第101話:【開会式の罠】
翌朝。
私は指定されたエシュ学園の制服に身を包み
私服姿の千晶ちゃんと共に朝食をとるため大広間へと向かっていた。
「おはよう、有希!」
「おはようございます、我が至高の主!」
廊下の途中で、香澄ちゃんと花梨が合流してくる。
相変わらず花梨の挨拶は重いが、もう慣れたものだ。
「おはよう。二人とも、よく眠れた?」
私たちが雑談を交わしながら大広間に入ると
すでに各校の生徒たちが各々の席に座って朝食をとっていた。
私たちもビュッフェ形式の食事を受け取り、
4人でテーブルを囲んで楽しく優雅な朝の時間を過ごす。
――しかし、私の平和な時間は、いつも唐突に破られる運命にあるらしい。
食後、温かいお茶を飲んでほっと一息ついていると
引率の先生がものすごい血相を変えて私たちのテーブルへ突進してきた。
「た、高橋ぃぃっ!!」
「えっ、はい? なんですか先生、朝からそんな大声出して」
「さっき、覚醒者協会の『橘さん』が直々にやってきてな! 食事が終わったら
高橋にこの部屋まで来てほしいと言ってきたんだが……
お前、何か協会を怒らせるような思い当たる節はあるか!?」
一般の教師からすれば、協会トップの右腕である橘さんが直接生徒を呼び出しに来るなど
大事件以外の何物でもないのだろう。先生の顔は今にも胃に穴が開きそうに青ざめていた。
「ああ。以前、ちょっと頼まれていた仕事があるので、そのことだと思います」
私が渡されたメモ用紙を受け取りながらあっけらかんと答えると、先生はポカンと口を開けた。
「そ、そうなのか……? ま、まぁいい。開会式まであと3時間だ。
絶対に遅れずに、失礼のないように行くんだぞ!」
「はーい」
私は適当に返事をし、立ち上がった。
「千晶ちゃん、二人とも。ちょっと呼び出しがあったから行ってくるね」
「はいっ! いってらっしゃいませ、お姉さま!」
「いってらっしゃい、有希」
「有希ちゃんの歩む道に、光の加護があらんことを!」
3人からの見送り(一名ほど神への祈り)を受けつつ
私はメモに書かれたVIP用の会議室へと向かった。
◇
コンコン、とドアをノックする。
「入れ」
威厳のある低い声が響き、私がドアを開けると
そこにはソファーに深く腰掛ける狸オヤジ
覚醒協会のトップである神代会長と、その横に控える秘書の橘さんがいた。
「よく来たな、有希」
「ようこそいらっしゃいました、高橋様」
橘さんが丁寧に頭を下げる。
「おはようございます。で、急な呼び出しって何ですか? 私、これから開会式の準備があるんですけど」
私が面倒くさそうに言うと、神代会長はニヤリと笑ってさっそく本題に入った。
「有希と千晶君には、本日の開会式、出場生徒の席ではなく『来賓席』に座ってもらう」
「……え? なんでですか?」
私は眉をひそめた。
「私、一応サポートメンバーですし、開会式の入場行進には出なきゃいけないはずですよね?」
「入場行進に出るのは、基本的に競技に出場する選手のみだ。サポーターは裏で待機が原則だぞ」
「そうなんですか? でも、うちの学校の教諭からは『全員行進に出るように』って言われてますけど」
「ふん。それは、有希が学生たちに混ざって歩いていると
男どもの士気が爆上がりするからだろう。学校側には『有希は来賓席だ』と伝えておいたのだが
末端の教諭まで伝達が漏れていたかもしれんな。橘、このあとエシュ学園の教諭に再度伝えておけ」
「承知いたしました」
橘さんが手帳にメモを取る。
(……うちの先生、私のこと完全に出陣前の
『女神の御旗』か何か扱いしてたわね。士気上げ要因って)
「でだ。これが、来賓席に座る時の衣装だ」
神代会長がアゴでしゃくると、橘さんが美しい装飾の施されたドレスの入った衣装袋を
私に差し出してきた。
「……着替えた後、会場に行けばいいんですか?」
「いや。ホテルの入り口に専用の車を出しておく。
それでワシたちと一緒に会場入りするんだ」
「護衛の人は呼ばなくていいんですか?」
「今回は要らん。お前の護衛を務める者たちは、皆競技の参加者だろう?
