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第110話:【策士の思惑】



橘さんが率いる武装覚醒者たちによって

ガラの悪い輩たちはあっという間に連行されていった。

騒ぎが一瞬で鎮圧され、医療室には再び静寂が戻る。


「有希様、助かりました。あの手の輩を拘束し

確実に『脅迫』の言質を取るには、有希様が最適でしたので」

橘さんが、眼鏡の位置を直しきっちりと一礼した。


「……なるほどね。翔先輩じゃボロを出さないから、私に代わらせたってわけ」

「その通りです。翔は色々修羅場をくぐっていますが

こと妹の千晶君が絡むと一瞬で頭に血が上り

言質を取る前に『先に物理的に威圧して手を出してしまう』可能性が高かったので」


確かに。あのシスコンゴリラ先輩なら、千晶ちゃんが恫喝されているのを見た瞬間に

相手の首の骨をへし折って傷害事件を起こしていただろう。


「で、こんな面倒事がまだあるから、私にできるだけここにいてほしいって事?」

「いえ、今回は警察から頼まれごとでマークしていた人物がちょうど動いたので

 協力してもらっただけです」

「つまり、もうこういう輩は来ないってこと?」

「もうないとは言い切れませんが、数えるほどしかないと思います。

もしまたマークしている人物が現れたら、協力をお願いします」

「わかったわ」


私が気怠げに了承すると、私たちのやり取りを少し離れた場所から

見ていた千晶ちゃんが、両手をグッと握りしめて目をキラキラさせていた。


「大人の会話……! かっこいいです!」

何やらひどく勘違いした感動をしている。


「千晶ちゃん、あなたもそのうち、ああやって裏で人を誘導したり

権力を使って悪い大人を社会的に抹殺したりするようになるのよ」

「はいっ、がんばります! あと、私のことは『千晶』で大丈夫です!

 いつまでも『ちゃん』付けだと、舐められそうなので!」


……うん? なんかこの子、立派な回復術師じゃなくて

『裏社会のドン』みたいな方向を目指し始めてない?


「そう。偉い心がけね。これからは千晶と呼ばせてもらうわ」

「えへへっ、ありがとうございます!」

私が頭を撫でると、千晶は誇らしげに胸を張った。


橘さんが「それでは、失礼いたします」と退室していった後

医療室はたまに軽い擦り傷や熱中症の選手が来る程度で

わりかし暇な時間が続いた。


「よし。お昼ご飯食べに行くわよ」

「え? でも、私ここにいなくていいんですか?」

「適度に休憩しないと、倒れちゃうわよ。ドアに『休憩中』って立て札を出して

職員さんに食事に行くことを伝えておけばいいわ」

「わかりました!」


千晶が受付の職員に食事に行く旨を伝えると

職員から「あ、お待ちください」と一台のスマートフォンを渡された。


「連絡が取れないと困りますので、千晶様用の業務用スマホです。

担当者が渡し忘れたと連絡があり、先ほど取ってまいりました。

大会期間中はこちらをお持ちください。これさえお持ちいただければ

休憩中どこにいても構いません。もちろん、医療室で休んでいただいても結構です」

「そうなんですか! ありがとうございます!」


千晶は嬉しそうにスマホを受け取り、私たちは連れ立って会場内の大きなレストランへと向かった。



レストランの入り口を入ると、すでに奥のテーブル席で香澄ちゃんと花梨が席を取ってくれていた。

香澄ちゃんがこちらに気づき、小さく手を振っている。


「香澄ちゃん、お疲れー」

「ありがとう。ただ、運営のトラブルのせいで

タイムがどうなるか分からないけどね。

翔先輩が『裏でなんとかしてやる』って言って、どっか行っちゃったわ」

「なら大丈夫でしょ。いざとなったら、私からも運営に言ってくるわ」


「え? 有希が動いて何とかなるの?」

香澄ちゃんが不思議そうな顔をする。

「まあ、言わないよりマシって程度よ」

私は適当にお茶を濁して席についた。


ふと向かいを見ると、いつもなら私が来るだけで謎のテンションになる花梨が

どんよりと暗いオーラを放ってうつむいていた。


「随分元気ないわね、花梨」

「……はい。午後からのソロバトル

相手の情報を見たらさすがに緊張しちゃって……」

花梨は消え入りそうな声で呟いた。


私は軽く肩をすくめた。

「相手の情報があるなら、あとはやるだけよ。

色々考えてもネガティブになるだけなんだから、いつも通りやればいいの。

今日のために、一人で色々無茶な特訓とかやってきたんでしょ?」


私がそう言って背中を押した瞬間。

花梨の肩がビクッと跳ねたかと思うと

どんよりしていたオーラが一瞬にして晴れ、瞳に『狂信的な光』が宿った。


「……おっしゃる通りです。有希様にいただいた尊き御言葉

この胸に深く刻み込みました。色々考えず、有希様の教えのままに……

この身が果てようとも、必ずや有希様に勝利を捧げてみせます!

ああ、有希様の言葉一つで、無限の魔力が湧いてくる……!!」

花梨は両手を組み、私に向かって祈るようなポーズで熱弁を振るい始めた。


「……それでこそ花梨ね」

私は彼女のヤバすぎる熱狂的信者っぷりに若干引きながらも

とりあえず元気を取り戻したことには安心した。


その後、私と千晶はビュッフェ形式の料理を取りに行き

4人でワイワイと楽しく会話をしながら食事を終えた。


食後の紅茶を飲んで休憩していると、館内にアナウンスが響いた。

『午後からソロバトルに出場する1年生は、各控室に移動をしてください』


「それじゃ、行ってくるね」

花梨が立ち上がり、気合いの入った顔で言った。

「後悔しないようにね」

香澄ちゃんがエールを送る。


そして、香澄ちゃんはスッと私の方にジト目を向けてきた。

「有希は、ちゃんとサポートの仕事するのよ。絶対に【サボらない】ようにね!」


「あはは、さすがにサボるわけないよー」

私は親友の的確すぎる釘刺しに愛想笑いを返しつつ

燃え上がる信者(花梨)と共に控室へと向かっていった。

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