123 帰還
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俺のお腹にしがみついたエマは泣いたり、謝ったりと忙しいようで、引き離すのは躊躇われる感じになっている。
「エマさん、無事で良かったです」
エマの背中を撫でながら、茫然としている双角の犀の面々と苦笑を交わす。
いや、なんか向こうのは苦笑というか、引きつって笑っているだけに見えるような気もするけど、気にしたら負けだな。
その辺り、一番最初に動揺から返ったのばリーダーのバウ。
今度こそ苦笑いしながらやってくる。
「カルロ君、よく無事で」
「ありがとうございます。それで、その……」
「食糧でしたね。とりあえず、これを」
水筒と上着を差し出してくれた。
おお。苦くない飲み物は二日ぶりだ。
さすがに二日間、液状マナだけで飢えをしのぐのはつらかった。
借りた上着に袖を通していると、すぐに食べられる携帯食料も渡されて、しばらく無言で食べる。
普通なら衰弱した胃が食べ物を受け付けないところだけど、そこは八層の竜卵の強化の効果。
問題なく食べられた。
あんまりおいしくないはずの携帯食料がおいしい。
空腹は最高のスパイスなんていうけど、まさにその通りだね。
でも、もう絶対に勘弁な!
俺が食事に集中している間に双角の犀の面々は、周辺の警戒をしてくれている。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
食後の紅茶を遠慮なく頂く。
味の付いた飲み物のありがたみが染み渡るなあ。
「聞いてもいいですか?」
俺が落ち着くのを待っていたのだろう、バウが尋ねてきた。
その視線は椅子代わりにしている岩巨人――グニラエフ立石群の守護者より洗練されたデザインの守護者だ。
そして、俺の背後にぽっかりと空いた空洞に続けて向けられる。
「えっと、精霊族の遺跡発見、みたいな感じです」
「すると?」
「予想通り、この先に管理室がありましたよ。他にも色々と」
「……お互いに順番に話した方がよさそうですね。エマ、君も知りたいのでしょう? そろそろ落ち着きなさい」
バウが援護してくれて助かった。
正直、年上の女性に泣かれるのはきついんだよね。
ティレアさんを泣かせてしまったのもそうだし、アリア姉を泣かせてロミオ兄に恐れたりもそうだし、トラウマではないんだけど、苦手意識がある。
エマが落ち着くのを待つ間にバウたちの話を聞いて、それから俺は地底湖に二度目のダイブを果たした後の事を説明した。
守護者との戦い。
飢えとの戦い。
パイプから考察したポンプ室。
「ポンプ室、ですか」
魔導具のポンプはあるけど、それを大規模に施設、管理するというのがピンと来ないのだろう。
一般的な認識では井戸で使われる手押しポンプみたいなのだから無理もない。
「はい。地底湖の液状マナを汲み上げる装置ですね」
そもそもの話、オド・ネメニファーラ大空洞の全てが精霊族の遺跡だとして、遺跡群が動くエネルギーが必要になる。
汲み上げられた液状マナはそれらにも使用されていた。
もちろん、それだけではない。
古代精霊語の資料を解読した限りだけど、パイプは地上部分にまで達しているらしい。
精霊族は液状マナを活用していたようだった。
この遺跡はそのための施設だったのだろう。
「けど、ポンプ室の機能がお手上げで……」
前世のコンピューターみたいな感じになっていて、どこを触ればいいのかさっぱり。
ようやく復帰した儂に任せても、斜め四十五度の角度でチョップの一択になってしまうようなので、必死になって残っていたボロボロの資料を読み解いたわけだ。
これに二日かかった。
その間、地底湖に戻って液状マナを飲んで飢えを凌いでいたんだけど、本当につらくてつらくて。
「でも、それでどうしてわたしたちより早くここに来れたの?」
千メートルもの距離を登ったエマからすると当然の疑問だろうな。
俺は奥の通路を指差した。
「昇降機があったんだよ」
「なるほど。古代精霊族が地底湖に行く際に使っていたんですね」
バウは一言で察してくれた。
正解だ。
いくら精霊族が魔法を使えて、擬似精霊や異形生物に襲われないからといって、こんな過酷な道程を進むわけがない。
当然、安全かつ高速に移動できる手段を用意する。
そうだと思ったから、俺はポンプ室を探したのだ。
まあ、入り口のようにスイッチひとつで上り下りといかなかったのは誤算だったけど。
「すると、その遺跡群はこの扉の?」
「はい。出入り口のスイッチを押したら、扉の岩が変形したんです」
変形ロボットみたいで興奮したのはナイショだ。
そして、広場の方に向かって威嚇するように腕を広げた岩巨人を、後ろから一撃で砕いたのも彼の名誉のために秘密にしておこう。
「けど、もう空腹で目が回って、これはまずいなあってところで皆さんが来てくれたんです。本当に助かりました」
「お礼を言うのは私たちの方です。君がいなければエマは助からなかったでしょう。ありがとうございました」
深々と頭を下げるバウ。
他の面々も警戒を続けながらもお礼を言ったり、目礼を送ってくる。
そんな中、エマが俺のリュックを差し出してきた。
「カルロ君、これ、頼まれてたやつ」
「ありがとうございます。確かに受け取りまし、た?」
受け取ろうとして、でも、エマはリュックを離さない。
俯いてしまって顔が見えないんだけど、何やらもじもじしている。
さりげなく、双角の犀の面々があさっての方を見始めた。
ビータに至ってはへたくそな口笛まで吹き始めたんだけど、なにこれ?
「カルロ君、あの」
「? はい」
「あの、わたしね、カルロ君を信じるよ。信じるって決めたから、皆の所まで戻れたんだよ」
ああ。
守護者の縄張りを抜ける時の話だね。
家族と恩人の間で迷っていたけど、決めたんだ。
その決意があの下層から双角の犀と合流するまでの力になったのなら俺も嬉しい。
これはなんとしても信頼に応えないとな。
そして、グレムラン商会には目に物見せてやるぞ。
「それでね!」
決意を新たにしてると、エマはリュックを離して、俺の手を握ってきた。
ただ事ではない雰囲気に黙って続きを待つ。
「わたし、カルロ君の事……」
痛いぐらいに握り締めてくる。
双角の犀のメンバーは余所見をしているふりをしながら、全員がこっちをガン見だった。
再び俯いたエマはそれに気づかないまま、何度も深呼吸を繰り返して、思い切ったように顔を上げる。
耳まで真っ赤にして、少し涙目だ。
「カルロ君の事、尊敬してるよ!」
双角の犀の全員が一斉に溜息をついた。
なんだか無言のままエマを睨んでいるんだけど、どうして吊し上げられているんだろうか。
エマは座り込んで小さくなっているし。
「あ、ありがとうございます?」
それにしても尊敬か。
儂ではなく俺というのは新鮮だな。
その尊敬にも応えられるように動くとしようか。
エマを小突いたり、背中を叩いたり、説教したりする双角の犀の面々に話しかける。
「じゃあ、帰りましょうか」
「いえ、そろそろ夜ですし、今日はここで野営にしませんか?」
時間の感覚がないからわからなかったけど、そうだったんだ。
でも、わざわざこんな場所で夜を明かす必要はないだろう。
俺は背後に空いた穴を指し示して笑いかける。
「当然、昇降機は外まで繋がってますよ」
そうして、俺と双角の犀の面々はオド・ネメニファーラ大空洞からの脱出を果たし、半月前のように大騒ぎになるのだった。
第四章終了です。
次回から間章に入ります。