奴らに護衛任務が要るのは、後日の『各国の顔合わせ』の時だけだ」
私はため息をつき、会長をジト目で睨んだ。
「というか、どうして私が来賓席なんて目立つところに参加する羽目になるんですか。
私は『各国の顔合わせ』だけ出席すればいいと思っていたんですけど」
「マスコミが山ほど来るからな」
神代会長は悪びれもせず、堂々と言い放った。
「カメラ映え(見栄え)して、しかも覚醒者関係の人間となると
若くて華のある有希しかおらんのだ。年寄りのワシが映るより、視聴率が跳ね上がるだろうが」
「……なら、可愛い千晶ちゃんを来賓席に座らせておけばよくないですか? 私は裏で寝てますから」
「おいおい。お前、覚醒したてで右も左も分からんような純真なヒヨコを
マスコミと権力者が蠢く来賓席に一人で置いておくつもりか?」
会長がニヤニヤと意地悪く笑う。
「……冗談ですよ。さすがに私も、そこまで鬼じゃありません」
「だろうな。それに、お前は今や『インフルエンサー』としてかなり人気が出ている。
動画の出演でさらに知名度が上がっているし、話題性はバッチリだ。
以前の『病院の集団治癒』での活躍の件もあるしな」
「……インフルエンサーになったのも、動画に出たのも
全部あなたが仕事を渡したせいですよね?」
「ガッハッハッハ! 人聞きの悪いことを言うな!」
私のジト目での抗議を、狸オヤジは豪快に笑い飛ばした。
「はぁ……。わかりました。それじゃ、着替えたらホテルの入り口に行けばいいんですね」
「そうだ。頼んだぞ」
私は衣装袋を受け取り、疲れた足取りで退室して自分の部屋へと戻った。
◇
ガチャリ、と部屋のドアを開ける。
「ただいまー。千晶ちゃーん、なんか急に開会式で来賓席に……って」
「お姉さま、おかえりなさい!」
振り返った千晶ちゃんを見て、私は言葉を失った。
彼女はすでに、協会が用意したであろう可憐なフリルがあしらわれた、
お姫様のような衣装に完璧に着替えていたのだ。
「ち、千晶ちゃん……その衣装は?」
「これですか? これは前に
神代会長から『今回の競技大会の開会式で着るように』と直接渡されていたものです。
来賓席にお姉さまと一緒に参加すると聞いてますよ!」
(……っ! あの狸オヤジ! 私が『めんどくさいから嫌だ』と拒否できないように
わざと直前に知らせて、しかも千晶ちゃんには事前に準備させて
逃げ道を塞いでいたってわけね!?)
「私、ついさっき来賓席の件を聞いたんだけど……」
「そうなんですか? もしかして、お姉さまなら直前にお知らせしても完璧に対応できるから
あえて直前に伝えたのかもしれないですね! どんな状況でも動じないなんて、流石ですお姉さま!」
千晶ちゃんの純度100%の謎の称賛(全肯定)を受け
私は反論する気力も失せ、無言で衣装袋のチャックを開けた。
「……とりあえず、私も着替えるわ」
数分後。
私がドレスに着替え終わるや否や、千晶ちゃんが顔を真っ赤にして凄まじい勢いで食いついてきた。
「おおお、お姉さまっ!! すっっっっごく素敵です!! 可愛すぎます!!
天使です、いや女神です!! ああっ、ずっと、ずっと見ていたいです!!」
「ちょっ、落ち着いて千晶ちゃん。近い、近いから!」
語彙力を失い、鼻息を荒くして訳の分からない言葉を並び立てる千晶ちゃんに
若干引きつつも、私は「ありがとう」と苦笑して、部屋の全身鏡の前に立った。
そこに映っていたのは――。
協会が用意した、淡いブルーと白を基調とした、上質なシルクの清楚なドレス。
そして、それと完璧なまでに調和する、私のサラサラと流れる神秘的な【銀髪】。
透き通るような白い肌と相まって、そこには自分で言うのもなんだが
まるでファンタジー世界から抜け出してきたエルフの王女のような
『圧倒的な清楚系美少女』の姿が完成されていた。
(……うわぁ。これは確かに、マスコミのカメラに抜かれたら一発でバズるやつだわ)
神代会長の恐るべきプロデュース能力に戦慄しつつ
私はこれから始まる長い長い式典に向け、気合いを入れるように小さく息を吐き出した。




