第106話:【歩きたくないから作った魔法】
「さあ、かかってきなさい!」
私がナイフを両手に構え、モンスターの群れへ突っ込もうとした――まさにその時。
『おい、バカ! ゴールが目的だぞ。無駄に敵を倒してもポイントにはならねえからな!』
耳につけた通信用インカムから、突然、聞き覚えのある声が飛んできた。
「えっ? 翔先輩!?」
私は驚愕して足を止めかけた。エシュ学園のサポート席にいるのは、有希のはずだ。
「なんで翔先輩が通信してるの? ついでに聞くけど、うちの有希はどうしたの!?」
『ああ……あいつなら、俺の妹(千晶)のところに戻ったぞ』
翔先輩が深いため息をつく音が聞こえた。
『途中までは隣で見てたんだがな。「あー、これもう大丈夫でしょ
。私、救護室で千晶の面倒見てくるわ」とか言って
俺にマイクを押し付けてさっさと抜け出していきやがった。
妹の面倒を見ろ行ったくせにいきなりこっちに連絡が来て、
香澄の面倒をみろとか無茶すぎるぜ』
「あはは……(通常運転ね)」
私は苦笑いするしかなかった。
「何か有希から伝言はありました?」
『おう。【熱くならずに、冷静に。頭を使え】だそうだ』
「……そうですか。ありがとうございます、翔先輩!」
私は有希のアドバイスに従い、ナイフを構え直して
走りながら眼前に広がるモンスターエリアの『生態系』を冷静に観察した。
エリアは大きく5つの群れに分かれている。
素早い四足歩行の【ウルフ系】、武器を持つ【ゴブリン】
巨体の【オーク】、上空の【鳥系】、そして地面に根を張る【植物系】だ。
(ゴブリンやオークの群れは近接組が多すぎる。
なら……私が通るべきルートは、植物系のエリアね!)
私は瞬時に判断し、右端の植物系モンスターが群生するエリアへと進路を切った。
同時に、後続から追いついてきた他校の代表選手たちも次々と魔物エリアに突入していく。
彼らは各々、自分の魔法の相性に合わせてゴブリン、オーク、ウルフなどの
エリアに突っ込んでいったのだが――これが悲劇の始まりだった。
「な、なんだこいつら!? ただのゴブリンのくせに盾役と魔法役で
フォーメーション組んでやがる! まるで覚醒者のパーティーじゃないか!」
ゴブリンエリアに突っ込んだ選手たちは、近接と遠距離の緻密な連携攻撃に足止めを食らい
もたついている間に別エリアからウルフが乱入してきて完全に泥沼の乱戦に陥っていた。
「くそっ、どけ! オークの巨体が邪魔で隙間がねえ!」
オークエリアに突入したパワー型の選手たちも悲鳴を上げる。
オークたちは周囲の迷惑などお構いなしにハンマーを振り回すため
通り抜ける隙間がない。しかも無駄に耐久力が高いため
倒すのに無駄な時間と魔力を消費させられていた。
「追いつけねえ! こいつら、俺の進行方向を先読みして壁を作ってきやがる!」
ウルフエリアの選手は、ウルフ特有の高度な群れの連携(狩りの戦術)に追い詰められ
前に進むことすら許されていなかった。
(やっぱりね。動き回るタイプのモンスターエリアは、乱戦必至のハズレ枠よ)
私は他校の連中の阿鼻叫喚を尻目に、植物系エリアへと足を踏み入れた。
植物系モンスターは、基本的に移動しない。近づいた獲物を攻撃するという『待ち』の特性がある。
ただし最大の厄介な点は、根を使い『地中から見えない攻撃を仕掛けてくる』ことだ。
特定の索敵能力を持った者でなければ、いつ下から串刺しにされるか分からない。
「――ただ、それは地面が【固ければ】の話だけどね!」
私は走りながら両手に極大の水の塊を作り出し、それを思い切り地面に叩きつけて破裂させた。
ドバシャァァァッ!!
大量の水が地面に染み込み、私の前方の土壌を一瞬にして泥濘に変える。
『ねえ、香澄!』
私の中にいる水精霊の精霊ちゃんが、不思議そうに念話で話しかけてきた。
『そんなにいっぱいお水を地面に含ませても、植物モンスターの動きを遅くする効果はないよ?』
(ふふっ、いいのよ。敵は『植物だけ』じゃないんだから)
『えっ? どういうこと?』
(すぐに分かるわよ!)
私が泥沼化したエリアを駆け抜けようとした、その時。
『あ、香澄! 右下から攻撃くるよ!』
精霊ちゃんが即座に地中の魔力反応を読み取り、警告をくれた。
「オッケー!」
私は足裏に魔力を集中させ、有希からレース直前に教わった『謎の魔法』の1つを発動させた。
――ヒュンッ!
私の身体が、まるで物理法則を無視したかのように瞬間的に【スライド加速】し
直後に足元から突き出してきた鋭い巨大な根の攻撃をコンマ1秒の差で回避した。
(すごい……! 有希の使う魔法って、術式はめちゃくちゃ簡単なのに
こんなに実戦で使えるなんて!)
私は次々と襲い来る地中からの見えない攻撃を、精霊ちゃんの『完璧なナビゲート』と
有希の『謎の加速魔法』のコンボで、まるでダンスを踊るようにヒラリヒラリと回避していく。
ふと、レース直前に有希が言っていた言葉を思い出した。
『あー、この魔法? これ、私が【一歩も歩かずに移動したいから】って
理由で作った移動魔法なのよねー。でも燃費最悪だし
制御がシビアすぎて使い物にならなかったから
戦闘中の『一瞬の姿勢制御(スライド回避)』に応用したやつなんだけどさ。
香澄ちゃんなら使えるでしょ』
(……こんな超絶高等テクニックの魔法を作った理由が『歩きたくないから』って
聞いた時は、さすがの私も呆れて驚愕したわよね……)
あんなに美人で才能の塊みたいな親友の、底なしのぐうたらっぷりを思い出して
私は極限状態のレース中だというのに思わずクスッと笑ってしまった。
『香澄、なんだかとっても楽しそうだね!』
精霊ちゃんから、嬉しそうな感情が伝わってくる。
(うん、最近すっごく楽しいの。なんでも話せる面白い親友もできたからね!)
『そっかぁ! 香澄が楽しいと、私も楽しいっ! 右前からも攻撃くるよー!』
(了解っ!)
私は喜びの感情を共有しながら、襲い来る根の攻撃を次々と躱し
ついに魔物エリアの出口へと到達しようとしていた。
「よしっ、このままエリアを抜けて、1周目クリアよ!」
私が加速魔法で一気に飛び出そうとした――その瞬間だった。
ズズズズズズッ……!!
「……えっ?」
突如として、出口付近の地面が大きく隆起した。
まるで小山のような巨大な影が、日差しを遮って私の頭上に覆い被さる。
「グォォォォォォォォォォッッ!!」
空気を震わせる咆哮と共に、1周目の最終関門として立ち塞がったのは
見上げるほど巨大な【大樹の化け物】だった。




