第121話:【世界トップの後ろ盾】
「……んぅ……」
目を覚まし、ゆっくりと身体を起こした瞬間。
「痛ッ!? ぐっ……あだだだだだッ!!」
全身の筋肉と魔力回路が悲鳴を上げ、凄まじい激痛が走った。
「おお、目が覚めたか」
視線を向けると、神代会長とグスタフ会長がソファに座って私を見ていた。
「……私、どのくらい寝てました?」
「なに、30分くらいだな」
神代会長が短く答える。
(随分短いわね。魔力を限界まで絞り出したのに……
これもステータスと体力が上がったおかげかしら?)
私が内心で自分の身体の変化に驚いていると、グスタフ会長が深く頭を下げてきた。
「お嬢ちゃん……いや、有希君。本当にどうもありがとう。
ワシの身体が今までにないくらい好調なのだが
あの呪いとやらは完全に治ったと見てよいのかの?」
「……はい。大変でしたけど、なんとか完全に除去しました。
正直、二度とやりたくないくらい大変でしたよ……」
私がげっそりとした顔で答えると、神代会長がガハハと笑った。
「その様子なら、文句が言えるくらいには大丈夫そうだな」
神代会長はそう言うと、自身の『空間リング』から
一冊の古びた本を取り出し、私に差し出してきた。
「これがお主の求めていたものじゃ」
グスタフ会長が微笑みながら説明する。
「ワシも色々と忙しい立場でな、直接教える時間はあまりとれんのじゃ。
だから、代わりにこうして本を渡しておく。世間では『スキル書』と
言われておるのかの? まあ、本の中身を読んで理解し
反復練習をして、無意識で魔力操作ができるように励むんじゃぞ」
「分かりました」
私は本を受け取りつつ、その装丁の豪華さに目を剥いた。
「……ちなみにこのスキル書って、相当高いやつというか……
レアなやつじゃないんですか!?」
「グスタフが直々に渡すものだぞ。相当レアに決まっとる」
神代会長がニヤリと笑う。
「お金では絶対に買えないくらいの価値がある代物だ。とだけ言っておくぞ」
「おおお……! そんないい物をもらえたなら、命がけで頑張った甲斐があるわね!」
私が現金にも大喜びしていると、グスタフ会長が目を細めた。
「もう一つ、お主の願いを叶えてやるぞ。何か望みはないかの?」
「もう一つ!?」
私は少し考えた後、パッと顔を上げた。
「じゃあ、何かあったら『私の後ろ盾』になってくれるだけでいいです。
その代わり、グスタフ会長からの依頼で治してほしい人物がいたら、優先して協力しますよ」
「……えっ。そんなことでいいのかの?」
莫大な金や権力を要求されると思っていたのか、グスタフ会長が呆気にとられた顔をする。
「お金とかは、見てもらった通り依頼でいくらでも稼げるみたいなんですよね。
ただ、私はとにかく『平穏に楽して生きていきたい』んです
。でも、私の能力を利用しようとする鬱陶しい輩がこれから増えるだろうって
神代会長も言ってますし……。だから、神代会長とグスタフ会長が
ドカンと後ろ盾になってくれたら、変な虫も寄り付かなくなって
楽な生活ができそうなんですよね!」
私は己の『怠惰な野望』を正直にぶちまけた。
「……お前は本当にブレないな」
神代会長が深いため息をついた。
「ワッハッハッハ!!」
グスタフ会長は腹を抱えて大笑いした後、満足そうに頷いた。
「いいじゃろう。お前さんの強固な後ろ盾になってやろうじゃないか。
その証拠として、これを渡しておこう」
そう言って渡されたのは、豪奢な宝石があしらわれた首飾りだった。
「これは?」
「それは、グスタフの『お気に入り』という証だ。
いわゆる『弟子の証明』でもある、超がつくほど貴重なものだ。絶対になくすなよ」
神代会長が念を押すように言う。
「それを見せれば、大抵のトラブルはなんとかなるじゃろ」
グスタフ会長がウインクをした。
「はいっ! ありがとうございます!」
私は嬉しさを隠しきれず、首飾りをぎゅっと握りしめた。
(これで私の平穏は確約されたも同然ね!)
