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戦う考古学者と卵の世界  作者: いくさや
第四章 オド・ネメニファーラ大空洞
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112/179

109 救出

 109


 吹き抜け。

 直径三百メートルもある空洞。

 下層に入ってから狭まっているが、まだ広い。

 岩壁からの距離は十メートル以上ある。

 意識が、ないのか?

 ぐったりとして動かない。

 最悪の想像。

 双角の犀の安否。

 不明の事態。

 吹き抜けの先。

 数百メートルの落下。


 そんな様々な思考を飲み込んだ。


 すぐにでもエマは儂の目の前を通過するぞ。

 ぐだぐだ考える暇があるなら動かんか。


「ぬ――」


 岩壁から身を投げる。

 僅かな斜面を駆けた。

 それでもエマの落下の方が速い。

 抜かれるまであと一秒もない。


「――んっ!」


 だから、飛ぶ。


 七層の竜卵の強化を全開じゃ。

 足場の岩が砕けるが、踏み込む一瞬だけ耐えてくれればよい。

 この身を弾丸と化して吹き抜けへと跳躍する。

 体を伸ばして空気抵抗を減らしつつ、落下するエマと重なる軌道を描いた。


「ぐっ、の!」


 強烈な風に目を開けているのも難しい。

 僅かに目測を誤ったのか、エマの方が目の前を通過してしもうた。


 だが、ここまで近づいてしまえばどうとでもなるわ。

 エマの胴体へとロープを伸ばして確保。

 そのまま引き寄せて抱きしめるが、反応はないか。


「エマ! しっかりせんか!」


 風に呑まれないように叫びながら、エマの胸に耳を押し当てる。

 心臓の音は、聞こえる。

 生きておるか。

 まったく、焦らせおって。


「エマ!」


 もう一度叫ぶがダメか。

 まるで起きそうにない。

 よく見ると頭から血が出ておる。

 何かに殴られたかぶつかったか、気を失ったようじゃ。

 あまり揺らすのも良くなさそうじゃ。


 とにかく、再び別れ離れになっては大変じゃ。

 ロープで互いの体を結び、手足を大きく広げて少しでも空気抵抗を増やしたところで、さて、と考える。


「どうするかのう……」


 ぶっちゃけ、ノープランで飛び出してしもうた。


 前世でスカイダイビングを経験したが、こりゃああの時と同じじゃのう。

 突き抜ける空気の壁。

 超高速で流れる景色。

 まるで青いマナの海を魚になって泳いでいるようじゃ。


 問題はパラシュートなんぞない事だのう。


 既に体感で落下時間は十秒。

 時速二百キロぐらい出ておるんじゃないか?


 吹き抜けの中心あたりまで来てしもうておるし、いくらロープを伸ばしても壁まで届きそうにない。

 そもそも届いたところで弾かれるのがおちか。


「ロープで網を作って……ダメじゃ」


 互いを絡めたロープを残し、天井方向にロープを伸ばして広げていくが……糸が風に煽られて操れん。

 こうなると残り時間が恨めしいのう。


 既に千メートル地点なんぞ通り過ぎておる。

 最深部がどれだけ深いか知らんが、どんどん加速しておるし、オド・ネメニファーラ大空洞の底に到達するのもあと数秒じゃろう。

 宙を掻いて体を回して落下方向を見るが、底を目視した一秒後には墜落死は避けられん。


 あまり試行錯誤する猶予はあるまい。

 覚悟を決めるか。


「気が進まんがのう」


 ロープを服の内側へと通す。

 背中――天井側。

 ここなら風の影響も受けんだろう。


模造武装レプリカアームズ――風傘ウィング!」


 キュイから盗ませてもろうた浮遊の図式を展開、発動させる。

 途端に落下速度が激減した。

 一瞬で糸が焼け落ちてしまい、効力を失って落下を再開するが速度はだいぶ落ちている。

 これを繰り返せば無事に着地できる算段よ。


 難点があるとすれば、背中が焼かれる事じゃな。


 ほんの一瞬で燃え尽きるおかげですぐに重傷にはならんが、数度も繰り返せば酷い火傷は避けられんだろうなあ。


 背中以外に他にも展開できる場所はある。

 儂とエマの体の間じゃ。

 そこなら風の影響もないのだが、選択肢には入れられん。

 年頃の娘の肌を焼く趣味はないのでのう。


「ふん。いい気付けじゃ」


 この程度、針灸と変わらん。

 そんな強がりを吐いて、再び糸で図式を構成する。

 そして、発動。

 言葉通り、焼けつく痛みを代償に速度が落ちていく。


「くっ」


 衝撃がきた。

 小さめの図式でもこれだから嫌になるわい。

 あと何度ロープが使えるかも考えんとなあ。

 五割がなくなれば気絶してしまうのだから、計画的にいかねばならん。

 ざっと、残りは十五・六ぐらいか。


 残りの距離がわからない以上、何度にも分けて減速していくしかないのじゃ。

 ロープが尽きても終わり、痛みに臆しても終わり、制御を誤っても終わり、タイミングを逃しても終わり。

 なんとも悪条件の綱渡りよ。


「燃えてきたわい」


 集中を重ねていく。


 痛みを忘れろ。

 だが、感覚は麻痺させるな。

 制御を誤るわけにはいかんのだ。

 地の底を見定めろ。

 臆するなよ。

 儂だけではない。

 エマの命も、カナンの命運も掛かっているのじゃ。


 死んでやるものかよ。




 そのまま十度も繰り返した時、ようやく地の底が見えた。


「あれは、水、か?」


 青く輝く湖面。

 地の底に満ちた群青。


 深く考察している時間はない。


「最後じゃ!」


 これまでの三倍の大きさで図式を描き出す。

 それだけに消耗するロープも三倍で、熱量も三倍じゃ。

 背中に激痛が走り、服が焼け落ちる。


 だが、速度はほとんど殺してやったわい。


「まだ、だ」


 既にロープの六割が失われておる。

 ここで気絶しては全てが台無しになるぞ。

 気張ってみせんか。


 気力を振り絞って、姿勢を制御し、エマを抱きしめ、


「底が深いとよいのだがのう」


 高さ十メートル程から湖面へと突き刺さった。

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