第100話:【乙女(カイト)の憂鬱】
大型バスに揺られながら、カイトは窓の外を流れる景色をぼんやりと眺めていた。
彼の心は、ここ数週間ずっと厚い雨雲に覆われたようにモヤモヤとしている。
(……あの日見た剣斗様の姿。適当に剣を振り回し
傲慢にふんぞり返るあのお姿は、私の知る気高く謙虚な剣斗様じゃなかった……。
あれは本当に、私がお慕いしていた剣斗様だったのかしら……?)
「おい、カイト! なに黄昏てんだよ」
隣の席から、参加メンバーの友人が肩を小突いてきた。
「お前の出場する『学校対抗戦』って最終日だけだろ?
なんで今日から同行してんだ? 最終日に現地入りすればよかったじゃねえか」
友人の言葉に、カイトはハッとして「爽やかな好青年」の仮面をバチッと装着した。
「そうなんだけど、学校の代表である以上
まずは仲間をしっかり応援したくてね」
「おおっ! 自分の参加競技以外は興味ねえって奴も多いのに
お前マジでいい奴だな!」
「ははっ、それに……お祭りってなんかいいよな。テンション上がるし!」
「違いない! やっぱこういうデカい大会は
実際に現地に行かないと味わえない熱気(良さ)があるよな!」
男同士の爽やかな友情(?)を交わしながら盛り上がっているうちに
バスはあっという間に宿泊施設兼・特設会場の巨大なホテルへと到着した。
◇
バスを降り、エントランスロビーで友人たちと談笑していると
引率の先生から声がかかった。
「おーい、カイト。これ、お前のカードキーだ。お前は『学校対抗戦』の選抜メンバーだから、コンディション調整のために特別に一人部屋を取ってある。もし時間と体力が許せばでいいんだが、試合前や合間に他の奴らの応援に顔を出してやってくれないか? お前みたいな実力者が来てくれれば、皆も喜ぶ」
「いいんですか? もちろんです。空いている時間は極力顔を出すようにします」
カイトは爽やかに頷きつつ、少しだけ申し訳なさそうに付け加えた。
「ただ……実は、スウェーデンの覚醒協会本部からい
くつか急ぎの依頼(仕事)を頼まれていまして。
そちらの対応と時間が被った時は、応援に行けないかもしれませんが」
「おお、スウェーデン本部から直々にか! 相変わらずお前はすげえな。
いや、それで構わん。無理のない範囲でよろしく頼むぞ」
先生はポンとカイトの肩を叩き、大満足で去っていった。
先生と別れ、ロビーから自分の部屋へと向かおうとした、その時だった。
「……ッ!?」
カイトの足がピタリと止まった。
視線の先。他校の生徒(エシュ学園の制服)に混じって
小柄な後輩の女の子と歩いている【銀髪の美少女】の姿があった。
(……あの女。協会で、私の剣斗様に馴れ馴れしく声をかけられていた奴……!)
カイトの瞳孔がスッと細くなる。しかし
彼が驚愕したのは「恋敵(一方的な勘違い)」を見つけたからではなかった。
(な、なんだあの魔力は!? 隠蔽をかけているようだけど
全く隠しきれていないじゃない! まるで底なしの深淵を覗き込んでいるような
デタラメな魔力が漏れ出ているわ……!)