「こちらこそ助かったのじゃ。完全に呪いが消え
昔みたいに身体を自由に動かせる日が来るとは思わなかったからのう……」
グスタフ会長は、自分の両手を握りしめながら感慨深そうに呟いた。
「それじゃ、私はこれで失礼しますね……」
私はふらつく身体を必死に我慢しつつ、立ち上がって歩き出した。
「ワシはまだここに残る。グスタフとまだ話すことがあるのでな。橘にホテルまで送らせよう
ここはグスタフの側近がいるし大丈夫だ。
ただ、送ったら橘にはまたここに戻ってくるように言っておいてくれ」
「了解です」
◇
フラフラと部屋を出ると、ドアの前で待機していた香澄ちゃんが眉をひそめた。
「随分かかったわね?」
「うん……ちょっと中にヤバい厄介ごとがあってね……」
「顔色すっごく悪いけど、大丈夫なの?」
「まあ、歩くだけならなんとかなるけど……少し支えてほしいかな。
慣れないドレス姿で歩くのも大変なのに、魔力切れの体調不良で普通に転びそうだし……」
「……しょうがないわね」
香澄ちゃんは呆れながらも、優しく私の肩を支えてくれた。
「橘さん、私たちのホテルまで送ってくださいますか? 神代会長から許可はもらってます」
私は待機していた橘さんに伝言を伝えた。
「そのあと、橘さんにはまたここに戻ってきてほしいそうです。
ここはグスタフ会長の側近の方が護衛にいるから大丈夫だって言ってました」
「なるほど。会長はまだグスタフ様とお話しされることがあるのですね。
承知いたしました、それではお送りしましょう」
橘さんの先導で、私たちはVIPフロアを後にした。
ロビーでは、相変わらず各国の要人たちが歓談しており
ボロボロの私に好奇の視線が集まったが……今の私にはそれを気にする余裕すらなく、
香澄ちゃんに支えられながら這うようにして車に乗り込んだ。
◇
ホテルへ向かう車内。
助手席に座る橘さんが、ルームミラー越しにふと言った。
「有希様。先ほどもらったその首飾り、早めに血を垂らしておいた方がいいですよ」
「……どういうことです?」
「そのままだと、まだ『認証』されていないんですよ」
橘さんは事もなげに恐ろしいことを言い出した。
「その首飾りは、持ち主の血を垂らした後に魔力を込めることで認証が完了します。
認証後は、有希様以外がそれに触れると
『自動で魔力を放出して大怪我を負わせる』仕様になっています」
「えっ」
「それでも無理に持とうとすると、大音量のサイレンが鳴り響き
周囲に異常を知らせます。同時に、特定の機関へ危険情報が発信され
瞬時に『特殊部隊』が突入してくる手はずになっています」
「は……?」
「ですので、万が一なくしたり盗まれたりしたら国を巻き込む大騒ぎになりますから
くれぐれもなくさないようにしてくださいね」
「…………」
私は手の中にある首飾りが、急に爆弾に思えてきて震え上がった。
「グスタフ会長……そんなこと一言も言ってませんでしたけど!?」
「それは、有希様なら『知っているもの』と思われたのでしょう。
覚醒者協会のトップの弟子ともなれば
基本的にこの程度のセキュリティが施された魔道具を
いくつも所持しているのが普通ですから。
神代会長の弟子として紹介されていますしね」
「神代会長……何も言ってくれなかったんですけど!?」
「それは、単純に神代会長の『嫌がらせ』かと」
橘さんがクスリと笑う。
「今まで有希様に色々と苦労をかけられた分
少しくらい周りに迷惑をかけて『怒られろ』ってことでしょう」
「……あのクソ狸ジジイッ!!」
私は盛大にため息をつき、悪態をついた。
橘さんが声を立てて笑う。
「アハハ、そうやって神代会長に面と向かって暴言を言えるのは
有希様くらいのものですよ」
「よく会長にそんなこと言えるわね……私なら恐ろしくて絶対言えないわよ」
隣で香澄ちゃんがドン引きしている。
「香澄ちゃん、あの狸のせいでこんな事態になってるのよ!?
これくらい言ってもバチが当たらないわよ!」
「……まあ、苦労させられてるからって普通は暴言は吐かないものよ」
香澄ちゃんは冷静にツッコミを入れつつ、ボソリと付け足した。
「それに、あなたの場合、あの会長がいようがいまいが
どうやってもこういう面倒な事態に巻き込まれてた気がするわ」
「そ、そんなこと……ない!……はず?」
私は少し疑問に思いつつも、ホテルまでの道のりを賑やかな雑談で誤魔化した。
◇
無事にホテルへ到着し、橘さんと香澄ちゃんにお礼を言って自分の部屋に入る。
すると、待機していた千晶ちゃんが飛んできた。
「お姉さま、お帰りなさいませ! ――ッ!?
お姉さま、顔が真っ青です!! どうしたんですか!? 私がヒールをかけますからっ!!」
「千晶ちゃん、落ち着いて……」
私はパニックになる千晶ちゃんを制止した。
「多分、今の私にあなたのヒールは無駄になるわ。
短期間で高位のヒールを受けすぎると、体が魔力を受け付けなくなっちゃうのよ。
……ちょっと厄介ごとがあって、限界まで無理をしただけだから大丈夫」
「そんな……!」
「だから、ヒールをかけるくらいなら、このドレスを脱ぐのを手伝ってくれないかしら?
もう指一本動かす気力がないの……」
「はいっ! 喜んで!!」
千晶は嬉々として私の着替えを手伝ってくれ、無事に寝巻きに着替えることができた。
そのまま、ふかふかのベッドへ倒れ込む。
「千晶、本当に助かったわ……。今日は、もう寝る……」
「はい、ゆっくりお休みくださいね、お姉さま」
優しい声に見守られながら、私は意識を手放していく。
(……ようやく、長かった1日が終わる……。ん? ちょっと待って……)
薄れゆく意識の中で、私はある『恐ろしい事実』に気づいてしまった。
(……まだこれ、競技大会の『1日目』しか経ってないじゃないの……ッ!)
明日からも続くであろう波乱の予感と絶望に苛まれながら、私は深い眠りへと落ちていったのだった。




