122 バウ
今回はバウ視点になります。
122
「そうですか。カルロ君が……」
ようやく意識を取り戻したエマから何があったか聞き、私は言葉を失ってしまいました。
中層の戦いに協力してもらってから、下層七百メートル地点まで道を共にした学生。
入学したばかりの十二歳とは思えない子供。
噂に聞く実績。
遺跡への考察。
卓越した戦闘能力。
緻密かつ巨大なストレンジ操作。
それらを扱う精神力。
そして、一度だけ、一瞬だけ見せた規格外の『強さ』。
天才とは彼のような人間の事なのだろうと痛感させられました。
私たちがここまでエマの救助に下りてきたのも、彼ならばと思ったからです。
突然の襲撃に吹き抜けに投げられたエマ。
助かる可能性はありません。
それでも、先に進んで下りていたカルロ君ならば、エマを救ってくれたのではないかと、根拠もなく思ってしまったのです。
そして、そんな無理難題に彼は十全に応えてくれたのです。
膝を抱えて座り込んだエマ。
あの絶望的な状況から救い出してくれたとは、感謝の言葉もありません。
「大変でしたね」
こんな言葉しか出てきません。
あのカルロ君をして勝てないと言わせた相手と戦い、落ちていったなんて。
身を挺して庇われたエマはよくここまで戻ってきてくれました。
「リーダー、行こう」
そんな彼女は私に預けていたカルロ君のリュックを抱きかかえたまま立ち上がります。
嘆きながらも、涙はこぼさず、強い意志を瞳に宿していました。
驚きを禁じ得ません。
私の知るエマならば心折れて、動けなくなってしまったでしょうに、ほんの数日で別人のようです。
「急がないと」
命の恩人であるカルロ君から託された荷物を届けるのだと。
不眠不休、飲まず食わずの状況から救出されて、とても本調子とは言えないでしょうに、凛とした雰囲気です。
リーダーとしては止めたいところですが、聞かないでしょうね。
それにこちらも物資の余裕があるわけではありません。
少しでも気力が残っている内に戻るべきでしょう。
道も実際に通過していますし。道中の敵も倒したばかり。
決して条件が悪いわけではありません。
「わかりました。隊列変更、後衛にセルズ、補佐にエマ。中衛に私。前衛にアレン、ビータが一組。カッティ、ダズが二組。一組は戦闘を、二組は登る事を優先でお願いします。いいですか、速度を優先。採掘は考えません。急ぎますよ」
やはり、エマが戻ると連携がスムーズですね。
来た道を戻る行程が非常に楽になりました。
戦いになっても安定性が違います。
私の援護がほとんど必要ないほどです。
二日掛けて下りてきた道が、一日で踏破できてしまうペースになるのだから、連携の大切さが身に染みます。
そろそろ七百メートル地点に近づいてきたせいか、それとも仕事が減ったせいか。
上り坂を登っていると、不意に最深部へ落ちていったという少年を思い出してしまいます。
カルロ・メリヤ君。
告白すれば、私は彼に恐怖を覚えていました。
最初は優秀な学生。
次は天才への嫉妬。
そして、最後は、恐怖。
カルロ君が悪いわけではありません。
彼は善性の人間なのは疑いないでしょう。
ほんの数日の交流でもわかるほど、彼は人が善いとわかりましたからね。
ですが、カルロ君は眩しすぎるのです。
常に前を見据えて、ひた走る彼に見られていると自問自答してしまうのです。
私はこれでいいのか、と。
満足してしまっているのでは、と。
全力を尽くしていないのではないか、と。
心の影が浮かび上がる気持ちでした。
それが、怖い。
「いけませんね」
誰にも聞こえないように呟き、自戒しましょう。
己の怠惰を、諦念を晒され、奮起すると言えば、耳に聞こえがいいかもしれませんが、リスクを考えて行動しなければ自滅が待っています。
少なくともリーダーである私には許されません。
実際、この千メートル地点まで下りてくるなど、真っ当なリーダーの判断ではありませんでした。
チームの生存を考えれば、エマは諦め、七百メートル地点で待機するか、カルロ君との約束を捨てて戻るのが正解でした。
事実、道中は何度も危ない場面があったのです。
下手をすれば全滅もありえました。
今回はエマを救うという望外の結果を出せましたが、奇跡が起きたようなものです。
彼についていける人間は、本当に強い人間だけなのでしょうね。
心のどこかでついていきたい、彼の見る世界を一緒に見たいと叫んでいますが、この望みは捨てるべきです。
残念ながら、私はそこまで強くはない。
齢も三十半ばを過ぎ、竜卵は八層へと到達しましたが、限界が見えてきました。
引退という言葉が頭をよぎる事もあります。
きっと、彼の噂を耳にして、活躍を喜ぶのが身の丈に合っているのでしょう。
「だから、絶対に戻ってきてくださいよ」
私は君の活躍を聞きたいのですから。
「大丈夫です」
そんな私の独り言が聞こえたのか。
まっすぐに前を見据えて坂道を登りながら、すぐ後ろを登るエマが続けます。
「カルロ君は絶対に帰ってきます」
思わず立ち止まった私を追い越していく背中が眩しく見えました。
彼女は、強い人間なのかもしれませんね。
チームの最年少。
唯一の女性。
実力は並ですが、採掘とムードメイカーとして優秀などと考えていましたが、認識を改めるべきでしょうか。
肩を叩かれました。
振り返れば最後尾のセルツが前をいくチームメンバーたちを見つめています。
「若い奴はすぐ成長する」
「ええ。そうですね」
「おれたちも負けられない」
驚いて見上げれば、無愛想な彼が僅かに口元を緩めていました。
彼とは十年以上の長い付き合いですが、こんな一面があるとは知りませんでしたね。
なるほど。
私が知る世界とはこれ程に狭いのですね。
「いくぞ」
「ええ」
もう一度肩を叩かれて、止まっていた足を持ち上げました。
遅咲きの花というのも悪くないのかもしれません。
そんな事を内心で考えていると、前を行く五人が足を止めていました。
前を見つめたまま彫刻のように固まっています。
油断をするな、報告はどうした、そんな言葉よりも先に疑問が立ちました。
私はメンバーを信頼しています。
こんな些細なミスを誤認が揃ってするとは考えられません。
それ程の何かがこの先にいるというのでしょうか。
私はセルズと頷き合い、アームズを構えて五人の前へと踊り出ました。
まずは彼らを使い物になるように復帰させなければ話になりません。
「戦闘じゅ……」
最後まで言葉にできませんでした。
七百メートル地点に設けられた採掘のための広場。
その真ん中に岩石の巨人が現れていたのです。
五メートルはありそうな巨大な人型。
長年の探索者の勘が、これが強力な遺跡群だと告げています。
いえ、正しくはこういうべきでしょう。
強力な遺跡群『だった』と。
巨人は胴体を砕かれて、四肢がバラバラです。
胸の魔晶石も粉々でした。
しかし、それだけならば私たちは驚きはしても、こうも無様に硬直なんてしません。
私たちを驚かせたのはただ一人。
そんな巨人に腰かけて座る少年――カルロ・メリヤがそこにいました。
「あ、お帰りなさい。その、ご飯、もらえませんか?」
まったく。
これだから天才は恐ろしいですね。
どうしようもなく、人を惹きつけてしまうんですから。
言葉もなく駆け寄って抱きつくエマを見送り、私は溜息を吐くのでした。




