125 報告
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帰還翌日。
俺は肉体的にはともかく、精神的に疲れ果てていた。
ようやく辿り着いた特待生寮のロビーのソファにぐったりと寝転がる。
まさか、徹夜になるとは思わなかった。
オド・ネメニファーラ大空洞での発見や、それに関わる考察を展開して、教員たちと喧々諤々と議論を交わしている内に朝になっていたのだから、我ながらサービスしすぎたような気もする。
別に後悔はないけどね。
遺跡学界のためにも、ベリアン院長の炙りだしのためにも、有意義ではあったし。
帰り際に見せたベリアン院長の優しすぎる微笑みが忘れられない。
どうやら満足いく結果だったのだろう。
「カルロ君?」
そんな事を考えていると、頭上から声が降ってきた。
目を開けると、ファッションビッチ――ではなく、マリー先輩だ。
いつかのようなドレス姿ではなく、制服姿に特待生のマント。
俺たちと同じデザインのマントのはずなのに、可愛らしくポンチョみたいにしておしゃれしているあたりに女子力を感じる。
手提げのかばんを持っているところからすると、これから授業に出るつもりなのだろう。
「お帰りなさい。久しぶりね。遺跡から戻ったとは聞いてたけど、無事な姿が見れてほっとしたわ」
「はい。ご心配おかけしました」
うん。
なんというか、見た目こそ軽いけど、面倒見のいいお姉さんみたいな雰囲気が彼女らしくて俺の方こそほっとする。
儂も言ってたけど、素の方がいいよね、マリー先輩。
さすがに寝たままでは失礼かと思って起き上がろうとしたけど、マリー先輩は細い指先を俺の肩に当てて押しとどめる。
そして、少し迷ってから、俺の隣――というか頭の方に腰かけた。
「疲れているんでしょ? そのままでいいわ。その、カルロ君が、いいなら、ひざまくら、してあげるけど……」
消え入りそうな声で言う程、恥ずかしいなら無理をしないでください。
こんな公衆の面前で恥ずかしいので、丁重に辞退させてもらろおう。
「それは光栄ですけど、またの機会にでも」
「うん。約束、ね」
なんとも嬉しそうに笑うなあ。
けど、マリー先輩はすぐに表情を改めて、身を屈めるようにして小さな声で囁いてきた。
「また、大変な事になってるみたいだけど、だいじょうぶ?」
「……気づいてました?」
「当然よ。耳がいいのは知ってるでしょ?」
小さく笑って、いかにも仲のいい友人がおしゃべりしているような具合のまま続けてくる。
「そうじゃなくてもわかるわよ。リィナ君たちがずっと授業にも出ないで、部屋にこもって実験を繰り返しているんだから」
それはそうか。
学習院にも援助してもらうために公式に発表しているし、当たり前の話だった。
「グレムラン商会。こっちの国にも影響があるぐらい大きい商会よ」
「そうなんですか?」
「竜帝国程じゃないけど、大陸中に魔導列車の鉄道は通っているんだから。どこの国でも色々と有名なの」
確かにそれは怖い。
第三皇子に喧嘩を売るかもしれないという時に、いざとなったらマリー先輩の故郷のトワム議長国を頼るかもなんて言ったけど、今度の相手はどこに逃げても追ってくる可能性が高そうだ。
「この特待生寮も例外じゃないのよ? 一昨日も、一人メイドが追い出されていたわ」
「もしかして?」
「メイド長にははぐらかされたけど、きっとそういうことなんでしょうね」
ヴィオラ、ちゃんと仕事をしているんだな。
それでもどこにグレムラン商会と通じる人がいるかわからないから、マリー先輩はこんな風に顔を寄せて話しているんだな。
「リィナ君もストレンジをずっと出したままだし」
「騒がしくしてすいません」
「そうじゃないでしょ!」
マリー先輩はグッと顔を近づけて、睨んできた。
