第112話:【狂信者誕生の軌跡】
私、風間花梨は
今日この日のために血を吐くような猛特訓を重ねてきた。
すべては、私の敬愛する『神』――有希ちゃんに勝利を捧げるために。
私は6人家族の長女だ。両親は共働きで必死に働いてくれているが
我が家は控えめに言って『かなり貧乏』だった。
家計の足しにするため、高校生になったらバイトを掛け持ちして働こう。
そう思っていた矢先、運良く夢の中に火と風の精霊が現れ
契約を結ぶことができた。
『二つの属性と同時に契約できるなんて、歴史上でも稀な天才だよ!』
周りの大人たちはそう持て囃してくれた。
私はこれで家族を楽にさせられると喜んだが……現実は非情だった。
覚醒者になったらなったで、装備代、魔力回復薬、ダンジョン入場料など
莫大なお金がかかることが判明したのだ。しかも、覚醒者が通う高校はどこも学費がバカ高い。
唯一、私の通う『エシュ学園』だけが、在学中から探索で稼ぐ仕組みが整っているとわかり
なんとか入学を決めた。
最初の1年目の学費は両親になんとか工面してもらったが
2年目以降は自分で稼いで払うと約束した。だから、私は必死だった。
――そこで出会ったのが、私の『神』である有希ちゃんだった。
正直に言おう。最初は、ただただ彼女が気に入らなかった。
容姿に恵まれ、大して努力もしていないのに成績は上がり、周りの評判もすこぶる良い。
それでいて本人は謙虚で控えめ。おまけに身なりを見れば
一目でわかるお金持ちのお嬢様。
泥水すすって生きている私からすれば、すべてが妬ましく、気に入らなかった。
しかし、初めての合同実習で、そのくだらない嫉妬は一瞬で粉砕された。
私たちの班は、実習で想定外の強力なイレギュラーモンスターと遭遇してしまった。
死を覚悟した私を庇い、身を挺して戦ってくれたのは
ヒーラーであるはずの有希ちゃんだった。彼女は規格外の力でモンスターを屠った。
普通なら、その圧倒的な力を見せつけて英雄になるはずだ。
しかし彼女は、『面倒だから、私が倒したことは秘密にして。
功績は全部皆のおかげってことにしておいて』と、平然と手柄を譲ってきたのだ。
イレギュラー討伐の実績があれば、今後の覚醒者としての待遇は跳ね上がる
。それを惜しげもなく譲るなんて、普通はあり得ない。
しかも、戦闘中に私が負った傷も、一瞬で完全に治してくれた。
本来なら、高ランクの回復魔法には目玉が飛び出るほどの治療費がかかる。
私は治療費が払えず、あそこで引退していただろう。
なのに、彼女は1円も受け取らなかった。
さらには、高値で売れるモンスターのドロップ素材まで多めに私に回してくれた。
『花梨ちゃんが、これからも私とパーティを組み続けてくれるだけでいいから』と
女神のような微笑みと共に。
今時、こんな無欲で慈悲深い人間がいるだろうか。いや、いない(反語)。
有希ちゃんの支援のおかげで、私は同世代でトップクラスのレベルにまで上り詰め
今この大会の舞台に立つことができている。
だから私は決意した。
この大会で必ず優勝し、一生をかけて有希ちゃんに恩を返していく(物理)と!
◇
「試合開始まで、残り10秒です」
VRカプセルに入り、目を閉じると、次の瞬間には巨大な闘技場の
ど真ん中に立っていた。
歓声が響き渡る中、前方には剣を構えた対戦相手の男子生徒がいる。
相手もこちらに気づき、不敵な笑みを浮かべていた。
私も愛用の槍を強く握り直し、構える。
『――試合開始!!』
ブザーの音と共に、私は地面を蹴って猛烈なスピードで突撃した。
「はぁっ!」
先制の一突き。
しかし、相手は余裕を持ったステップでその切っ先を躱した。
だが、これは想定内!
