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戦う考古学者と卵の世界  作者: いくさや
第四章 オド・ネメニファーラ大空洞
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116/179

113 崖登り

 113


 採掘と採取を終えて、三日目の真夜中だという事で交代で仮眠をとり、朝食を終えてから出発となった。

 そうして装備を改めて、壁際まで来てみたのだが、エマが固まってしまったのう。


「これ、どうやって……」


 見上げた壁は断崖絶壁という言葉を体現しておった。

 地底湖と壁の間にあった僅かな平地部分と接しているのはきついオーバーハング。

 高さにして五メートルぐらいかのう。

 えらく滑らかな壁面をさらしており、指を引っ掛ける場所もない。


 フリークライミングで登るのは無理がありそうじゃのう。

 エマの空元気がみるみる内にしぼんでいくようじゃ。


「他を探さないと……」

「いや、見たところどこも変わらないようですよ」

「だから、ここには生物がいないだ」


 そうかもしれんな。

 ここに落ちてから一度も襲われんかったわけがわかったわい。

 崖から落ちてしまえば蝙蝠擬きや双角トカゲでも登れんだろうからのう。


「こうなったら、もうここで、カルロ君と、ずっと、二人きりで楽園を、ふふふ」

「エマさん、怖いです」


 そんな絶望的な顔をせんでくれ。

 壁を叩いて具合を見る。

 少し強めに打っても崩れる様子はないが、本気で殴りつけるとひびが入って砕けるか。

 ならば、大丈夫だろうよ。


 バッグから採掘で使ったノミを取り出してロープの先端に絡める。

 一度糸にまで分解してから厳重に縛りつければかなり固くなった。

 そして、エマを背中から抱きしめる。


「失礼」

「え、きゃあっ! せ、積極的!」


 割と余裕あるだろう、エマさんや。

 戯言は置いておいて、互いの胴体をロープで縛って固定。

 何をされているかわからないエマが、不安げに振り返ってきた。


「あの、その、最初は顔が見えた方がいいんじゃないかなーって思うんだけど……」

「あー、しゃべると舌をかみますよ?」

「でぃ、でぃーぷ!? でぃーぷなのしちゃうの!?」


 ダメじゃ、この娘っ子。

 頭の中が桃色に占拠されておる。


 無視してロープを操り、ノミをオーバーハングの上へと突き刺した。

 なかなか深く刺さったようじゃ。

 引っ張っても危なげないのう。


 ならば、後は簡単だ。

 ロープを自力で登るだけ。

 人間二人を抱えて登るなんて普通はできんが、その辺りは竜卵の強化を使えば不可能ではない。


「あ、あはは。カルロ君、なんでもできるね」

「ロープって便利なんですよ」


 それもこれも七層にまで達しているからだが。


 しかし、儂の竜卵も既に七層も半ばを超えてしもうたな。

 二年間、シェロカミン大聖堂で何度も人形どもを砕いたおかげで成長しておったが、八層に至るには印の数が倍しておったからのう。

 次の段階まで時間が掛かると思うておったが、立て続けに未解遺跡オリジナルに挑んだせいか、急成長しておるわ。


 一口に遺跡群とまとめても、やはり成長する具合はまちまち。

 恐らく保有するマナの量に関係しておるんじゃろう。

 そういった意味ではシェロカミン大聖堂や未解遺跡オリジナルは効率のいい狩場じゃったな。


 そんな事を考えている内に登り終わったが、さすがに甘くないのう。

 オーバーハングの上にあった平地はわずかなスペースで、依然として垂直の壁が続いておるようじゃ。


「これ、無理だよ」

「いえ、想定の内です」


 予備のノミをロープの反対側に結べば準備完了。

 さっそく、それを頭上の壁にロープで突き立てて登っていく。

 ただの垂直の壁なら足も使えるから実に容易い。


 後はこうやって交互に壁を突き刺して登ればよい。

 壁の石質が脆かったらできんかったが、その辺りの心配はなさそうじゃのう。


「ごめん、本当にわたし足手纏いだ」


 エマが沈んだ声で謝ってくる。

 まあのう、文字通りにおんぶにだっこ。

 年上としては落ち込みもするか。

 とはいえ、儂も遊ばせるつもりはないんじゃ。


「いえ、俺が休憩する間は交代してほしいですし、襲われた時の対処は任せますので、頼りにしてますよ」

「……うん。わかった。頑張る」


 エマは自分の竜卵を確かめて頷いた。

 自分にもできる事があれば少しは気が楽じゃろうしのう。

 さて、気を抜く話にはいかんが、このままだんまりというのも息苦しい。


「エマさんは、貴族令嬢なんでしたっけ?」

「え? あ、うん。そうだよ。元がつくけどね。フィランゼル家っていって、中央でも地方でもない半端な領地でね。これっていう売りもないから貧乏でねえ。お隣さんとは仲が悪かったし、お父様もお母様も皆で領地の人のお手伝いしてたな」


