118 エミリア・フィランゼル
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カルロ君が、落ちた。
化け物に襲われかけて、ほんの一瞬でなにが起きたかもわからなくて、揺れて、痛いって思ったら、わたしは岩場の上にいた。
でも、そこにカルロ君はいなくて。
すごい音がして下を覗き込んだら、カルロ君が化け物に捕まってしまっていた。
わたしが無事で、あのカルロ君が捕まっている状況。
それだけでわたしはまた助けられたんだって気づいた。
「カルロ君!」
助けないと。
すぐに助けけようと竜卵を発動させて、止まる。
助けるって、どうやって?
あまりにも強すぎる敵。
わたしがここから飛び降りて、剣を突き立てたとしても刃が通るなんて信じられなかった。
弾かれて、落ちていくだけ。
臆病なのは否定しない。
でも、きっとそれが現実で、事実だった。
それでも、見捨てるなんて絶対にできない。
弾かれて落ちたとしても、あの化け物の気を少しでも引けたなら、カルロ君はきっと脱出できるはず。
そんな決意をやっと固めた時だった。
まるで光が爆発した。
一瞬だったけど、 白い炎が青いマナの輝きを吹き払う。
カルロ君と化け物の辺りから、突然噴き上がった白い炎は、化け物の触手と壁と、カルロ君を焼いていた。
その隙にカルロ君は化け物を空中に蹴り落としたけど、壁まで崩れてしまっていて、一緒に落ちてしまいそう。
そこまでやったのに、化け物は背中の翼を広げようとしている。
あんな大きな体が空を飛べるとは思えないけど、壁に戻るぐらいならできそうだった。
カルロ君がその翼に飛びついた。
まるで鳥や獣みたいな綺麗で、怖くなるぐらい速い。
広がりかけの翼にしがみついて、手を伸ばす。
そして、いきなり白い光が放たれた。
観察している時にも使っていた竜砲に似たあれなのかもしれない
でも、今のこれは竜砲そのものだった。
記念式典で皇帝陛下が披露された、空を貫くあの強力無比な奇跡。
それに勝るとも劣らない光は化け物の翼を見事に吹き飛ばして、そのまま壁へと叩きつけてしまう。
あまりに現実離れしすぎていて、心も頭も追いつかない。
でも、そんなポンコツなわたしでもわかる事がある。
化け物に襲われて、
炎に焼かれて、
ストレンジの半分近くがなくなったカルロ君。
そんなカルロ君が吹き抜けを落ちていく。
青いマナが邪魔をして。ほんの数秒で見えなくなってしまった。
「カルロくーーーーーーーーーーんっ!」
叫んでも、返事はない。
地底湖からここまで六十メートル以上。
普通なら助からない。
でも、カルロ君ならとも思ってしまう。
実際、わたしを助けた時に落ちているはずなのに、助けてくれている。
だけど、あの化け物も一緒に落ちていた。
焼かれて、かたっぽの翼がもげて、この高さから落ちたとしても、あれが死んでいるとはどうしても思えない。
あのカルロ君が『まずい』と『どうしようもない』と戦いを避けた相手。
なのに、落ちていくカルロ君の姿はボロボロだった。
化け物よりもずっと酷い怪我をしていた。
いくらカルロ君でも無理だって、頭の奥の冷静な部分が言っている。
「た、たすけ、ない、と」
言葉にしてみるけど、体は動かない。
怖い。
怯えている。
震えが止まってくれない
でも、それ以上にわたしは無力だった。
下に行く方法がない。
行けたとしても足手纏いになる。
そう、足手纏い。
カルロ君は一言も愚痴も文句も言わなかったけど、誰よりもわたし自身がわかっていた。
リーダーの言葉を思い出して、悔しくて、悲しくて、涙が溢れてくる。
十歳も下の男の子に助けられるばかりで、本当に何もできないんだ、わたしは。
ほんの少しの奇跡を祈って、ここでカルロ君を待とうか。
気持ち悪い生き物に襲われるかもしれないけど、一人でも少しぐらいなら大丈夫なんじゃないか。
そんな事をぼんやりと考えていて、不意に思い出す言葉があった。
『エマ、頼んだぞ』
揺れて、痛かった瞬間。
確かにカルロ君はわたしにそう言っていた。
あの強くて頼りになるカルロ君がわたしなんかに『頼む』なんて言ったんだ。
何を?
