表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/11

第10話:【聖女の休息】交渉と契約、あるいは境界の変質

朝日が差し込んでいるはずなのに、体感としては夜が続いている。

視界は明るいのに、意識だけが重いまま底へ沈んでいく。


「ずいぶん酷い顔だな。昨夜は一睡もしていないのか?」


声をかけてきたのは、子猫たちを器用に毛繕いしていたウィットだ。

今は魔力を抑え、普通の白猫サイズに縮小している。

「ああ。地獄を見たよ……」


昨晩、母・希に叩き込まれたのは、単なるマナーの範疇を超えていた。

筋力ステータス「1」の私が日常生活で自壊しないよう

魔力を全身に循環させ、強制的に骨格を支える歩法。それは肉体を維持するための儀式に近い。


『歪だな』

ウィットが金色の瞳で私を射抜く。

『その歩き方は“生き延びるため”に最適化されているが、“人間としては不自然だ”

 お前の母親、一体何者だ?』


「……私が知りたいよ」

そんな私の弱音を断ち切るように、キッチンから母の鋭い声が飛んできた。


「有希、魔力の流れが乱れてるわよ。左重心、一ミリ。歩き方が崩れてる。やり直し」


「…っ、はい」

一瞬で背筋が伸びる。教育者というより、精密機械の微調整を行う整備士の視線だ。

私は呪文のような溜息を飲み込み、母に叩き込まれた「歪な歩法」で玄関へと向かった。



「ねえ、有希。なんか今日……“人っぽくない”よ?」


学校に着くなり、花梨にそう囁かれた。

「え……?」

「なんて言うか、無駄な動きが全くないっていうか。

 見てるだけで、こっちの背筋が伸びるっていうか……。ちょっと、怖いかも」


無意識の恐怖。花梨のような感覚の鋭いタイプには

今の私が「魔力で動かされる人形」のように見えているのかもしれない。

「昨日の夜まで、みっちり『勉強』をさせられていたから。その名残かな」

私が力なく笑うと、花梨はそれ以上踏み込んでこなかった。


そんな時だった。


「……高橋。少し、いいか?」


岩倉だった。あの実習以来、クラスメイトの視線もあって距離を置いていたはずの彼が

かつてないほど真剣な面持ちで立っている。


「放課後、人目のない場所で話したい。……例の『約束』の件だ」


その言葉に、周囲の花梨たちが「なになに!?」「約束ってなに!?」と色めき立つ。

「大したことじゃないわ。後でね」

私は彼女たちを適当にいなして、チャイムと共に席に着いた。



放課後。校舎裏のベンチ。

夕闇が差し始める静寂の中で、私は岩倉と隣合って座っていた。


「で、岩倉くん。例の約束……『なんでも言うことを聞く』ってやつだけど。

一応言っておくけど、変なことはお断りよ?」

私は努めて聖女らしく、いたずらっぽく微笑んで見せた。


「一度だけでいい、デートをしてほしい」


開口一番、彼はそう言った。

あまりの直球に、一瞬だけ思考が停止する。


「……は?」

「いや、それだけじゃないんだ。

他にも候補があって……。

これからも俺とパーティを組んでほしいとか、友達として連絡先を交換してほしいとか。

……一つに絞れなかった」


私は思わず吹き出した。

「なにそれ。一つだけって言ったのに、結局全部じゃない」

「しょうがないだろう。聖女とまで呼ばれているお前から

そんな言葉を引き出せる機会なんて、もう二度とないと思ったんだ」


クソ真面目な顔で言う彼に、私は小さく溜息をついた。

(この実直さ。かつて嫌というほど見てきた『裏切り者』とは正反対だ。

この手合いは、一度懐に入れれば絶対に背中を預けられる)


「いいわ。その三つ、全部まとめて叶えてあげる」

「えっ……いいのか?」


「その代わり、条件が一つ」

私は一歩歩み寄り、彼をじっと見つめた。

「その『聖女』っていう呼び方、やめて。……有希ゆきって呼んでくれるなら、いいよ」


「なっ……」

岩倉が驚愕に目を見開く。私はわざとらしく顔を赤く染めて、視線を逸らした。


「私だって、男友達なんていないんだから。……呼びかけるの、結構恥ずかしいんだからね!

それに、私とパーティを組むと、また昨日みたいな危険な目に遭うかもしれないわよ?」


「そんなの、どうってことない。……本当に、いいのか? 有希」


「もう、二度言わせないでよ! よろしくね、……周平しゅうへいくん。まずは『友達』としてね」

「……ああ。よろしく、有希。パーティメンバーとしても、な」


「うん。よろしくね、しゅうくん」

私が極上の笑みを向けると、彼は耳まで真っ赤にして俯いた。

(よし。これで盾が手に入った!しかし、お母さんの演技指導がもう役立つなんて)

内心、ガッツポーズと母親の指導の凄さを感嘆しつつ、話を切り出す。


「それで。さっきのデートの話だけど、いつがいい?」

帰り道、歩きながら私が尋ねると、彼は落ち着かない様子で言った。

「今度の週末がいいな」

「わかった。楽しみにしてるわね」


年甲斐もなく、少しだけ心が弾むのを感じながら校門を抜ける。


その瞬間、理由もなく足が止まった。


校門の前。そこには、数台の黒塗りの高級車と、明らかに場違いな威圧感を放つ「黒服の男たち」が並んでいた。


嫌な予感だけが、先に立つ。

この空気が、今の平和を許してくれるはずがないと、本能が警鐘を鳴らしていた

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