 ふむ。

 いつもは気楽のしゃべりかたのエマだが、家族の呼び方に貴族令嬢の名残を感じるのう。

 登りきったので次のロープを打ち付ける。


「連絡は、取ってるんですか?」

「うん。たまにだけどね。わたしたち双角の犀は基本的に帝都で活動してるから、手紙の連絡も取りやすいしね」

「それは重畳です」

「ま、この一年ぐらい忙しいみたいで返事もなかなかないんだけどね」

「あー、心配ですね、それは」

「大丈夫、大丈夫。忙しいのは景気が良くなった証拠だよ」


 表情を見る限り、強がっているそぶりはないか。

 ならば、よし。


「カルロ君は連絡、取ってるの? その、孤児院に」

「いえ、まだです」

「あ、それはダメだよ。きっと心配してるよ。家族なんでしょ?」

「ですね。この二ヶ月、忙しかったけど、手紙ぐらい書かないといけませんね」


 実際は大聖堂を使って帰れるわけだが。

 グニラエフ立石群からカナンの問題と立て続けに起きているから余裕がなかったのう。


「これが終わったらちゃんと連絡します」

「うん。それがいいよ。家族は大切にしないと」


 お姉さんぶってうんうんと頷くエマ。

 指摘は至極当然なので謹んで拝聴しようかのう。

 四度目を打ち付けて登る。


「そういえば、カルロ君はどうして魔晶石と動力核が必要だったの? 魔導学科からの依頼、じゃないよね? 依頼だったらまずわたしたちみたいな探索チームに来るはずだし」

「友達のためですね」

「え、それって男の子? 女の子?」

「う、ん? 一人は女の子ですが、もう一人はどっちだろう……」

「そこで悩むの!?」


 マルスを男とするか、女とするか。

 どう伝えればよいのか判断に迷うのう。

 果たして『身長二メートル越えした筋肉質のアフロヘアをした女装したおねえ』と話して信じてもらえるだろうか?

 ありゃあ、実際に見てもらわんと無理じゃないかのう。


 真剣に悩み始めた儂を察して、エマが話を進めてくれた。


「そっか、友達のためか、すごいね。こんな命懸けで」

「あー、そう、なのかもしれませんね。でも、特別な事じゃありませんよ」


 この辺り、俺も儂も同じじゃな。

 助けたいから、助ける。

 きっと、それだけじゃよなあ。


「だから、わたしも助けてくれたんだね」


 否定はできんな。

 エマが落ちてきたのを見て、助けないという選択肢は思い浮かびもせんかった。


「あー、そっか、そうなんだねえ。きっとわたしたちの『特別』とカルロ君の『特別』って違うんだろうなあ。あー、もうなあ、これ、色んな子が勘違いしちゃうんじゃないかなあ。うん。きっとそう」

「勘違いですか?」

「カルロ君が罪づくりって事!」


 失敬な。

 儂は紳士のつもりじゃぞ。

 まあ、エマは笑っておるし本気で責めておるわけではなさそうか。

 五度目の操作を終えて、登っていく。


「それでそれで? 友達のためって、どうしてそうなったの? 友達のためなんだよね? ね?」


 カナンの事情を勝手に話すわけにはいかんな。

 大枠を抜いてしまって、端的に目的をまとめると。


「浮遊の魔導具を作ってるんですよ」

「え?」

「友達っていうのが魔導学科の主席と次席で、色々あって浮遊の魔導具を作っているんです。それで高純度の魔晶石と動力核が必要になったからここに俺が来た、そんな感じですね」

「浮遊の魔導具、へえ、すごいね」


 一般的には知られておらんようじゃし、夢物語に聞こえてしまうかもしれんのう。


「それ、完成しそうなの?」

「俺はできるって信じてますよ」

「そうなんだ。カルロ君がそう言うんだから、本当にできちゃうのかもしれないね」


 さすがにそれは儂を持ち上げ過ぎじゃと思うがのう。


 五回目を終えたところで、ちょうどいい出っ張った岩を頭上に見つけた。

 既に三十メートル近くを登っておる。

 まだ余裕はあるが、休めるうちに休んでおくかのう。


「エマさん、次の所で休みますね」

「あ、うん。わかった」


 狭い岩の上じゃ、ロープはそのままで良いかのう。

 左右のノミを近くの岩に刺して、足を滑らせても大丈夫なようにしてから一息。


 ここまで登るのにざっと十分といったところかのう。

 ペースを考えて無理はしておらん状態でこれなら、不休で登れば千メートル地点まで六時間ぐらいで到着するかもしれんな。

 いや、そんな無茶はせんし、そもそも途中で垂直の登らなくていいはずじゃけども。


 見上げてみると垂直の壁にここのような岩がチラホラと見え始めておるし、適度に休みながら進めるはずじゃな。

 まあ、どこかから異常進化生物に襲われるだろうから、そこまで単純計算で進めるわけはないがのう。


「早く戻って、双角の犀の皆さんを安心させてあげませんとね」

「そうだね」


 うん?

 ちと元気がなくなっておりゃせんか?

 揺れて気持ち悪くなったのかのう?


 後ろから密着しているので顔が見えんな。


「ん?」


 何か声を掛けようとしたところで、頭上に影が差した。

 続けて、重い足音と振動が壁越しに伝わってくる。


 何事かと見上げた儂とエマの視界に、化け物の姿が映った

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