第108話:【精霊クアのチート能力】
「はあああああああああっ!!」
私は気合いの叫びを上げながら、崩壊する巨大樹から空高くジャンプした。
全身に風圧を受けながら落下していく、まさに決死のダイブ。
『ねえ香澄。その叫び声って、いるの?』
極限状態の私の頭の中に、私の中にいる水精霊の、ものすごく呑気な声が響いた。
(……気合いを込めてるだけよ。いるかいないかと言われたら、いらないわね)
『そうなんだー。ありがとう、勉強になったよ!』
上空何十メートルという絶賛落下中にもかかわらず
私たちはなぜか平和な会話を繰り広げていた。
しかし、地上ではそうはいかない。私の上空への大ジャンプに
気づいた他校の選手たちが、「落ちてくる前に的にしてやる!」と
ばかりに一斉に魔法を放ってきたのだ。
(【クア】! お願い!)
『……えっ? それって、私の名前!?』
(そうよ! だから早く防いで! 結構ヤバいのよ!!)
『やったー! 嬉しいっ!! 香澄はせっかちだなぁ~』
クアは間延びした声で嬉しそうに答えながらも
私の周囲に展開した無数の水弾で、下から飛んでくる魔法を
次々と精密に撃ち落としていく。
「くそっ、なんだあの弾幕! あいつ、どんだけ魔力あるんだよ!
さすがにこれだけ撃ちまくったら魔力切れになるはずだろうが!」
ふと、下で攻撃を仕掛けてきた連中の苛立つ声が耳に届いた。
(……なんであいつらの声が、上空にいる私にまで聞こえるの!?)
『あ、それ私が水の振動を使って香澄に届けてるだけ~』
(えっ)
『ちなみに、香澄の魔力が切れないのは
私が周りの空間から魔力を少しずつ自動で集めて補給してるからだよ~』
(……ちょっと待って。勝手にそんなこと(チート)してたの!?)
『だって、香澄っていつも銀髪の子との特訓で危ない目に遭ってるから~。
万が一の備えにね? 今だって役立ってるでしょ?
今まで魔力切れたことないのに、疑問に思わなかったの~?』
痛いところを突かれた。
(そ、それは……おかしいなとは思ってたけど
それ以上に特訓に必死で、気にしてる余裕がなかったのよ!)
『あははっ、ようやく気にする余裕ができたんだね! よかったー!』
無邪気に笑うクアの声に、私は毒気を抜かれて小さく微笑んだ。
(……そうね。いつも助けてくれてありがとうね、クア)
『どういたしまして! 私も最近、こうして香澄と
はっきりお話しできるようになって嬉しいな!』
言われてみれば、以前は「大体こんな感情かな?」くらいしか分からなかった
精霊とのリンクが、いつの間にか明確な【会話】にまで成長していた。
これも有希との地獄の特訓の成果だろうか。
そんな呑気な会話を交わしつつ、私たちは2人がかりで飛来する魔法を全て迎撃した。
下を見ると、先ほどトレントを吹き飛ばした2人のバケモノが
ポリゴン欠損の負傷状態にも関わらず、予想を遥かに超える超スピードで
荒野を駆け抜け、少し先を走っているのが見えた。
『香澄、地面にぶつかるよ! 準備して!』
(全部任せるわ!)
地上へ激突する数秒前。
クアが私の足元に極厚の【水のクッション】を出現させた。
ドスゥゥゥンッ! と凄まじい水しぶきを上げながら、
落下スピードが急激に殺されていく。
(前の2人とは差が開くけど、仕方ない! 死んでリタイアするよりマシよ!)
私は地面をゴロゴロと転がりながら着地の衝撃を逃し、
体勢を立て直すと同時にそのままダッシュを再開した。
そして、1周目のゲートを潜り抜け――。
『ゴォォォォルッ!! 凄まじいサバイバルを生き残った上位陣が、続々とゲートを通過します!!』
(……は? どういうこと?)