その瞳が揺れているのは、不安か、心配かって、決まっているか。
「本当にだいじょうぶなの? 手伝えることがあるなら言ってよ?」
優しい人だなあ。
生まれからして難しいのかもしれないけど、彼女には幸せになってほしいと願ってしまう。
そうと思うのなら、俺がやる事はひとつだ。
俺はその肩をそっと押して、起き上がった。
姿勢を正して、強い笑みで答える。
何も心配する事はない、と。
「大丈夫ですよ。俺を信じてください」
「……もう。たまにはお姉さんぶらせてくれてもいいのに」
くすりと微笑んで、マリー先輩は立ち上がった。
「わたしは授業に行くけど、必要ならいつでも言ってね? 協力してあげるから」
「マリー先輩にそう言ってもらえると心強いです」
「からかわないの」
まんざらでもなさそうにたしなめてくる。
でも、そうか。
彼女にも協力してもらうのもいいかもしれないな。
「マリー先輩。お言葉に甘えてお願いしたいんですけど、いいですか?」
「え、なあに? なんでも、は、カルロ君なら、いいかもだけど、聞かせて」
なんでもお願いしていいなんて簡単に言っちゃまずいですからね。
ともあれ、今は真面目な話だ。
「ここだとまずいので、今日か明日にでもヴィオラ――俺の従者に伝言させますから、話を聞いてもらえますか?」
「ヴィオラ、あのメイド長ね。ええ。彼女なら安全でしょうし、わかったわ。夕方には部屋に戻ってるから」
上機嫌にマリー先輩は出かけていった。
後輩から頼られて嬉しいのかもしれない。
それと入れ替えになるタイミングで音もなくやってきたのはヴィオラ。
いつものように見事な一礼を決めて、無表情のまま告げてくる。
「マリアンヌ様は妾、側女、側室、情婦、隠し妻、どちらとしてお考えでしょうか?」
「どれでもねえよ、どあほう!」
第一声がそれとは何を考えてやがる。
マリー先輩に失礼過ぎるだろ。
何が失礼かって、候補の全てが二番手以降しかないのが一番失礼だ。
そして、そんなポジションが妙に嵌ってしまいそうだなんてちょっと思ってしまった俺も同罪だ。
後で猛省しよう。
しかし、怒鳴られたヴィオラは無表情ながらも沈痛な面持ちで首を振る。
「ご主人様。ご主人様のご命令と言えど、私も奴隷及び肉奴隷の地位を譲るわけにはいきません」
「勝手に人の先輩を奴隷扱いすんじゃねえよ! そもそも俺はお前を奴隷扱いした覚えもねえ!」
久しぶりに帰ってきたご主人様に何を言わせるんだ、この従者人形。
挨拶代わりに妙な話を振ってくるんじゃない。
他のメイドさんたちがヒソヒソ話始めちゃったじゃん!
「失礼いたしました。では、改めましてご主人様、お帰りなさいませ」
「最初からそうやってくれよ。それで、状況は?」
意識を切り替える。
魔導具の実験の方は直接、マルスたちから聞くとして、他の件は彼女から聞くのが適切だろう。
「寮内に関しては問題ありません。先日、解決いたしました。また、不審人物の侵入が二度ほどありましたが、僭越ながら私の方で対処させていただきました」
残念な趣味嗜好の持ち主だけど、魔族の生み出した従者人形であるヴィオラは見た目通りではない。
少しぐらい鍛えた竜卵の持ち主なら簡単に制圧できる。
「ご苦労様。じゃあ、問題はないのかな?」
「万事、ご主人様のご意向通りです」
「うん。ありがとう。そっちは引き続きお願いね。それといくつか追加したいんだけど、大丈夫かな?」
「ご主人様のご命令とあらば、なんなりと」
奴隷が云々はダメとか言ってなかったか、とはつっこむまい。
時間に猶予があるわけではないのだ。
オド・ネメニファーラ大空洞に入ってから既に八日目。
ネズミ族の立ち退きまであと十二日しかない。
俺はソファーから立ち上がり、気合を入れるように手のひらを叩いて宣言した。
「グレムラン商会を痛い目に遭わせるぞ」
「承知いたしました」




