121 戦後の戦い
121
腹が減って目を覚ました。
「……あー」
左手には岩の壁。
右手には広い地底湖の水面。
穏やかに漂うマナの輝きが目にまぶしい。
ぷかぷかと気絶した魚みたいに地底湖に浮かんでいるらしい。
本当なら慌てて溺れかけるところだけど、まだ頭がぼんやりしているせいかゆっくりと状況がわかってきた。
地底湖の端っこ。
岸壁に流れついたのか。
儂は……まだ起きていない。
ロープの全損もだけど、あの守護者との戦いにかなり神経を使っていたからなあ。
ぼんやりしているのもそのせいだ。
結果だけ見ればたったの一撃で倒したように見えたけど、かなりギリギリだったのがよくわかる。
あれで倒せなかったら殺されていた。
「ロープは……大丈夫みたいだね」
竜卵を発動させると十メートルの長さに戻っている。
体の怪我も火傷も残っていない。
液状マナのおかげだろう。
体が冷え切っているという事もなし。
本当に便利だな、これ。
まずいけど。
シャンテの失敗した料理よりも……いや、あれは至高の料理だったな。
うん。炭にしか見えなかったし、苦味しかなったけど、シャンテが作ったというだけでおいしくいただけた。
「よっと」
とりあえず、岸壁を上がってみる。
ロープを伸ばして手探りで岩に結びつけて、必死になってよじ登れば、そこは見覚えのある景色だった。
どうやら、ここは最初に落ちた時に落ち着いた場所らしい。
「うあー」
だるい。
どれだけ気絶していたのか。
お腹が減った。
けど、物資の入ったリュックはエマに渡してしまっているから、食料はどこにもない。
この状態で崖登りは無理かなあ。
岸に上がるだけでも苦しかった。
せめて、食料でもあればなんとかなると思うんだけど、このままだと戦闘なんて一度で限界かもしれない。
「……守護者、食べれないかな」
どう見てもおいしそうではなかったけど、好き嫌いは言っていられない。
毒がなければそれでいい。
白炎で中から炙られているからイケるだろう。
空腹のせいで考えが短絡的になっている気もするけど、割と深刻な問題だ。
崖が登れなければ、ここで飢え死にする未来が待っている。
守護者がいたはずの場所へ向かう。
そこまで離れていないはずだった。
重い体を引きずって、歩くこと十分。
絶望が待っていた。
「溶けてる……」
膝から崩れ落ちた。
守護者を倒した跡には、なんだか墨みたいに黒ずんだ水たまりができている。
なんなの、こいつ。
溶けるとか、バカじゃないの?
自然界に生きろよ。
循環しろよ。
生態系、なめてんのか。
エコロジーを勉強してきやがれ!
しかし、どんなに嘆いても食えるわけがない。
こんなのを泥水みたいに啜るぐらいなら、液状マナをヤケ飲みするに決まっていた。
「やばい」
余計な体力を消費しないように寝っころがって考える。
折角、生き残ったというのにこれか。
飢えとの戦いか。
ちょっとした拷問だぞ、これ。
守護者がいなくなったから異形生物が縄張りを越えて下りてくるかもしれないけど、それを狙うべきだろうか。
食べられるかどうかは別にして、それぐらいしかカロリーを補給する算段がない。
「どうだろうなあ」
今すぐに来てくれるならまだ戦えるだろうけど、あまり時間が過ぎると動けなくなりそうなんだよな。
飢え死にも辛いけど、生きたまま食われるなんて地獄だぞ。
少し考えて、立ち上がった。
待つのは俺も儂も性に合わない。
どうせ倒れるなら前のめり。
やるだけやって、納得できる方がいい。
這い上がった場所に戻って、壁面に近づく。
ただの岩が並んでいた。
「儂ほどじゃないけど……」
ロープを解いて、広げた。
糸なんて言えないけど、紐ぐらいの細さにはなったんじゃないかな。
というか、どう考えても儂の操作がおかしいのだ。
あれでパソコンは壊しそうで怖くて触りたくなかったとか、どういう思考回路をしているのか我が事ながら不思議でならない。
紐を岩壁に這わせながら歩く。
見るだけではただの岩の隙間にしか見えない場所を探っていく。
何かあるはずだ。
七百メートル地点で見つけたスイッチのような何かが。
もう、オド・ネメニファーラ大空洞が自然物とは考えられない。
少なくとも精霊族の手が最下層まで入っているのは確か。
「パイプがあったもんな」
最初はあれで魔晶石や動力核を下層から運んでいたのではと考えていたけど、それなら中層にあったような運送装置を使うはず。
ならば、あのパイプで何を運んでいたかといえば、ひとつしかないだろう。
この地底湖を満たす液状マナに決まっている。
いま考えればあれは本命を隠すためのダミーだったのかもしれない。
あれを見れば、壁の奥にパイプが通されているなんて考えもしないだろうから。
精霊族はこの施設から離脱する際に、入り口を土の下に隠した。
次にこの地を支配する者に力を与えないように。
中層というわかりやすい餌を用意して、下層は一見すると自然そのままと思わせて、異形生物に守らせて、最後には守護者なんて化け物を用意して、一番の秘密を隠したのではないだろうか。
だとすれば、パイプに関連した施設がないわけがない。
液状マナを吸い上げるポンプ室のような何かがね。
きっと整備や調査のために出入りするための通路だってある、といいいなあ。
「この辺りのはずなんだ」
壁を念入りに探る。
見落としがないよう慎重に。
根拠はある。
地底湖で浮かんでいた時、俺はこっちに流されていた。
つまり、この地底湖は一見すると貯水池のようになっていながら、緩やかながらも流れがあるという事だ。
普通の洞窟の地底湖ならばどこかに穴が開いていて、流れがあるんだと考えるけど、精霊族の遺跡だとすれば可能性は低いだろう。
だったら、流れの原因はパイプにあると考えられる、と思う。
果たして、スイッチはあった。
今まで見てきたのと同様のスイッチ。
壁の奥まった隙間に隠されていた。
「よし」
迷わず押した。
いつ儂が回復するかわからない現状では、時間をかけても体力が目減りしていくだけだ。
何があっても対応できるように紐をロープの戻して、両手に巻きつける。
「え?」
目の前で音もなく岩が崩れた。
いや、分解したというのが正しいのか?
足元に細かい砂が落ちて広がっている。
消えた岩の向こう側には暗闇が続いていて、マナの灯りも届かない。
とりあえず、いきなり守護者に襲われるなんて展開はなかったみたいでほっとした。
あんなのと今、戦ったら儂でも瞬殺されるからね。
「砂、にしか見えないな」
落ちた砂をすくってみても特別なところは見当たらない。
試しにもう一度スイッチを押してみると、何もないところから土が盛り上がっていき、みるみるうちに固い岩になってしまった。
「精霊族の元素魔晶石か」
守護者が使ったのと同じ原理だろう。
マナを自然現象に変換するんだったか。
検証はこれぐらいにしてもう一度スイッチを押し、奥への道を開く。
「ゴーグルは、無事だな」
マルスからもらったゴーグルの具合を確かめる。
戦闘中もずっと掛けていたけど、暗視の効果は失われていなかった。
探索者のために頑丈に作ってくれていたんだろう。
しっかりと奥が見渡せる。
そこにあったのは自然物では有り得ない綺麗な通路だ。
「当たりだね」




