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第107話:【苦労人たちの絆】

「……嘘でしょ? どこにいたのよ、こんな規格外の巨大な木!

こんなに近づくまで気づかないなんておかしくない!?」

私は、見上げるほど巨大な【大樹の化けトレント】の威圧感に思わず後ずさった。


『まあ落ち着け。そいつはたぶん、自身に軽い幻惑魔法をかけて

見えづらくしていたんだろう。それより、背後に気を付けろ。

こんな所で立ち止まって動揺していると、

後ろの連中に追いつかれて挟み撃ちにされるぞ』

インカムから、翔先輩の恐ろしく冷静な声が飛んできた。


「先輩、ありがとうございます……。噂と違って、すごくいい人なんですね」

『俺は、どっかの誰かと違って【頼まれた仕事はきっちりこなす】タイプだからな。

あのサボり癖の酷い雇い主とは大違いだ』

翔先輩の言葉には、海より深い怨嗟と皮肉が込められていた。


「……先輩も、有希のせいで苦労してるんですね」

『お前と同じでな』

通信越しに、私と翔先輩の間に『有希被害者の会』としての奇妙な連帯感が生まれた瞬間だった。


「で、どうすればいいんですかこれ? さすがにここまでのサイズの敵を

ソロで狩ったことなんてないですよ!」

私が叫ぶと、私の中の精霊ちゃんが念話で状況を伝えてきた。

『香澄! 横からすり抜けようとしたらダメ!

地面に隠れてる根っこが大量に飛び出してきて串刺しにされちゃうよ!』


『……おかしいな。事前情報じゃ、

あんな超大型のボスがいるなんて記載はなかったはずだが』

翔先輩が舌打ちをする音が聞こえた。

『だが、立ち止まるわけにはいかない。香澄

とりあえずあの木の【本体(幹)】に真っ直ぐ突っ込め』

「……了解です!」


私は一切の躊躇なく、トレントの正面に向かって猛ダッシュを仕掛けた。


『おいおい、少しは疑わないのかよ? 今の突撃指示、かなり無謀だぞ?』

逆に翔先輩の方が少し焦ったような声を出した。

「他に案もないですし、さっきの『仕事はきっちりこなす』っていう

先輩の台詞を信用しただけですよ」

『……ふっ。なら、その信用を裏切らないようにしないとな』

インカム越しの声が、少しだけ頼もしく響いた。


「で、突っ込んだ後はどうするんですか!?

葉っぱのカッターやら魔法やらが激しすぎて

精霊ちゃんと2人がかりでも迎撃で手一杯なんですけど!」

『そのまま本体(幹)にへばりつけ! 敵だって、自分自身ごと巻き込むような

物理攻撃や大魔法は撃ちたくないはずだ。もし本体ごと攻撃してきたら

それはそれで『自分に対する耐性がある』という重要な情報が得られる。

どっちにしろ、下手に横に逃げて根っこと魔法の波状攻撃を食らうよりマシだ』

「なるほど! 相手の【死角】であり【攻撃しづらい場所】が

本体そのものってわけですね!」


『そういうことだ。いざとなったら、有希から教わった【奥の手】を使うんだぞ』

「えっ? なんで先輩が奥の手のこと知ってるんですか?」

『何を教わったのかまでは知らん。あいつが席を立つ時に

「香澄ちゃんがピンチになったら、奥の手を使ってと伝えておいて」と

 言い残していったんだよ』


(……なんだ。あのぐうたら、私のこと放置していったかと思えば

ちゃんと私のこと考えてくれてたのね)

私は少しだけ胸が温かくなるのを感じながら、猛烈な弾幕を掻き分けてトレントの幹へと肉薄した。


『香澄を傷つけさせないよーっ!』

精霊ちゃんが、無数の水弾を乱射して飛んでくる葉っぱを撃ち落としていく。


(精霊ちゃん、水で私の分身を作ってデコイ(囮)にする?)

『んーん、やめたほうがいいかな! あの木

香澄の視点から見ると派手に攻撃してきてるけど

全然本気出してないよ。私が相殺してる魔法も、全然魔力こもってないし!』

(……そうなの? ていうか、精霊ちゃん魔力の流れが見えてたの!?)


『うん! 見えてたよ! 香澄もたまに相手の魔力が見える時があったでしょ?

あれ、香澄がヤバい時にだけ私が【魔力眼】を共有して使えるようにしてたんだー。

香澄の魔力負担が大きいから、たまにしかやらないけどね!』


(……しれっと、とんでもないチート告白してきたわね、この子)

知らぬ間に相棒に助けられていた事実に驚きつつも、私は心から感謝した。

(そうだったのね。いつもありがとう、精霊ちゃん!)

『えへへっ!』

私の中に、ぽかぽかとした嬉しい感情が流れ込んでくる。


そんなやり取りをしつつ、ついに私がトレントの巨大な幹に取り付いた――その瞬間だった。


『香澄っ! 登れ! 早く上へ行けっ!!』

翔先輩の、これまでにないほど切羽詰まった声が鼓膜を揺らした。


私は反射的に有希直伝の【加速魔法】をジャンプの瞬間に発動し

さらに足裏から水魔法で『鋭いスパイク』を形成して木の幹に突き立てた。

ガンッ! ガンッ! ガンッ! と、幹を蹴りつけながら垂直に駆け上がっていく。


ある程度の高さまで登った、次の瞬間。


――ドゴォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!


私の遥か真下で、空気を焦がすような極大の【熱線砲撃】が炸裂した。

巨大なトレントの幹の一部が、一瞬にして炭化し、轟音と共に吹き飛ぶ。


「う、嘘でしょ……!?」

私は木の上から下を覗き込んで絶句した。

トレントの根元、そこには第1エリアの地雷原で吹き飛ばされ

ポリゴンが欠損して重傷を負っていたはずの【2人のアバター】が立っていたのだ。


(学生で、あんな化け物みたいな魔法を撃てる奴がいるなんて……!

しかもアレ、手負いの状態で撃ったの!? 全快ならどれほどの威力だったのよ!)

背筋にゾクッと悪寒が走る。

あれが各校を代表する、トップ層のバケモノたちの実力。


『やばいぞ香澄! 上に登りすぎた!』

インカムから翔先輩の焦る声が響く。

『木が倒れるぞ! 降りるのに時間をかけてたら、下からあいつらの追撃が来る!』


下からは化け物たちの砲撃。

足場は崩壊寸前の巨大樹。

絶体絶命のピンチの中で、私はニヤリと笑った。


「翔先輩、降りませんよ。ここからそのまま真っ直ぐ行きますから!」

『はあ!? お前、バカか! ここからゴールまでまだ距離が――』


(精霊ちゃん! このまま空からゴール方面へ跳ぶわ!

着地のタイミングで、水のクッションで私を受け止められる!?)

『いいよー! その代わり、ちゃんと私に【名前】をつけてね!』

(いいわよ! 最高に素敵な名前をつけてあげる!)


「行くわよおおおおおっ!!」


私は崩れゆくトレントの枝を思い切り蹴り上げ、そのまま大空へ向かって

決死の大ジャンプを敢行したのだった。

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