116 決心
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カナンたち、ネズミ族を住処から追いたてる鉄道敷設計画。
鉄道で結ばれるふたつの領。
その内のひとつが、フィランゼル家じゃったのか。
そうと知って思い出せば、彼女の話にそれらしい要素があった。
『お隣さんとは仲が悪かったし』
『この一年ぐらい忙しいみたいで返事もなかなかないんだけどね』
『大丈夫、大丈夫。忙しいのは景気が良くなった証拠だよ』
カナンから聞いた話とも符合する部分もあるのう。
「別にカルロ君の邪魔しろなんて言われてないよ? でもね、グレムラン商会と関係のある貴族なら『浮遊や飛行の魔導具に関係する話を聞いたら報告しろ、できるなら邪魔をしろ』なんて言われてると思う」
フィランゼル家から出たとエマは言うが、連絡を取り合っておるし、家族だと大切にしてる様子じゃったからのう。
影響が彼女にあっても不思議ではない、か。
「特にノーツ学習院なんて大変なんだよ? そういうしがらみ」
「ああ、なるほど」
サンティエル州の領軍の中にも目や耳があるというのだ。
多くの貴族子弟が通うノーツ学習院も例外ではあるまい。
「実験しておる時も視線を感じておったが、それもかのう」
「うん。たぶんね。生徒だけじゃなくって、学習院の職員にも伝手があると思うから、誰かが見ていたかもしれないね」
そうか。
それでか。
特待生寮の屋上でありながら視線を感じた理由がようやくわかったわい。
ノーツ学習院には高空から映像を投射する魔導具があったのう。
入学説明会で見せられたあれじゃ。
それを私的利用すれば儂らに気付かれずに監視もできるじゃろうて。
むしろ、そんなものを察知したキュイの本能を褒めねばならんなあ。
というか、今更じゃがありゃあ飛行の魔導具ではないのかのう?
気にはなるが、後回しじゃな。
「ふむ。それでエマはどうするつもりなんじゃ?」
エマの事情はわかった。
だから、踏み込む。
彼女を制圧するのは容易い。
荷物も一呼吸の内にとり返せる。
じゃが、対話を選ぶ。
「わかんないよ。こんなのわたしに関係あるなんて考えもしなかったんだから。でも、知っていて、何もしなかったのがばれたら家に迷惑になるの、きっと」
家を出たから、と言ってもダメなんじゃろうなあ。
そんな言い訳が通じるなら、ネズミ族があんな窮状に追い詰められはせん。
「ならば、それを捨てるか?」
「そんなの、できるならやってるよ!」
エマが叫ぶ。
涙の粒が溢れていた。
これは意地の悪い質問じゃったな。
わかっておるよ。
その気があったのならエマにはいくらでもチャンスはあった。
交代で寝ている時にでも荷物から魔晶石を捨てればそれで良かったのじゃ。
だが、せんかった。
できんかった。
だから、こうして悩んで、苦しんで、叫んでおるのだ。
「わたし、カルロ君にすっごい感謝してるんだよ? 助けてくれて、慰めてくれて、今だって簡単に取り返して、突き落せるのに、話だって聞いてくれて。本当に、本当に感謝してるんだよ! でも……でも!」
だが、フィランゼル家も捨てられんのだろう。
当たり前じゃ家族なんだからのう。
人目のない遺跡の中の事だ。
黙っておればいいかもしれん。
しかし、どこに目と耳があるかわからん連中じゃ。
このまま儂が魔晶石と動力核を持って帰った時、同時期に遺跡に折った双角の犀の話が伝わったらどうだろうか。
疑いをかけられないとは保証できん。
恩人である儂を裏切りたくない。
家族にも迷惑をかけたくない。
だから、前にも後ろにも動けずに立ち尽くして、涙をこぼしておる。
まったく、とんだ失態じゃ。
貴族の名前や関係に疎いせいかのう。
知ってさえおればもう少しうまく立ち回れただろうに。
リィナを頼りすぎたつけが回ってきたというところか。
知らんかったとはいえ彼女を苦しめた事実は変わらん。
そこは責任を取らんとのう。
儂はもちろん、グレムラン商会にも責任を持ってもらわんとのう。
まったく、魔導列車の最大手と調子に乗りおってからに。
カナンの件でもムカムカしておったが、こいつはちっと腹に据えかねん。
女を泣かせるでないわ、たわけども。
「エマ」
心の中で決心して、彼女の名前を呼ぶ。
大きく肩を震わせるエマは、叱られるのを覚える子供のようじゃな。
前世の教え子たちを思い出すのう。
芙蓉君もこれぐらい素直じゃったら良かったものだが。
「エマ」
もう一度、今度は少し声音をやわらかくして呼ぶ。
その肩に手を置いて、ひとつ頷き、微笑みかけた。
「その荷物はエマに預けよう」
「……え?」
「もちろん、儂としてはそれを友達たちに届けたい。じゃが、エマの立場を蔑ろにもしたくないからのう」
「でも、そうしたら、わたし」
判断をゆだねられて固まるエマ。
それができんから困っておるんじゃから、当然じゃな。
しかし、その判断だけは彼女がせねばならんのだよ。
儂にできるのは少しでも安心してもらえるよう、信頼してもらえるよう、言葉を尽くすだけじゃな。
とはいえ、多くを語ったところで言葉が軽くなる。
だから、端的に伝えよう。
両肩に置いた手に力を込めて、正面から目を見据えて、真摯に語りかける。
「儂を信じろ。エマの問題も、儂の仲間の問題も、無論、ここの脱出も、全て儂が解決してみせるからのう」
「そんなの」
「できる。信じよ。儂はできん事は言わん」
不可能はないとは言えん。
だが、泣いてる女の涙を止められんでは長生きした甲斐がないじゃろう。
「今、決めろとは言わん。オド・ネメニファーラ大空洞を脱出するまでに決めておいてくれんかのう」
何度も目を逸らしそうになるエマを見つめ続けると、やがてこくんと頷いてくれた。
よし。
後はエマを信じるだけじゃのう。
「そうと決まれば、ここを出るとしようか」
守護者が飛び回る縄張りへと儂はロープを伸ばした。
ここから脱出してみせる。
その言葉が嘘偽りないと、有言実行せんとな。