冷や汗が頬を伝う。
『わあーっ! すごいすごい! カイト、あの子の魔力
パチパチ弾けててとんでもない量だよ!』
カイトの肩口から、雷の精霊・リンがバチバチと小さな電撃を遊ばせながら
明るくポップに飛び出してきた。
『ねえねえ、協会で見た時は全然気づかなかったの?』
「気づくわけないじゃない! あの時は剣斗様と話してたから
ドロドロの嫉妬でそんなところに目を向ける余裕なんて1ミリもなかったのよ!!」
カイトは思わず、心の中の【乙女】を全開にして早口で返した。
『現実的に考えて、あのレベルの化物には関わらないのが賢明ね』
今度は、カイトの反対側の肩から氷の精霊・ランが
冷気を纏いながら冷静に姿を現した。
『私たち精霊は、あの手の規格外を見つけたら
「絶対服従ですり寄る」か「全力で逃げて離れる」かの二択しかないわ。
カイト、あの子が敵にいる以上、対抗戦はかなり厳しい戦いになるわよ』
「人間は人間で、嫉妬だの愛憎だの、めんどくさい感情が多いのよ……」
カイトはハンカチを噛むような仕草で恨めしそうに呟く。
『それにしてもカイト。気を抜くとすぐに女性言葉になるの
状況把握が甘いんじゃない? そろそろ直したら? 周りに変な目で見られるよ?』
リンがケラケラと明るく突っ込む。
「……言われて直るくらいなら、こんなに苦労してないわよっ!」
中身が完全に乙女寄りであるカイトは
誰にも言えない葛藤を抱えながらプイッとそっぽを向いた。
◇
割り当てられた一人部屋に入ると、カイトはキャリーケースをベッドの上に広げ
荷物の整理を始めた。
『ねえ、カイト』
ランが室内の温度を少し下げながら、淡々と問いかけてくる。
『カイトは国宝級の【空間リング】を持っているでしょう。
わざわざそんな重そうなキャリーケースを使って荷物を運ぶなんて
非効率的で無駄な労力だと思うのだけれど?』
ランの極めて現実的な疑問に、カイトはシャツを丁寧に畳みながら真剣な顔で答えた。
「いい? ラン。いいアイテムを普段から見せびらかしていると
必ず他人に妬まれるのよ。人間社会において
無用な妬みや嫉妬はできるだけ買わない方がいいの」
『へぇー!』とリンが相槌を打つ。
「それに、そんな超高級なアーティファクトを持っているとバレたら
強盗や犯罪者がハエみたいに寄ってくるでしょ? 自衛ってのはね
強い魔法を使うことじゃなくて、『狙われないように最大限気を使うこと』なのよ」
『なるほど。確かに防犯面のリスクヘッジとしては、
非常に理にかなった妥当な判断ね』
ランは納得したようにコクリと冷ややかに頷く。
『さすがカイト! リスク管理バッチリだね!
魔力が多いと変なやつに狙われるのと一緒だね!』
リンも明るく太鼓判を押した。
カイトは最低限の回復薬と装備だけをポーチに詰め込むと
全体ミーティングが行われる大広間へと向かった。
◇
大広間では、引率の教師が壇上に立ち
明日からのスケジュールと注意事項を熱弁していた。
そして最後に、カイトを含む『学校対抗戦』の出場メンバーだけが前に呼ばれた。
「事前に説明していたから分かっていると思うが
今回の学校対抗戦は【3対3のパーティーバトル】になる!」
教師がホワイトボードを叩き、力強く檄を飛ばす。
「エシュ学園の連中がこのルール変更を知らされたのは
ついさっきのことだ! 今頃あいつらは直前の変更に大慌てで
連携の確認をしているはずだが……こちらはずっと前から変更を知り
万全の対策を練ってきたお前たちの敵ではない!
今回こそ、エシュ学園を打ち破って優勝をもぎ取ってくるんだぞ!!
他の者も優勝をもぎってくるんだぞ!!」
「「「はいっ!!」」」
カイトたち生徒は力強く返事をし、気合いを入れた。
(なるほどね。直前まで情報を伏せられていたエシュ学園に比べて
こっちは圧倒的に有利ってわけね)
カイトは周囲を見渡し、共に戦うことになるであろう2名の上級生を見つけると
一瞬で「爽やかなイケメンモード」へと切り替えて歩み寄った。
「先輩方。僕たちは事前に連携の準備もできていますし
軽く最終確認の作戦会議だけ済ませちゃいましょう!
その後、景気づけに街へ繰り出しませんか?」
「おお、カイト! 頼もしいな。
よし、パッと確認したら美味いもんでも食いに行こうぜ!」
剣斗へのモヤモヤした思いや、有希という得体の知れない化物の存在。
気がかりなことは多々あったが
カイトはひとまずそれらを思考の隅に追いやり
先輩たちとの有意義な作戦会議(と街ぶら)へと繰り出すのだった。




