第116話:【おっさんメンタルの敗北】
長い長い大会1日目が終わり、ようやくベッドにダイブできる……
と思いたいところだが、私にはまだ【特大のミッション】が残されていた。
割り当てられた個室で、昼間に渡された
あのフリルとレースたっぷりのドレスに渋々着替える。
すると、それを見ていた千晶ちゃんが目をキラキラさせて両手を合わせた。
「お姉さま、すっごく素敵です! まるでお姫様みたいですっ!」
「あはは、ありがとう千晶ちゃん。お世辞でも嬉しいわ」
私が照れくさくお礼を言っていると、コンコンとドアをノックする音が響いた。
「有希、準備できた?」
扉の向こうから香澄ちゃんの声がする。
「今行くわ!」
私は急いで声を返し、千晶ちゃんに向き直った。
「私、ちょっと行ってくるからね。もし何かあったら
すぐにお兄さんに連絡して来てもらってね?」
「ふふっ、お姉さまは心配性ですね。大丈夫ですよ」
クスクスと笑う千晶ちゃんに、私は真剣な顔で頷く。
「これくらい厳重な警戒がちょうどいいのよ。か弱い回復者の鉄則だからね」
そんな防犯対策を念押しして部屋を出ると、廊下にはすでにドレスアップした香澄ちゃんが待っていた。
「…………っ!」
私は思わず息を呑んだ。
黒を基調としたシックなドレスに身を包んだ香澄ちゃんは
持ち前のクールビューティーさに妖艶さが加わり、恐ろしいほどのオーラを放っていた。
「すごい……! めちゃくちゃ似合ってるし、完全に着こなしてるじゃない!」
私が手放しで感嘆すると、香澄ちゃんは軽く髪をかき上げてふっと笑った。
「まあ、こういうのを着る機会はたまにあったからね。うち、家がヤクザでしょ?
父親に『顔合わせの場には華があった方が周りも喜ぶから』って言われて
たまにそういう集まりに参加させられてたのよ」
「なるほど、極道のお嬢様スキルだったのね……」
「そういう有希も、すっごくよく似合ってるわよ。息が止まるかと思ったわ」
香澄ちゃんに微笑みかけられ、私は「えへへ、ありがとう」と顔を綻ばせた。
(……はっ! 中身はおっさんなのに、可愛い女の子に褒められて『嬉しい』と
純粋に感じてしまうなんて! これって、精神が完全に今の身体に
引っ張られてる証拠なんじゃ……。そういえば
女性言葉を口にするのもすっかり自然になっちゃってるし……!)
自分のアイデンティティの危機に戦慄しつつ
私は胸元や背中の開いたドレスを少し隠すように身を縮めた。
「でもこれ、どうしても露出が多くて落ち着かないのよねぇ……」
「諦めなさい。それはあんたがその恵まれた容姿で生まれた宿命よ」
香澄ちゃんがバッサリと切り捨てる。
「結局のところ、社会の重要な決め事は大体まだ男性が握っている世の中なのよ。
その男たちを手玉に取るには、私たちはこういう格好をして
『武器』を最大限に使うしかないの」
「うーん……腹を括れって言われても、なかなか難しいかも……」
私が愚痴をこぼしながらロビーへ降りていくと、そこにはビシッとスーツで決めた橘さんが待機していた。
「お待ちしておりました。……とてもお綺麗ですよ、お二方」
橘さんが目を丸くして、感嘆の息を漏らす。
「お世辞でも嬉しいです」
「ありがとうございます」
私と香澄ちゃんが素直にお礼を言うと
橘さんは「それではご案内します」と私たちを迎えの黒塗りの高級車に乗せた。
◇
車に揺られること十数分。
到着したホテルを窓越しに眺め、香澄ちゃんが私の耳元でコソッと教えてくれた。
「有希、ここ超高級ホテルよ。セキュリティも万全で
各国の重鎮やVIPがよく利用する系列店だわ」
「……そんなヤバい場所に来させられるってことは
もう『面倒ごと確定』じゃないの」
私は窓の外を見つめながら
この依頼を受けたことをすでに激しく後悔し始めていた。
重厚なエントランスを抜け、豪華絢爛なロビーに入ると
スーツ姿でやたらとガタイの良い神代会長がこちらを見つけて歩み寄ってきた。
「おお、来たか。2人ともよく似合っているぞ」
満足げに頷く会長に連れられ、私たちはVIP専用の
エレベーターに乗り込んだ。
扉が閉まると同時に、神代会長の表情がスッと引き締まる。
「いいか、お前たち。ここからが注意事項だ。今回のパーティーには
各国の覚醒者協会のトップと、その『お気に入り』たちが来ている。
圧倒的な空気に気圧されるなよ」
「……『お気に入り』って、つまり私は神代会長のお気に入り枠で
連れてこられたってこと?」
「そういうことになるな」
会長はあっさりと肯定した。
「だから、参加者の年齢も様々だし、ランクも色々だ。だが……
どいつもこいつも、将来は最低でも『Sランク確定』と言われるほど
国から莫大な時間と金をかけて育成されている傑物揃いだ」
「つまり、相当強いってことね」
「ああ。そして、その分すこぶる『尊大』だがな」
神代会長の言葉に、香澄ちゃんが冷静にまとめた。
「つまり、向こうから理不尽な喧嘩を売られても、絶対に買うなってことですね?」
「そういうことだ」
会長はギロリと私の方を見た。
「いいか有希。お前たちの公式な覚醒者ランクは『D』だ。
当然、会場では格下だと見下され、馬鹿にされるかもしれん。
だが、絶対に耐えろよ。もしお前がキレて
万が一にも決闘騒ぎを起こしてアイツらを叩き伏せて勝ってしまったりしたら……
お前の望む『平穏な生活』は完全に終わるぞ」
「ッ……!!」
(それは困る! とても困る! 激しく困る!!)
私は『平穏』という二文字を守り抜くため
何が起きても絶対にやり返さないと心に固く誓った。
私の表情を見て満足したのか、神代会長は次に香澄ちゃんへ向き直った。
「香澄君。もし有希が喧嘩を買いそうになったら
君が全力で止めてくれ。君だけが頼りだ」
「えっ、私への信用ゼロ!?」
「ワシや橘も、できるだけ近くにはいてフォローするつもりだが
偉い連中への挨拶回りがあるからずっとは一緒に居られん」
会長は深くため息をつき、私たちの顔を交互に見た。
「しかも、お前たちは参加者の中でも群を抜いて美形だ。
そのうえで、ワシのお気に入りとしてこの場所にいる。
それだけで、周囲から大いに嫉妬の目を向けられることになるだろう。
……辛いだろうが、耐えてくれよ」
(なるほど。この依頼の報酬が目玉が飛び出るほど高かった理由は
この『精神的苦痛に対する慰謝料』込みだったってわけね……)
ブラック企業の危険手当みたいなものだ。
「……まあ、高い依頼料はちゃんともらってるし
言われた通り大人しくしてるわよ」
私が渋々頷くと、エレベーターが最上階に到着し、チンッと静かな音を立てた。
目の前に、重厚な両開きの扉が現れる。
「……それじゃ、行くぞ」
神代会長の合図と共に、扉が開かれた。
私と香澄ちゃんは、魑魅魍魎がうごめく
『悪魔の部屋(VIPパーティー会場)』へと足を踏み入れるのだった。




