126 食堂の密会
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「では、行って参ります」
自室に戻って着替えながら指示を出すと、ヴィオラはこれからすぐに仕事に取り掛かるといって、退出していった。
ヴィオラにはオド・ネメニファーラ大空洞に関する契約を、学習院や双角の犀とまとめてもらったり、マリー先輩への頼み事なんかを準備してもらう。
俺も手伝うべきかもしれないけど、変態性にさえ目をつむればヴィオラは非常に優秀な従者だ。
任せた方が効率的だろう。
その分、俺は寮の防衛でもしておこう。
ひと段落したところで一息。
「お腹減った……」
とにかく、眠ってしまいたいところだけど、お腹が減っている。
いや、睡魔も相当なものなんだけど、地底湖で味わった飢えがどうしても頭を掠めるんだよね。
食べられるときに食べないと死ぬ、みたいな。
腹ペコキャラじゃあるまいし、一食ぐらい抜いたって問題ないってわかっていても、なんとなく落ち着かない。
そんな事を悩んでいる間に食事を取る方が正解だろう。
二階に行くと、既に主だった人間は食事を終えて、他に利用者の姿はない。
メイドさんに準備をお願いして、席で待っていると誰かが入ってきた。
大柄な男だ。
背が高くて、厚みもあって、逞しく、それでいて均整が取れていて、スタイリッシュに見えるから不思議だった。
顔立ちは精悍で、疲れているのか目の下に隈や、無精ひげががあってもイケメン。
ラフなシャツと作業着のズボン姿がワイルドで、開いた襟から覗く胸筋がセクシー。
頭に巻いたバンダナの隙間から、天然パーマのボリュームのある髪が覗いていた。
誰かな。
一ヶ月近く住んでいても顔を合わせていない先輩だろうけどグレムラン商会からの潜入工作員の可能性も捨てきれない。
思わずまじまじと見つめていると、目が合った。
「あら、カルロ君! 戻ってきていたのね!」
「ぶほっ!」
思わず吹き出してしまった。
くねくねと体を捻るモデル歩きで迫ってくる大男。
その声と口調には覚えがある。
「はあ!? マルスなの!?」
「そうよ。当たり前じゃない。あ、そっか。ちょっと忙しくて、最近おしゃれに気を使ってなかったからわからなくなっちゃった? お肌もあれちゃってるしね! ふふ。女はね。お化粧で化けるのよ? 覚えておきなさい?」
油塗ったみたいに肌つるつるだよ、それにお前のは化粧じゃなくて仮装だ、そもそも女じゃねえだろ、と全力で叫びそうになるのを必死に飲み込んだ。
マルスにも色々と事情があるし、趣味だとしても人に迷惑をかけないなら口出しするべきではない。
というか、余計な事に首を突っ込みたくないし、スルーしておこう。
それにしてもあの不気味な女装の下にこんなイケメンが隠れていたのか。
なんて、もったいない。
そんな事を考えている間にマルスは対面の席に座った。
「あ・れ、リィナから受け取ったわよ。ふふ、カナンと二人で徹夜しちゃった」
「俺が言っても説得力ないかもだけど、無理しちゃダメだよ」
「本当に説得力ないわね」
二ヶ月足らずで三つの遺跡を攻略。
明らかに異常なペースだ。
さすがに自覚はあるから反論はしないでおこう。
マルスも他にもっと話したい事があるようで、追及して来なかった。
身を乗り出してくる。
「でも、無理だってしちゃうわ。あんなすっごいの見せられちゃったら興奮しちゃって眠れないもの」
言い方が卑猥じゃないですかね?
いや、考えすぎだ、きっと。
メイドさんたちの何人かが耳を澄ましているみたいだけど、それも自意識過剰なだけだ。
でも、声は潜めておこう。
「どう、あれ?」
「最高よ。試作機で一番良かったのを再現したわ」
「それって完成したの? 一晩で?」
「さすがに原形だけよ。動力核の精霊銀。あれ、普通じゃないもの。そのまま図式を刻んだ方が効率良さそうだし、でもでも、図式に強度の高い素材でコーティングするのも捨てがたいし、迷っちゃうわ」
専門的な話はわからないけど、順調だという事は伝わってきた。
「けど、目が霞んじゃってね。このまま続けて失敗しちゃったらいけないから、お昼まで一休みになったの。カナンは寝ちゃったけど、あたしはお腹がペコペコだったからこっちに来たわけ」
リィナとミレーヌはカナンについているのだろう。
じゃあ、食べ終わったら俺も工房に顔を出そうかな。
ヴィオラが出かけているから、護衛のリィナが休めないだろうし。
「食べ終わって少し寝たら、今日の午後にでも完成させて、夕方には実験かしら」
「早いね」
「遅いぐらいよ。実験するのは浮遊の魔導具だけだし、飛行のための機能も付けて、バランスを整えて、できれば効率もよくしたいけど、時間が問題なのよねえ……」
職人のこだわりってやつかな。
納期について一言注意しておくべきかとも思うけど、やめておくか。
目的を見失っているわけではないみたいだし。
「でも、どうしようかしらね」
独り言しながらあれこれと考えていたマルスが表情を曇らせた。
「実験よ。屋上、ダメなのよねえ?」
リィナから聞いたのだろう。
学習院が所有する正体不明の力。
上空からの偵察の目。
ベリアン院長が炙りだしてくれたからグレムラン商会の手が回っている人も動きづらくなっているけど、全滅したとは思えないな。
見られていると思って動くべきだろう。
「ああ。それだけど、やっぱり隠さないでいいや。そうだね。魔導学科で発表するような場所ってある?」
「あるけど、いいの?」
「うん。どうせ隠してもあまり意味がないって思ったし」
ここ数日の試作機の具合や魔晶石と動力核の話ぐらいはグレムラン商会に伝わっているだろう。
今更隠したところで情報の精度が少し上がるだけ。
向こうは俺たちが成功させると仮定して対策しているはずだ。
「それでも、少しだって隠した方がいいんじゃない?」
「まあまあ、どうせなら派手にやろうよ。人目が増えたら、それだけ向こうも妨害しづらいだろうしね」
魔導学科の生徒だけじゃなく、教員も巻き込んでしまおう。
ベリアン院長にも見てもらえれば最高だ。
大陸最高学府の生徒に知られるっていうのはそれだけで武器にも防具にもなる。
グレムラン商会がネガティブキャンペーンをしたって、説得力が薄れるだろうからね。
これだけで解決なんてできなくても、牽制ぐらいにはなる。
「技術漏洩はいいとして、盗まれるのも……隠せばいいわね」
マルスの言う通り、今度は技術を盗まれる心配も出てくるけど、魔導具の中心部分を隠してしまえば図式を見られない。
裏切り者が出たらなんて可能性は最初から考えてないよ。
「それと、色々と質問というか、相談、でもないなあ。お願い、うん。お願いがあるんだけど、いいかな?」
顔を近づけて、さらに声を落とす。
空気を察したマルスも額を寄せてきた。
メイドさんの黄色い――いや、桃色っぽい悲鳴が聞こえたけど無視。
「もうひとつ、魔導具を作ってもらえない?」
「はあ!?」
俺のお願いにマルスが野太い声を上げて驚いた。




