111 状況確認
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「ごめんなさい(小声)」
消え入りそうな声が聞こえてきた。
頭から生乾きの毛布を被ったマリモが一体おるのう。
「あー、頭を打っているはずだから、あまり動かないでくださいね」
「ごめんなさい(小声)」
声をかけてもこれしか返ってこんのじゃが、さて。
マリモは一向に顔を出す様子もない。
これが引きこもりという奴なんじゃのう。
まあ、エマなわけじゃが。
泣き崩れたエマじゃったわけだが、さすがに時間を置けば、混乱も収まるし、状況も把握するわけで。
『初めてだったのに』『覚えてないなんて』『一服盛られた』『責任取って』『こうなったらもう一回』『もう一回やって上書きするしか』『年下の男の子』『大丈夫。経験なんてなくったって』『もういき遅れなんてみんなに』『……あれ?』
みたいな感じに、あれこれと呟いている内に思い出したようじゃ。
真っ赤な顔がみるみるうちに真っ青になっていくのはなかなか趣深かったのう。
そのまま近くにあった毛布に飛びつき、くるまってマリモの完成と相成ったわけじゃ。
一応、エマが落ちてきてからの事もざっと説明しておいたのじゃが、やっぱり『ごめんなさい』しか出てこんからのう。
このごめんなさいマシーンと化したマリモをどうすればよいのか。
儂の機械修理の知識なんぞ、右斜め四十五度の角度で叩くぐらいしかないんじゃが、試してみるか?
いや、頭を打っているのだからまずいか。
「エマさん?」
「ごめんにゃひゃい(小声)」
にゃひゃ?
ふむ。
このままでは話が進まんな。
ちと強引に行くか。
毛布をはぎ取り、頬に手を添えて持ち上げ、俯いた顔を持ち上げてやる。
「エマ」
「ご、ごめんなしゃい!」
「謝る事などない。儂に配慮が足りんかったのじゃ。目覚めて何もかも覚えがなければ心細くもなろうにな。一人にしてしまってすまんかった」
「え? そんな! カルロ君は何も悪くない、っていうか、話し方?」
よし。
とりあえず、思考停止のループ状態からは復帰したようじゃな。
このまま押し切ってしまおう。
「だが、誓って不埒な真似はしておらん。エマのように魅力的な女性には失礼かもしれんがのう」
「そ、それはわかってるから! っていうか、なんなん? これ、なんなの!?」
「不安に思う事はあるだろう。仲間からはぐれてしもうたし、ここは地の底じゃ。じゃが、心配はいらん。儂が必ず君を仲間の下に届けてみせるからの。信じてくれるか?」
「うあ、あの……うん。はい」
「ああ。いい子だ」
落ち着かせるように頭を撫でてやれば興奮も収まったようじゃな。
まだ恥ずかしさの名残が残っているのか頬が赤いが、すぐにそれも落ち着くじゃろうて。
はだけた毛布を掛け直して、加熱の魔導具を挟んだ反対側に座る。
「あ……」
何か言いたげにエマが声を漏らした。
こっちに手を伸ばしておるが、用でもあったかのう?
「ん?」
「な、なんでもない、なんでもない」
「そうか? とりあえず、水分補給じゃな。ぬるい湯ですまんがのう」
「ううん。ありがとうって、これ……」
儂のカップに鍋から湯を注ぎ、渡してやるとまた固まってしもうた。
ああ、また配慮が足りんかったか。
とはいえ、今は仕方ないので諦めてもらおう。
「すまんのう。エマの荷物は落ちておらんかったのじゃ。儂の荷物にはカップはひとつしかない。使いまわしは嫌だろうが」
「ううん! そんな事ないから! ぜっんぜん気になんない!」
ぐびぐびと飲み始めるエマ。
エマはカップを大事そうに抱えながらブツブツと呟いてるのう。
「やばい。まじやばい。まじかっこいいんだけど」
ううむ。年頃の娘はよくわからんなあ。
まあ、無理をしたお姉さんキャラより素の彼女の方が付き合いやすそうじゃな。
おっと、口調も気を付けて、と。
「さて、これからの事を相談しましょうか」
「これからって、その、結婚は、まだ早いから、婚約とか?」
「違います」
何を言っているんだ、この娘っ子。
「じゃ、じゃあ、婚前交渉的な何か!?」
本当に何を言っているんだ、この娘っ子。
どんな未来予想図を展開しておるのか、怖くて聞けんぞ。
まだ混乱している、そういう事にしてやるのが優しさかのう。
「違います。ここからの脱出についてです」