「ファイアボール!」
躱された隙を突き、左手から炎の球を放つ。
「甘いな!」
だが、相手の男子生徒は剣を一閃させ、炎を魔力ごと斬り裂いて無力化した。
そのまま、炎を散らした勢いで一気に私の懐へと潜り込んでくる。
「槍は懐に入り込まれると弱いからな。俺の踏み台になってくれよ!」
相手が剣で猛烈な連撃を繰り出してきた。
「くっ……!」
どうにか槍の柄で受け止めるが、長い槍では近距離の連撃を捌ききれない。
私は焦りながら魔力を行使し、足に火属性を纏わせて強烈な蹴りを放ったが
相手はバックステップで軽々と躱した。
「ひゅ〜、あぶないあぶない。案外大振りだねぇ」
相手がチャラついた態度で煽ってくる。
私は(有希様が見ているのに!)と冷静さを欠き
怒りに任せて槍で連続突きを放ってしまった。
「遅いなぁ!」
突きを完全に躱された直後、相手が至近距離で呪文を唱えた。
「ウインドカッター!」
風の刃が私の脇腹を直撃する。
「キャアッ!?」
咄嗟に火属性の魔力装甲を纏い致命傷は避けられたが
吹き飛ばされて地面を転がった。
開始わずか数分。状況は圧倒的に劣勢だった。
(どうしよう……このままじゃ、有希様に顔向けできない……!)
焦燥感で息が上がり、視界が揺れたその時――。
『落ち着いて、花梨ちゃん』
インカムから、天から降るような静かで美しい声が聞こえた。
ああ、私の神(有希ちゃん)だ。
『雄一先輩の言葉を思い出して。花梨ちゃんなら、絶対に勝てる相手だよ』
……その言葉だけで、沸騰していた頭が嘘のようにスッと冷え
無限の魔力が丹田から湧き上がってくるのを感じた。
(そうだ。雄一先輩は『落ち着いてよく見ろ』と言っていた)
私は深呼吸をし、相手の立ち位置、目線、剣の構え方をじっくりと【観察】した。
すると、今まで見えなかったものが見えてきた。
相手はさっきから、自分からは決して攻めてこない。攻めてきたのは最初だけ。
距離を取り、言葉で挑発し
私が怒って大振りな攻撃を仕掛けるのをじっと待っている。
(……なるほど。カウンター狙いってわけね)
私は唇の端を吊り上げた。
たしかに、これまでの私は大技で力押しする戦法が多く
カウンター狙いのトリッキーな相手との戦闘経験は少なかった。
だから他校のデータにもそう書かれているのだろう。
(でも……カウンターは別に、苦手じゃない!)
私は再び地面を蹴り、真っ直ぐに相手の懐へ飛び込んだ。
「またそれか! 学習しねえな!」
相手がニヤリと嗤い、私の槍の突きを紙一重で躱し
剣を振り上げようとした。
――その瞬間。
「……!」
私は、一切の詠唱も、魔法を発動する予備動作(挙動)も見せず
躱された槍の穂先から直接『爆風』を放った。
「なっ!?」
完全に意表を突かれた相手は回避できず
至近距離からの風属性の炸裂魔法をもろに喰らい、後方へ大きく吹き飛ばされた。
ザザーッ!と闘技場の砂を削りながら、相手が膝をつく。
「……やりやがる。まさか、精霊との親和がそこまで進んで『無詠唱・無挙動』ができるようになっていたとはな」
相手の男子生徒が、先ほどのチャラチャラした態度を消し、ギラリと目を光らせた。
「……それじゃ、俺も『本気』で行くぜ」
ドォンッ!と、相手の体から強大な魔力が解放される。
隠していた切り札を出してきたのだ。
「ふふっ。本格的な戦いは、これからってわけね」
私は槍をくるりと回して強く握り直し
『新しい手札』を切るべく、闘志に満ちた笑みを浮かべた。




