第119話:【ポンコツ偽装の令嬢】
第119話:【ポンコツ偽装の令嬢】
神代会長たちとの会談を終え、席を離れた私たちは
その後も他国の覚醒者協会のお偉いさんたちへ挨拶をして回った。
その間、圧倒的な格下であるDランクの私に向けられたのは
案の定「なんだこの貧弱なガキは」という見下すような視線の嵐だった。
だが、私は耐えた。ひたすらに耐え抜いた! この私を誰か褒めてほしい!
と内心で叫びながら、営業用の作り笑いを顔面に貼り付け続けた。
ようやく一通りの挨拶を終え、自分たちの席へ戻る途中、神代会長がボソリと私に尋ねてきた。
「有希。グスタフの病気……いや、あれも『呪い』なのだろうが、お前なら治せるか?」
私は歩きながら、先ほど魔力眼を持つ老会長から感じ取った禍々しい気配を思い返した。
「……さっき見た感じだと、神代会長の時より一段とひどい呪いですね。
全盛期のサリア……じゃなくて、私でも一筋縄ではいかない気がします」
私は正直に答えた。
「でも、あの時より私のステータスも伸びてますし、やってみないと分からない、というのが本音です」
「そうか……」
神代会長は少し考える素振りを見せた後、私の目を見た。
「この後、グスタフの部屋に行く。その時にやってはくれないか?」
「席を離れる時、『また後で』って言ってたのは、私がOKするのを見越してたのね……」
私はジト目で会長を睨んだが、すぐにため息をついた。
「まあ、あの人に魔力制御についてもっと教えてもらえるように
口利きしてくれるなら、やってみますけど」
「そうか。それならワシからしっかり頼んでおこう」
そんな密談を交わしつつ、私たちは席に戻った。
◇
その後も、有名企業のお偉いさんやら大手ギルドのトップやら
絶え間なく人が挨拶にやってきたため
誰と何を話したかなんて正直よく覚えていない。
「……もうダメ。ニコニコしすぎてもう顔面筋肉が限界……」
何度も顔が引きつって香澄ちゃんに横腹を小突かれながら、私はブツブツと文句を垂れていた。
そんな地獄の歓談時間が終わり、ついに壇上に橘さんが現れた。
「――皆様、大変良いお時間となりましたので
そろそろ閉会とさせていただきたいと存じます」
(よ、よっしゃあああ!! やっと終わる!)
私が歓喜の声を上げかけた、その時。橘さんがにこやかに言葉を続けた。
「それでは最後に、各国の代表者様より一言ずつ閉会のお言葉を……」
(まだやんのかい!!)
そこからさらに小一時間、お偉いさんたちのクソ長いスピーチを聞く羽目になり
私は立ったまま意識を飛ばしかけた。
◇
長い長い閉会式が終わり、ようやく部屋を出ようとした時
フランス代表のシャルロットちゃんがトコトコと駆け寄ってきた。
「有希ちゃーん! 連絡先、交換してイイデスカ?」
「もちろん!」
私はスマホを取り出しながら、ふと気になっていたことを尋ねた。
「というか……シャルロットちゃん。わざと『その喋り方』してる?」
「……分かっちゃった?」
シャルロットちゃんは周囲に人がいないことを確認すると
コテンと首を傾げて、流暢な日本語で話し始めた。
「だって、言葉も難なく完璧にこなせるようになっちゃうと、ねぇ?」
「……ああ、そういうこと」
私は完全に理解ってしまった。
「完璧だとまた周りから持ち上げられて
勝手に期待値が上がって仕事や面倒ごとを押し付けられる。
だから、わざと言葉は不出来にして『何でもできる訳じゃないのデース!』って
ポンコツアピールをしているってことね?」
「流石は有希ね。話が早くて助かるわ」
シャルロットちゃんは大人びた笑みを浮かべた。
「あなたも色々と大変でしょう? 身体も弱いみたいだし……
無理しないでね? 今度、時間があったら一緒に遊びに行きましょ?」
「うん、分かってくれてありがとう。もちろん一緒に行こう!」
私たちは深い共感と共に連絡先を交換し、熱いハグを交わして別れた。
(ちなみに後ろでは、香澄ちゃんとフランスの女性護衛が「
お互い、長い付き合いになりそうですね」「ええ、胃薬は常備しておきましょう」と
哀愁漂う雑談を交わしていた)
◇
「さて、行くぞ」
会場を出るなり、神代会長が歩き出した。
「え? もう行くの?」