「あ、うん。そうだね。そうだった」
さすがに探索チームの一員。
ひとつ深呼吸をすれば真剣な表情になった。
辺りを見回して、感慨深そうに一言。
「ここがオド・ネメニファーラ大空洞の最深部、なんだよね?」
「おそらくは」
双角の犀として中層で活動していた彼女にとっては色々な想いがあるのだろう。
嬉しさ半分、気まずさ半分といった様子で微笑んだ。
「リーダーは大発見だなんて言ってたけど、もっとすごい事になっちゃった」
探索の成果ではなく、意識のないうちの成り行きでは純粋に喜べんか。
気持ちはわかるが、今は状況に合わせて動くしかあるまい。
その辺りはエマもわかっているのか、一言で気持ちを整理させて、上を見上げた。
濃厚なマナが漂う頭上。
空はおろか、落ちてきた場所も見えやせんな。
「どれぐらい落ちてきたのかな?」
「千メートル地点よりも下なのは間違いないですけど、俺の勘だとざっと千メートル以上は落ちた気がします」
あれ、最高速度は時速二百キロを超えていたじゃろうし。
途中で減速しながらとはいえ、それでもかなりの速度で一分は落下したはずじゃから、それぐらいの距離はあったはず。
つまり、双角の犀と合流するにはその距離を登らなければならない。
「千メートル以上かあ」
改めて見上げた絶壁は険しさが増して見えたのか、エマの声には力がない。
それでもここを登るのが最も確実な道じゃろう。
「俺の道具は一人分ですけど、往復十日分と予備があります。二人で分けても四日以上はもつはずです」
「ごめんね。ありがとう。足手纏いかもしれならないように頑張るね」
さて、そろそろかのう。
今度こそエマも落ち着いたようじゃしな。
「エマさん、上で何があったんですか?」
「うん。大丈夫。話せるよ」
エマはカップを置くと、傷の消えた頭を手で押さえながらポツリポツリと話し始めた。
「カルロ君が出発して、わたしたちはあそこで夕食になったの。採掘は明日の朝からすればいいからね」
「はい」
「そしたら食べてる時に襲われちゃって」
「それは、危険生物の?」
「うん。今まで戦ってたやつら。だけど、数が多かった。三十匹ぐらい、色んなのが」
食事時に三十匹の異常進化生物の襲撃を受けたのか。
しかも、俺が抜けた直後というタイミング。
無論、それで致命的な戦力ダウンにはならんはずだが、連携の呼吸に微妙な歯車の狂いが生じてしまったのかもしれない。
双角の犀のチームワークが十分に発揮できんかったわけじゃな。
せめて、食事時でなければ、あるいは最初の一戦が少数だったなら、後れを取らんかったろうに。
「わたし、足を滑らせちゃって、蝙蝠みたいなのに腕を掴まれて、そのまま放り投げられちゃって……岩にガツンってぶつかったんだと思うんだけど、後は覚えてないの」
その辺りの記憶は曖昧なのだろうなあ。
青褪めるという程ではないが、顔色が良くない。
「皆、大丈夫かな?」
「大丈夫です」
不安を即座に強い言葉で塗り替える。
すがるようなエマの目に、迷わずに頷いて返してみせた。
「双角の犀は素晴らしい探索チームです。それはエマさんが一番知っているでしょう?」
「うん。だけど」
「なら、大丈夫。あんな連中の百や二百に負けるわけないじゃないですか。むしろ、とっくに全滅させて、ここまで向かっているかもしれませんよ」
最後の一言は言いすぎだと自分でも思うが、嘘ではない。
確かに不覚を取ったし、エマを欠いてしもうただろうが、それに合わせた連携ぐらいできんわけがない。
今回のエマは悪い条件が重なった結果じゃ。
そんな思いを込めて見つめれば、エマはぎこちないながらも微笑んでくれた。
うむ。それでいい。
気持ちが沈んでは越えられる壁も越えられなくなってしまうからのう。
「そうだね。うん。そうだ。皆が負けるわけないよね」
エマが勢い良く立ち上がる。
両手を握りしめて、笑顔を作って空を見上げるが、さっきのように沈んだ気持ちではなくなっておる。
「ここの魔晶石をお土産にして、パッと帰らないとね!」
「はい。ところで」
「うん?」
「毛布、落ちてますよ」
立ち上がった拍子にのう。
下着姿で仁王立ちというのは年頃の娘がすると、まずいと思うんじゃが、指摘しないのも悪いしのう。
プルプルと震えだしたエマはひゃあっと悲鳴を上げて、急造のカーテンの向こう側に飛び込んでいった。
うむ。
若いのは元気が一番じゃな。




