第117話:【マウント合戦】
重厚な扉が開かれ、一歩足を踏み入れると
会場内はすでに華やかな歓談の熱気に包まれていた。
神代会長と共に入場した瞬間、周囲にいた各国の要人たちから
一斉に品踏みするような視線がこちらに降り注ぐ。
(……くっ、いつ見てもこの『値踏みする視線』には慣れないわね……)
背筋に走る悪寒を殺し、私は完璧な営業用笑顔(聖女スマイル)を絶やさない。
案内係のスタッフがサッと歩み寄ってきたため
その誘導に従って指定された場所へと移動する。
その後も続々と参加者が入場し、最初は閑散としていた巨大な会場は
あっという間に世界各国のVIPたちで溢れかえった。
やがて、壇上の舞台袖からスーツ姿の橘さんが現れ、マイクの前に立った。
「本日はお忙しい中お越しいただき、誠にありがとうございます。
このような国際的な会を、我が国ならびに我が覚醒者協会で開催できますこと
そして参加いただいた各国の皆様に心より感謝申し上げます」
橘さんのスマートな開会挨拶に続き
様々な国の要職や議員たちが順に登壇して挨拶をこなしていく。
形式的な挨拶ラッシュがようやく終わり
会場は自由歓談の時間(社交界という名の戦場)へと突入した。
「やあ、神代会長! 前に比べてずいぶんと元気そうですな」
早速、私たちがいる場所に挨拶に訪れた人物がいた。
大柄で威厳のある初老の男性だ。
「病気が治りつつあるもんでな」
神代会長が豪快に笑う。
「そうか、それはよかった! また一緒に飲みに行こうじゃないか」
親しげに言葉を交わした後、その男性は「おお、そうだ」と
自分の後ろに控えていた若者に目を向けた。
「今日はこの子も一緒に連れてきたんだ。我が国の期待の新星だよ」
前に押し出されたのは、金髪を整えた自信ありげな少年だった。
「アメリカ代表のジャック・ミラーです」
堂々と自己紹介をする少年に、神代会長は「そうか、よろしくな」と頷き
それから彼らに視線を向けた。
「そちらの可愛らしい子たちも、紹介してくれないか?」
「おお、うっかりしていた。
こちらの銀髪の子が高橋有希。そちらの黒髪の子が水無瀬香澄だ」
「「よろしくお願いします」」
私と香澄ちゃんは、完璧なマナーで礼儀正しく頭を下げた。
会長が「有希、香澄。こちらはアメリカ覚醒者協会会長のジェームズ氏だ」と
紹介してくれる。
すると、アメリカの期待の新星――ジャック君が
私をじろじろと上から下まで見つめ、鼻で笑った。
「……ふん。ずいぶん弱っちそうだな。ランクは?」
「ランクはDですね」
私が即答すると、ジャック君は「見た目通りだったか」と
呆れたように肩をすくめた。
(なるほどねぇ。こうやってマウントを取り合うわけね。
まあ、会長から『絶対に喧嘩を売るな』って釘を刺されてるし
大人の対応でい流しますか)
私はニコリと微笑み、極上の聖女スマイルを浮かべた。
「大丈夫ですね。これでも覚醒してまだ数か月でここまで来られたので
あと半年もあればBランクくらいは余裕で行けると思いますよ?」
「……はあ!? 無理に決まってるだろ!」
ジャック君が露骨に顔をしかめた。
「ランクBなんて、普通は覚醒者になってから5年はかかるんだぞ!
俺でさえ2年かかったんだ! ランクDに上がるのとは難易度が全然違うんだよ!」
「大丈夫だと思います。私のパーティのメンバーは、みんな優秀ですし」
私が涼しい顔で言い返すと、横で聞いていたジェームズ会長が面白そうに腹を抱えた。
「ハハハ! 随分と威勢のいい子のようだ。
神代、君が気に入るだけのことはありそうだな」
「そうだろう? すぐに君のところの子を追い抜くかもしれんぞ?」
神代会長がニヤリと不敵な笑みを浮かべ
ジェームズ会長とガッチリと熱い握手を交わした。
そのまま会話が区切りを迎え、二人は去っていった。
「会長、こんな感じでいいですか?」
私が尋ねると、神代会長はポツリと釘を刺してきた。
「対応としては十分だが……言ったからには実行しないとダメだから覚えておけよ?
