119 地底湖の戦い
119
強敵。
不利な戦場。
ままならぬ状況。
悪条件が重なるなら、戦いを避けるのが賢いだろう。
では、避けられぬならば、どうすればいい?
「戦場を整えればよいだけじゃな」
着水の寸前に浮遊も図式で勢いを殺したのは前回と同じ。
地底湖の中央。
立ち泳ぎで呟く。
岸の上を睨めば守護者の姿。
高さ五十メートル以上に位置から壁に何度も激突しながら落ちたはずじゃが、白炎を竜砲以上の傷はないよう。
儂が着水してからすぐに立ち上がりおった。
自分を傷つけ、縄張りから落とした儂へ怒り心頭らしいのう。
まったく。
つくづく、化け物じゃな。
ともあれ、儂は戦いに集中できるし、壁面なんという特殊な場所ではなくなっておる。
これなら勝機も見いだせるじゃろう、たぶん。
「さて、どうするか」
条件は良くなったが、状況は悪くなったかもしれん。
さすがに至近距離での白炎はまずかったのう。
火勢の強かった上半身は大火傷じゃ。
体当たりと締め付けで骨身の壊れかけ。
それにロープもほぼ半分か。
これ以上、消耗すれば気絶は必至じゃな。
七層の竜卵の効果と、地底湖の液状マナの回復効果で急速に回復しておるが、一瞬で完治できるわけでもなし。
今は警戒しておる奴がいつまでも待ってくれるとは思えんな。
「やはり、賭けに出るしかないかのう」
気が進まんが、格上相手に確実な勝利なんぞ望むべくもない。
そうと決まれば、迷うだけ時間の無駄。
賭けを実行に移して、儂は地底湖の液状マナをすくい、一気に飲み干した。
接触で回復するなら、直接服用すればどうなるか期待してみようじゃないか。
細菌、毒性、副作用なんという単語が頭に浮かぶが、全部後回しじゃな。
とりあえず、確かな事は。
「まっずいのう」
思わず吐きそうになった。
いや、青汁なんて優しい物じゃないぞ、こりゃあ。
ちと泣きそう。
刺激臭がせんから油断したわい。
「――っと!」
ビュンと何かが風を切る音。
考えるより先に水中に潜りこむ。
不確かな青い視界に影が越えていき、強い波が押し寄せてきおった。
守護者が飛び込んできたか?
うねるような波の中を泳いで、距離を取ってから水面に出るが、守護者は立ち位置を変えておらんし、新手が現れた様子もなし。
しかし、続けて先程の風切り音が聞こてくる。
再び水中に沈めば、今度は何度も衝撃がやってきた。
なんじゃ、なんじゃ?
何が飛んできておる。
青く色づく液状マナのせいで見極められん。
とりあえず、影が差した以上は物体であるのは間違いなさそうじゃが、正体がわからんと対処のしようもない。
水面へと戻り、息を吸い込む。
「ぷはっ、っと、またか!」
三度目の風切り音。
今度はわざと一拍置いてから沈んでみれば、何が飛来したのかがわかった。
岩じゃな。
鍾乳石のように尖った岩が飛んできよった。
守護者の両腕の獅子と馬の口腔から交互に放たれるのが見えたぞ。
あんなもの、砲弾と変わらん。
一発でももらえば体に穴が開きかねん。
命中率は良くないが、あれだけ連発されればいずれは当たる。
水中でぶつかっても被害は大きそうじゃ。
精霊族は自然の力を魔晶石に込めた元素魔晶石なる物を作れたと言っておったが、それと同じ技術かのう。
あの守護者が精霊族の生み出した物ならありえる。
種は割れたが、どうする?
息が続かんから水中におるわけにもいかんしのう。
こうしている間にも傷は治っておる。
直接摂取のおかげだろうか?