止まる準備をしていなかった私は、2周目に向けて走り出そうとしてズッコケそうになった。
『おい香澄、お疲れさん』
インカムから翔先輩の声が聞こえてきた。
『どうやら、急遽【1周でレース終了】に変更になったみたいだ。
あの巨大なトレントは運営にとっても想定外のバグだったらしくてな。
予想以上に1周に時間がかかったから、2周予定を1周に切り上げたんだとよ』
「ええっ!? それじゃ、後から走る別のレースの連中が圧倒的に有利ってことじゃないですか!」
『まあ、タイムアタックだから多少はな。だが安心しろ。
この後のレースは【ボスを強制的に巨大化させて、倒さないとゲートが開かない】仕様に
変更するらしい。モンスターの種類も毎回変えるそうだ』
「……それじゃ、私はボスを倒してないのに、ただ逃げ切っただけでゴール扱いになったってことですか?」
『ま、運が良かったな』
翔先輩が軽く笑う。
『ちなみに、お前の順位は現時点で【3位】だ。大魔法を撃ったあの2人は、負傷状態にも関わらずワンツーフィニッシュを飾った』
「あの状態であの威力とスピードが出せるなら、当然ね……バケモノめ」
『それでも、数秒差での3位だ。堂々と誇っていい。
それに、有希から教わった魔法、全部は出してないんだろ?』
「まあね。奥の手は出さずに済んだわ。
それに、他にも【いいこと(クアのチート能力発覚と命名)】があったし」
『そうか、それは良かった。とりあえず、そこからログアウトして控室に戻ってこい』
◇
VRカプセルからログアウトすると、会場を包み込む凄まじい歓声が
壁越しに響いてきた。
(ふふっ、悪くないわね)
充実感に浸りながら控室に戻り、ソファーで一息ついていると
コンコンと控えめなノックの音がして、大会運営の職員が顔を出した。
「エシュ学園の高橋様の代理サポート、翔様。それに選手の香澄様。
この度は申し訳ございませんでした!」
職員は深く頭を下げると、言い訳がましい説明を始めた。
「本来、最終エリアは『巨大化しないボスと雑魚のラッシュ』を
避けるか倒すかの想定だったのですが……システムエラーで
突如ボスが巨大化してしまいまして。レース中で修正する暇がなく
今回は選手の方々の実力のおかげで事なきを得ました」
「ほう?」
翔先輩が腕を組み、冷ややかな視線を向ける。
「そのため、不利益を被った第1レースの選手の方々には
【加点を与え、クリアタイムから数秒の時間をマイナスする】という対応を
取らせていただきます。どうかこれでご納得いただけないでしょうか?」
ペコペコと頭を下げる職員。
(うーん、タイムを引いてくれるなら、上位30人には残れるし……いっか)
私が納得して頷きかけようとした、その時。
「おい」
翔先輩が、ドスの効いた低い声で口を挟んだ。
「その対応……他校の選手やサポートは、本当に納得してんのか?」
「……え、ええ。皆様、寛大な心で納得していただいております」
職員が冷や汗を流しながら答えると、翔先輩は無言で
スマホを取り出し、どこかへ電話をかけた。
「おう、少し良いか? 今、運営の職員から
『第1レースのタイムを少し引くから納得しろ』って
説明されたんだが……そっちの陣営は、それで納得してるか?」
翔先輩がスマホをスピーカーモードにすると
電話の向こうから、さっき共に走った強豪校の生徒の声が響いた。
『はぁ!? 納得するわけねえだろ! こっちはエラーのせいで切り札を出したんだぞ!
なめんなって運営に伝えろ!!』
ガチャッ、ツーツー……。
控室に、重苦しい沈黙が落ちた。
翔先輩はスマホをポケットにしまい、凍りついている職員を鋭く睨みつけた。
「……だそうだが? 皆様納得しているってのは、どういうことだ?」
「そ、それは……その……」
「適当な嘘で誤魔化そうとするなよ。こっちだって
それなりに『ツテ』はあるんだ。ふざけた対応をするなら
神代会長や精霊協会トップの白銀に直接ねじ込んでもいいんだぞ?」
「ひぃっ!? し、失礼いたします!! 上層部に再度確認してまいります!!」
神代会長の名前を出された職員は、顔を真っ青にして逃げるように退室していった。
私は唖然とした後、深々と頭を下げた。
「先輩……ありがとうございます。私、適当に言いくるめられるところでした」
「言っただろ。『仕事はしっかりこなす』ってな」
翔先輩はソファーにどっかりと座り直し、ニッと頼もしく笑った。
「こっからの大人(運営)との泥沼の交渉は、俺の仕事だ。
後は全部任せろ。お前は何も気にせず、しっかり休んで決勝に備えておけ」
「でも、まだ決勝に進める保証なんて……」
「そこは俺に任せな」
自信に満ちた、大人の余裕を感じさせる翔先輩の不敵な笑み。
いつも有希と一緒にぐうたらしている姿しか見ていなかった私は
その予想外の頼もしさに、思わず心臓が「ドキッ」と大きく跳ねるのを感じていた。