あいつらは口だけかどうか、実際に後で調べてくるからな」
「ひやひやするわよ、有希……」
横で見ていた香澄ちゃんが胃を押さえるように溜息をつく。
「大丈夫よ香澄ちゃん。さすがに自分の命の危険を晒すような真似はしないわ」
「……いや、そこまでの話じゃないと思うんだけど」
香澄ちゃんがあきれ顔でツッコむ。
◇
安らぐ暇もなく、どんどん次の挨拶回りがやってくる。
次に現れたのは、優雅な雰囲気を纏ったフランス代表のグループだった。
「やあ神代、随分と元気そうじゃないか。もうくたばったかと思ったのに」
フランス覚醒者協会会長のジャン=リュック氏が、皮肉たっぷりに声をかけてくる。
「まだまだ死ねないさ。やることが残ってるんでな。
お前こそ、ワシより先にくたばるんじゃないか?」
神代会長も負けじと言い返す。
(うわぁ……お偉いさん同士の会話、バチバチすぎて怖い……)
私が内心で引きつっていると、ジャン=リュック氏の視線が私へと向けられた。
「そちらがお前のお気に入りか。随分と貧弱だな?」
「見た目で判断すると恐ろしいぞ。お前もそれは知っているはずだ」
会長が返すと、ジャン=リュック氏は合点がいったように頷いた。
「なるほど、そういう系か。さすが神代、いい目をしている。
前に育てていた子も立派なSランクになり、今も活躍しているそうじゃないか」
「手はかかったがな。まあ、この子もそれ以上に手がかかるがな」
神代会長がガハハと笑い、今度はジャン=リュック氏の後ろにいる少女へ視線を送る。
「そちらの子も、随分と見た目と中身のギャップがありそうだな?」
「さすが、分かるか? ということは
私の苦労も分かってくれるか?」
ジャン=リュック氏は一転して深々とため息をついた。
「もちろんうちも、こいつにはいつも頭を悩ませているのだよ……」
(ちょっと……なんか私、勝手に失礼なこと言われてない!?)
抗議しようと私が口を開かけかけた、その時だった。
「見た目で判断してくるのが悪いのデース!」
ジャン=リュック氏の後ろから
小柄で可憐な少女がプンプンと怒りながら飛び出してきた。
「私は悪口を言われると我慢できないので
どうしても言い返したくなるのです!
見た目で判断する人間が多すぎるのがいけないのデース!」
その言葉に、私の心が激しく揺さぶられた。
私は思わず少女の両手をガシッと固く握りしめた。
「わかるわ……!!」
「は、ハイドーモ!?」
「私もこの見た目のせいで、色々苦労してるのよ! なんでみんな
見た目だけで『勝手にあれこれ』決めつけてくるのかな!?」
「あ、あなたもなんデスカ!? デースよね! 見た目が可愛いからって
舐めてかかってくる奴らが多すぎるのデース!」
一瞬で魂の波長が合致した私たちは
そのままお互いの苦労話を爆発させ、一気に意気投合した。
「私はシャルロットという名前デース! よろしくね!」
「私は高橋有希よ! シャルロットちゃん、よろしくね!」
私とシャルロットちゃんが熱い友情(苦労人同盟)を深めている間――。
横では、香澄ちゃんがシャルロットちゃんの護衛担当と
思われる女性護衛と会話を交わしていた。
会話の合間合間に、お互いの主人の暴走へ合いの手を入れ
ちょいちょいと苦言を呈し合う二人。
「……お互い、大変ですね」
フランスの護衛女性が、深く同情のこもった声で香澄ちゃんに声をかける。
「そちらもね……」
香澄ちゃんもまた、遠い目をして短く返した。
多くは語り合わなかったものの、主人の苦労を背負う者同士
言葉を超えた『なにか』を感じ取ったらしい。
フランス覚醒者協会のグループが去る頃には
香澄ちゃんとその女性護衛もまた、がっちりと固い握手を交わす仲になっていたのだった。