頭から浸かっているおかげかもしれん。
とにかく、火傷と骨折はずいぶんとよくなった、気がする。
ロープはまだ七割。
できれば完全回復といきたいがのう。
まずい水を飲んでも、ちっとばかり回復が良いぐらいでは割りがあわんわい。
「ごぼっ!?」
再び水中が揺れた。
浮かんでこない儂を追いたてるように何度も岩を撃ち込んでおるのか。
弾切れを期待したいところじゃが、そこまで優しい相手ではあるまい。
なにせここはオド・ネメニファーラ大空洞の最深部。
マナの補給だけはいくらでもできるのだからのう。
いくか。
戦う前に岩に貫かれるのは性に合わん。
残りの息が続く限り横へと泳ぎ、一気に水面へと上がる。
「はあっ! ――っぁ、はあ、ええい!」
守護者が反応した。
両手をこちらへと向けてくる。
すぐにでも岩が飛んでくるじゃろう。
じゃから、先に撃つ。
「模造武装――拳銃!」
左の五指。
その先に描いた五つの図式。
小型の竜砲を連続発射する。
白の弾丸が飛来した岩と激突し、砕き、貫き、守護者を襲う。
その弾丸を守護者は避けもせん。
ふん。
当たっても効かんとわかっておるのか。
狙い通りじゃ。
「模造武装――砲弾!」
一割のロープを使った右手の図式。
弾丸とは比べ物にならない白い砲撃が守護者の足元を襲った。
岸壁の淵が砕けて落ちる。
守護者は慌てたように岸から距離を取った。
「どうやら地底湖に落ちるのは嫌なようじゃのう?」
答えの代わりのように岩が飛んできて、再び水中へと逃れた。
何度も岩が撃ち込まれてくるが、ある程度深く潜れば威力はほとんど死んでおるな。
別所に泳ぎながら思考を続ける。
烏賊のような触手を持っておきながら、どうして岸から近づかんのか疑問じゃったが、あからさまに落ちるのを避けたのだから何かしら理由があるのだろう。
まさか、泳げないなんて間抜けな理由ではないとして……、ルールかのう?
精霊族が最優先で守りたかったのはこの地底湖。
液状マナだとすれば、守護者である奴にとってここは不可侵の聖域。
飛び込むなんて許されんじゃろう。
しまったのう。
これなら最初から地底湖に叩き落としておればよかったかもしれんな。
壁にぶつけて大根おろしみたいに削れてしまえと竜砲の角度を変えたのが裏目に出てしまったか?
いや、そうでもないか。
直感じゃが、なんとなーく、やばい事になりそうな気がしよる。
ルールに抵触して暴走。
液状マナが尽きるまで岩を放ち続ける砲台になる……いや、自爆して大爆発なんて可能性すらある。
最深部が崩落するレベルでの。
「ぷはっ! むぅっ!」
息継ぎをして、即座に潜った。
たまたま気づくのが早かっただけかもしれんが、守護者の反応が良くなっておったぞ。
岩が降り注いできよった。
さすがに四つも頭があるだけあって死角が少ない。
いつまでも息継ぎができると思わん方がいいのかもしれん。
どうする?
模造武装――拳銃と模造武装――砲弾を組み合わせて、銃撃戦をするか?
ないな。
一割強の模造武装――砲弾でも、至近距離から脆そうな翼の付け根を吹き飛ばしただけ。
こんな離れた場所から撃って減衰した砲撃で倒せるとは思えん。
距離を詰めようにも、泳いで近づけばさすがに気付かれてしまうだろう。
岸に上がるのも却下じゃ。
奴が地底湖に入れんから生き残れているだけ。
地上戦では儂も三度程度しか凌げそうにない。
高速の体当たりで右腕が砕かれ、左腕が砕かれ、足が砕かれ、最後は壁に叩きつけられてぐちゃあっと染みになる未来が待っておる。
持久戦もまずいのう。
液状マナに浸かり、飲み、確かに回復は早くなっておる。
しかし、それでニョキニョキとロープが伸びるわけではない。
さっきの二回で一割強が失われて、残りは六割と少し。
すぐに力尽きてしまう。
この状況で気絶なんぞしたら湖底に沈むか、ぷかりと水面に浮かんだところを狙い撃ちの二択しかない。
一撃で命を絶つ方法。
それがいるわけか。




