117 空中戦
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ロープを上に繋げる間、エマに投石をしてもらって守護者を他の場所に縫い付けてもらう。
十分に石は用意しておるがリュックに入る分では限りがある。
始めたからには素早く為さねばならんな。
ロープの一方は今の足場に、もう一方は目当ての岩場に結びつけた。
儂もエマの背中から抱える姿勢で縛りつけてあるから、すぐにでも出れる。
さすがにこの状況で自前のロープは使えんので、そこは余った布で代用じゃ。
「よし。登るぞ」
「う、うん」
迷いを捨てるには時間が掛かるのだろう。
「今は作業に集中せい。なに、帰りの道中、考える時間はいくらでもある」
「わかった。ありがとう。大丈夫だから」
顔は見えんが、プロ意識を信じようかのう。
実際、投石は問題ない。
五層の竜卵だけあって飛距離も十分じゃし、狙いもよい。
人と荷物を抱えて、三十メートルの綱登り。
目標タイムは一分としておこうかのう。
登り始める。
両手を交互に上へ上へと。
素早く、焦らず、一定に。
両足で挟み、蹴り上げる。
手足のタイミングが肝心。
全身を使って上がりきれ。
「ぬっ!」
そんな儂らの真横を守護者の巨体が通過していきよった。
エマの投げた石が見当違いな方向に飛んでしまったようじゃ。
岩場まで上がった時とは違うスピード重視の登り方に狙いがずれたのじゃろう。
「――っ、ごめん!」
「よい」
短い言葉のやり取り。
エマは投げる頻度を少し落として、そのぶん投げるタイミングを儂の動きに合わせるようにしたようじゃな。
多少のずれはあっても、致命的な外れはなさそうだのう。
十メートルは超えた。
既にロープは半ばを過ぎて、縄張りの中間地点。
守護者はロープを外れた場所に当たる石に反応して、関係ない場所を飛び回っておる。
よい調子じゃ。
「石、もう半分ぐらい!」
「十分じゃ」
このペースなら抜ける方が早い。
速度を重視しているだけに消耗も大きいが、ペースダウンするほどではないわい。
更に五メートルを登る。
残り十メートルか。
あと十数秒もあれば縄張りを越えられる。
そんな時、上から何か音が聞こえた。
「――あ」
エマが漏らした声。
その持ち上げられた視線の先。
急斜面の崖を転げ落ちてくる、何か。
「間の悪い!」
異形生物。
おそらく、既に死んでおる。
上で探索者にやられたのか、足を滑らせたのか。
ともかく、落ちてきたのじゃ。
縄張りに、入る。
儂らの位置。
守護者の位置。
異形生物の死体が入り込んだ位置。
それらがみっつほぼ直線に並んでおる!
「ぬん!」
考えるより先に動いた。
下の岩場に結んだロープを解除。
重力に従って、儂らが壁面へと向かっていく。
寸秒の後、豪風が抜けた。
「きゃあっ!」
直後、儂らを掠めるように守護者が通過し、異形生物の死体を踏み潰す。
そんな光景を視界の端に見ながら、動いた。
ロープを全力で操作。
二人分の重量を強引に持ち上げる。
七層の竜卵を全開にしても足りぬが、同時に手足でロープを引けば、儂らの体が宙に跳ね上げられた。
これで五メートルが稼げたが、もう五メートルが足らん。
空中での判断。
許される時間は一秒もない。
打てる手は二手が精々か。
儂とエマを結ぶ布きれを引きちぎった。
互いを結ぶ支えが消えればバラバラになる。
そして、互いの上昇が頂点に至った瞬間。
「エマ」
「カル――」
空中。
不安定な体勢。
僅かなロープの支えだけが頼りじゃ。
「頼んだぞ」
エマの背中を蹴り上げた。
加減はできん。
全力の一撃。
どこかを痛めてしまったかもしれん。
だが、その蹴りでエマの体は浮かび上がった。
上の岩場へと。
不足した五メートルを補う。
乱暴な方法は大目に見てくれるとありがたいのう。
エマが無事に着地できたかは確かめられんかった。
「があっ!」
とんでもない衝撃に襲われる。
反射的にガードしようと差し込んだ左腕に熱が走り、そして、瞬きする間もなく、背中から次の衝撃が抜けていった。
遅れて認識する。
守護者の軌道に巻き込まれた。
体当たりを受けて、そのまま縄張りへと叩きつけられたのか。
見上げればトカゲ頭が儂を無機質に見ておる。
縄張りに入り込んだ獲物を、冷静に、正確に、仕留めようと、観察しておるのか。
「ぬ、ぐ、がぁあっ!」
触手が絡み付き、壁へとめり込ませていく。
抵抗するが力では勝てん。
しかも、先の体当たりで左腕からは焼けるような痛みが押し寄せて来よる。
これは折れておるかもしれん。
他の骨もギシギシと不吉な音を立てておる。
七層の竜卵のおかげで耐えておるが、時間の問題か。
このままでは数秒と掛からずに全身を砕かれてしまいそうじゃ。
あるいは業を煮やして、両腕の獅子頭か馬頭で食いつかれればどうしようもない。
「カルロ君!」
エマの声がする。
答えている余裕はない。
そして、必要もない。
儂の意思は既に伝えておるのだから。
頼むぞ、とのう。
じゃから、儂は儂のできる事をしようかのう。
ちんたらしておったら、エマが飛び降りてきかねんし、儂の体ももたんしな。
「ちと、熱いぞ?」
あてもなく、耐えていたわけがなかろう。
ロープの三割を用いて張り巡らせた図式展開。
儂は操作していた糸に活力――マナを流し込み、即座に発動させた。
キュイの喉奥から写し取った図式。
浮遊以外のもうひとつのそれ。
模造武装――焼夷弾。
守護者の触手の隙間、そこから白い炎が噴き上がった。
一瞬で糸は燃え尽きてしまうが、至近で発生した白炎は躱せる道理もなく、守護者の足を焼くには十分な火力。
いくら強力な守護者といえど、キュイの炎を受けて無傷とはいかんじゃろう。
これだけで致命傷には届かんが、圧倒的な強者で、無敵として君臨していた守護者にとっては、この痛みを無視はできん。
傷そのものよりも苦痛に驚いた守護者の巨体が傾いた。
さらに白炎よって壁にダメージが加わり、周囲を巻き込みながら崩れてゆく。
この状況では守護者とて壁に張り付いていられるわけがないじゃろう?
「いつまで、抱きついておる。儂にそんな趣味はないわい」
緩んだ隙。
全力で蹴りつけた。
まるでゴムの塊でも蹴ったような感触が返ってくる。
ダメージは与えられていない。
じゃが、今度こそ守護者の体が宙に浮く。
蝙蝠の翼を広げるが、させるかよ。
「ちと、付き合え、若いの」
自らその背中に組みついた。
翼の付け根に手を伸ばす。
既に図式展開は終えておる。
一割強のロープを使った図式。
加減のない、最大威力の竜砲。
模造武装――砲弾。
言葉通りの竜の砲撃が翼を根元から吹き飛ばし、巨体を岩壁へと叩きつけた。
触手を焼かれ、翼を落とされ、壁に叩きつけられれば復帰はできんだろう。
守護者はそのまま最深部へと落ちていく。
そして、儂も同じじゃのう。
吹き抜けの中央。
空中戦で失った高さ。
半分近くまで失せたロープ。
さすがに復帰はできんか。
「カルロくーーーーーーーーーーんっ!」
エマの悲痛な叫びに軽く手を振って、儂は地底湖へと再び落ちていった。




