすが!)
私が考察に耽っていると、橘さんが歩み寄ってきた。
「有希様、歩けますでしょうか?」
「香澄ちゃんに手伝ってもらいながらなら、行けますよ」
「そうですか……申し訳ございません、私がいながらこのような事態に……」
「これは予期できないハプニングですし、橘さんのせいじゃないですよ。大丈夫です」
私は橘さんを宥めつつ、香澄ちゃんに肩を借りて雄一先輩の控室へと向かった。
通路を歩いていると、香澄ちゃんが「そういえば、はい」と冷たい缶ジュースを差し出してきた。
「これは?」
「さっき買ってきたやつよ。渡しそびれてたの」
しかし、香澄ちゃんは手ぶらだったはずだ。
「えっ、香澄ちゃん、空間ポーチ買ったの?」
「ふふ、買ってもらったのよ。有希が使ってるのを見てたら欲しくなっちゃってね。ほら」
香澄ちゃんがスカートの裾を少し持ち上げると
私と同じ太ももの位置に可愛い空間ポーチが装着されていた。おそろいである。
「いいなぁ、似合ってる!」
ふたりでジュースをゴクゴクと飲みながら控室に到着し、ドアをノックして中に入った。
――ガチャ。
「あ」
部屋に入ると、サポート役の2年生の先輩が
ニヤニヤしながら壁に寄りかかっていた。
視線の先を見ると、花梨ちゃんが顔を真っ赤にしてモジモジしており
雄一先輩もどこか気まずそうに顔を少し赤くしている。
(……あっ(察し))。
私はあえてそこには突っ込まず、爽やかな笑顔を向けた。
「雄一先輩、決勝進出おめでとうございます!」
「おう! さんきゅー! ……って、有希こそ大丈夫か!?
お前が倒れた直後、全競技がストップしたから焦ったぞ……」
「ちょっとしたトラブルがあっただけですよ~」
「そうか……。じゃあ、トラブルの元になったあの学生がどうなったか知ってるか?」
私が正直に「失格処分ですって。医療関係者に手を上げたのがダメだったみたいです」
と答えると、雄一先輩は手をポンと打った。
「なるほどな! てっきり『有希がヒーラーだから、手を上げたのがマズかった』のかと思ったぜ」
「あはは! 私がヒーラーなわけないじゃないですかー!」
私は大袈裟に笑い飛ばした。
「もし私がヒーラーだったら
わざわざ他からヒーラーを連れてくるわけないでしょ?」
「まあ、それもそうか」
雄一先輩は苦笑いしながら頭を掻いた。
「いや、たまに『有希が実はヒーラーなんじゃないか』って
噂が聞こえてくるからさ。本当にそうなのかと思っただけだ。
……さて、俺は着替えてから行くが、お前らはどうする?」
「私は一旦ホテルに帰ります。まだ体調が万全じゃないのと
修平君たちの様子を見に行きたいので」
「じゃあ、私は有希に付き添っておくわ」
香澄ちゃんが申し出ると、すかさず花梨ちゃんの方を向いてニヤリと笑った。
「花梨は、雄一先輩についていったら?」
「えっ……!? い、いいんですか……!?」
花梨ちゃんがチラッと雄一先輩を見る。
「おう、いいぜ! 一緒に行くか」
(花梨ちゃん、グッジョブ! がんばれー!)
心の中で花梨ちゃんにエールを送りつつ、私たちは控室を後にした。
◇
修君にメールを送ると『競技会場の訓練室にいる』と
返信があったため、私と香澄ちゃんは訓練室へと向かった。
扉を開けると、室内ではいくつかの集団が大きな紙を囲んで熱く議論を交わしていた。
その中から修君の姿を見つけ、近づいて声をかける。
「修君、調子はどう?」
「おう、有希! 色々な状況を想定して
立ち回りの最終確認をしていたところだ。そっちは?」
「私はサポート役だし、みんなが大丈夫か確認しに来たのよ」
すると、グループにいた3年生のサポート役の上級生が、感心したように頷いた。
「こいつらは大丈夫そうだぞ。しっかりと事前練習や訓練をしてきたのが
こっちにも伝わってくるくらいよく出来ている」
「へへっ……」
修君は照れくさそうに頭を掻きながらも、キュッと表情を引き締めた。
「初めての大会ですし、無様な真似はできませんから!」
「お前ら、本当に偉いぞ」
3年生の先輩が力強く肩を叩く。
「そうやって言ったことを『本気で実行できる奴』は案外少ないんだ。
その努力を怠らなければ、お前たちは絶対に上へ行ける」
「「ありがとうございます!!」」
修君たちの息がピッタリと合った瞬間を目撃し、私は思わず笑みがこぼれた。
「ねえ、私も混乱を避けるために、しばらくここに混ぜてもらってもいいかな?」
「「「もちろん!!」」」
見事なハモりを見せるみんなに招き入れられ、私は訓練室の輪に加わった。
その後、私たちは様々な戦術議論を交わし、翌日の本番に向けた準備を完璧に重ねた。
ホテルに戻ってからは、不安がる千晶をもう一度たっぷり慰めて撫で回
し――こうして激動の2日目が幕を閉じたのだった。