さすがの私も、少しは休ませてほしくて聞き返してしまった。
「グスタフはワシたちと会話した後、すぐに自分の部屋に帰ったからな。
それに、さっきの筆談では『腕のいいヒーラーを見つけて治してもらった』
としか書いとらん。あいつに正体はバレてないから安心しろ」
「そんな心配してないけどね……」
私たちは他愛のない会話をしながら、VIP専用のフロアへと移動した。
グスタフ会長の部屋の前に着き、ノックをする。
「開いとるぞ」
中から重厚な声が響いた。
「申し訳ありません、護衛の方の入室はご遠慮ください」
ドアの前に立つ屈強なSPに止められ、香澄ちゃんと橘さんが足をとめた。
「有希、私たちはドアの前で待ってるね」
「うん、お願い」
私と神代会長だけで部屋の中に入ると、ソファに深く腰掛けたグスタフ会長が目を丸くした。
「よく来たの。……思ったより随分早いが、そちらはさっきのお嬢ちゃんじゃないか」
「えへへ、先ほど魔力制御を教えていただいたお礼を言いたくて、一緒に来たんです」
私は適当な誤魔化しを口にした。
すると、神代会長が真剣な顔で口を開いた。
「グスタフ。すまんが、部屋の中にいるお前の護衛を下がらせてくれ」
グスタフ会長は一瞬だけ神代会長の目をじっと見つめ、何かを察したように深く頷いた。
「お前たち、下がっておれ」
「しかし、会長! 万が一のことが――」
護衛の一人が食い下がったが、グスタフ会長が低い声で一喝した。
「ここからは重要な話をする。……下がれと言っておるのだ」
その圧倒的な覇気に押され、護衛たちは一礼して部屋から退室していった。
広いVIPルームに、私たち3人だけになる。
「さて、3人だけになったが……」
グスタフ会長が不思議そうに室内を見回す。
「お前さんが言っていた、その『腕のいいヒーラー』は
ゲートでも作ってどこからか出てくるのかの?」
神代会長は首を横に振った。
「いや。ワシの病気……もとい『呪い』を解呪したのは、ここにいるこいつだ」
会長が私を指差す。
「……この娘が? しかも、ワシの病は『呪い』だと言うのか?」
「うむ。ワシもこいつに治してもらうまで知らなかったんだが
どうやらワシやお前の体調不良の原因は
ただの病ではなく呪いによるもののようだった」
「なんと……そうであったか」
グスタフ会長は驚愕しつつも、腑に落ちたように頷いた。
そして、心配そうに私を見る。
「で、このお嬢ちゃんがワシを治せるのか? 確かに魔力は規格外だが
そのひ弱な身体で高度な魔法に耐えられるとは思えん。
まさか、回復魔法を使えるわけがあるまい……」
「ところが、回復魔法が使えるんですよ、私」
私はあっさりとぶっちゃけた。
「なんと……! ヒーラーであったか!
勲、お前は本当についておるのう。……娘さん、ランクはどれくらいじゃ?」
「ランク? さあ……? ヒーラーとしてのランクは測ったこともないし
何も言われてないから……」
私が神代会長をチラッと見ると、会長はわざとらしく深いため息をついた。
「計測不能だ。……少なくとも、SS級以上。S級は優に超えている。
なにせ、あのS級ヒーラーの希君ですら治せなかったワシの呪いを
完全ではないにしろ治してのけたのだからな」
「ッ……!?」
その言葉に、グスタフ会長がガタッと音を立てて身を乗り出した。
「お嬢ちゃん……ワシの病気も、治してくれるのか?」
「いいですよ」
私はにっこりと微笑んだ。
「その代わり、魔力制御について『もっと詳しく』教えてくれるなら
治しますよ?」
「……そんなことでいいのか?」
あまりに安すぎる要求に、グスタフ会長がポカンとする。
「私には、それが一番の報酬なんですよ」
「……分かった。治してくれたのなら、ワシの知る魔力制御の極意
その全てをお主に教えよう」
「交渉成立ですね! じゃあ、治します」
私はグスタフ会長の前に立ち、深呼吸をして魔力を練り上げ始めた。
相手は、神代会長の時よりも根深く、禍々しい巨大な呪い。
全力で挑まなければ、弾き返されるかもしれない。
「――神代会長。私が倒れたら、あとはお願いしますね」
そう言い残し、私は目の前の巨大な呪いとの闘いへと足を踏み入れた。