そんなの決まっている。
無意識に抱きしめていたカルロ君のリュック。
この中には彼が友達のために手に入れた魔晶石と動力核がある。
カルロ君にとっては敵で、裏切り者って思われても仕方ないわたしに預けてくれた、大切な物だ。
これを届けてほしい。
そういう事なんだと思う。
それにどんな意味があるの?
わたしの声で誰かが耳元に囁く。
こんな時でも冷たく、打算的な考えをするわたしだった。
鏡写しのわたしがわたしを見る目は冷たい。
グルグルと頭の中でわたしはわたしと口論を繰り広げる。
カルロ君は恩人だ。
でも、もういない。きっと助からない。恩は返せない。
返せる。これを届けてほしいって託されている。
意味なんかない。それに家族はどうする? グレムラン商会にばれたら鉄道の話がなくなってしまうかもしれない。
でも、放ってなんかおけない。
じゃあ、家族は捨てる?
それは、できないけど、カルロ君が信じろって。
そのカルロ君がいないじゃない。わたしを助けて落ちてしまったじゃない。足手纏いを助けたせいで落ちちゃったじゃない。
だからこそ、せめて、これを。
届けて、家族を見放すのね。
そんな事できないってわかってるでしょ!
なら、そっちを捨てなさいよ。誰も見ていない。カルロ君もいない。ここでそれを捨てちゃえば全部解決。頑張って双角の犀と合流して、適当に辻褄を合わせて、帰れば今まで通りじゃない。家族は鉄道が通って幸せ。あなたもいつもの日常が続いて幸せ。失ったものはどうしようもないんだから、それで満足しないと――。
「できない、よ」
気が付けば立ち上がっていた。
リュックを抱きしめて、わたしでも登れそうな道を探して、斜面を見上げている。
答えなんて出ていた。
わたしはカルロ君を信じたいと思っている。
バカだ、バカだって自分でも思うし、実際そうなんだろうけど、どうしようもない。
出会ってほんの数日の、十歳も年下で、時々話し方も変になる男の子を、どうしようもないぐらいに信頼しているんだ。
そして、こんなどうしようもないわたしにカルロ君は信じて、託してくれた。
それに応えないなんて、絶対に無理。
双角の犀がいるだろう七百メートル地点までどれぐらいあるのか。
道の険しさも、敵の恐ろしさも、そんなの全部忘れて、歩き出す。
「絶対に届けるからね。カルロ君も、ちゃんと帰ってきてね。お願いだよ?」
そうして、わたしは千メートル地点まで這いあがったところで力尽きた。
不眠不休。
連戦に次ぐ連戦。
不十分な装備。
精神的、肉体的疲労。
立ち上がろうとしても手も足も動いてくれない。
それでも少しでも上へと進もうとした時、頭上から声が降ってきた。
「エマ!」
耳に馴染んだ声。
セルズ?
巨体の前衛リーダーがわたしを抱え起こしてくれた。
周りには双角の犀の皆がいて、辺りを警戒しながらわたしを心配そうに見ている。
「無事、とは言えませんが、よく生きていてくれました。もう大丈夫ですよ」
リーダーの言葉に皆が頷いている。
わたしを探してここまで下りてきてくれたらしい。
不覚にもトキメキそうになったわたしはチョロイ女なのかもしれない。
空っぽの頭でそんな事を思いつつ、リュックを差し出す。
「これ、カルロ、君の、友達に、届けて」
それだけ搾り出したところで、意識を失った。




