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戦う考古学者と卵の世界  作者: いくさや
第四章 オド・ネメニファーラ大空洞
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111/179

108 七百メートル地点

 108


 三日目、夕方。

 七百メートル地点、到達。


 先輩探索者たちの手によって採掘された広場に入るなり、全員で身構える。

 岩の影から襲われるかもしれないのだ。

 油断はできない。


「全員、警戒を維持。カルロ君とエマは周辺を巡回。カッティとダズは地図の地点を捜索してください」


 指示を出すバウの声には疲労が滲んいた。

 半日を掛けた百メートルの潜行は前日より過酷だったのだ。

 異形の生物たちの襲撃が倍増し、険しい難所が増え、体感温度も増していく。


 他のメンバーも同様だ。

 大怪我を負う者はいなかったけど、まったくの無傷とはいかない。

 最低限の消毒を施して、互いに連携を密にして、なんとか辿り着けた。


 俺の隣で広場を回るエマが溜め息をついた。


「はあ、カルロ君はまだ余裕があるみたいだね」

「いや、疲れてますよ?」


 まあ、実際、余力(儂)はあるわけだけど。

 エマは少しきつそうだ。

 襲撃が前後や上下左右からとなると、遊撃要員になりやすい俺とエマはあちこちに走り回ったからな。


「今日はここで休みだから良かったね」

「ええ」


 頷いておいたけど、俺としてはもう少し下まで行きたかった。

 ここで夜を明かしたら残り二日。

 ペースを上げないと千メートル地点にも行けない。


 時間が掛かった理由はある。

 休憩中の採掘のせいではない。

 なにせ採掘を行ってないのだから、遅れる理由になるはずがない。


 あの後、同じような透明の足場を十ヶ所近く見つけたのだ。

 最初の発見場所の真下の地点を地図で予測し、石を落としてみると足場が見つかり、その度に調べていては時間も掛かる。

 おかげで、パイプは想像通り、下方向に繋がっているのが判明したけど、それで魔晶石や動力核が手に入るわけじゃない。


 この広場はちょうどそのラインにぶつかる位置にある。

 今もカッティとダズが断崖に向けて石を落として足場を探していた。

 儂が下に意識を向けさせたけど、俺と彼らでは完全に目的が分かれてしまったようだ。


「はあ」


 双角の犀にはここに残ってもらって、後は俺一人で進むべきだろうか。

 俺はともかく、儂なら単独行の方が早く動けるはずだ。

 その代わり、気軽に休憩を取る事もできなくなるし、不測の事態に陥った時は対処できないかもしれない。


「……今更か」


 そんなリスクは最初から承知の上だ。

 中層で双角の犀と合流したのは運が良かっただけ。

 おかげで七百メートル地点まで体力を温存できたのだから、良しとしよう。


 休憩の途中で彼らに伝えよう。

 そうやって決意して戻ると、どうも様子がおかしい。

 絶壁を調べていたカッティとダズが浮かない顔なのだ。


「どうしたの?」

「危ない動物はいませんでしたよ」


 エマが報告を忘れて尋ねるので、俺が伝えておく。

 顔を上げたバウも渋面だった。


「ああ、二人ともご苦労様でした」

「何かったようですけど」

「それが、ここで足場が見つかりませんでした」


 カッティとダズに視線で問いかけると頷いている。

 追うべきパイプが行方不明になったのだから、意気消沈していたのか。


 その辺り、バウは違う意味で困っているのだろうな。


「おそらく、最後の発見地点からここまでの間に何かがあるのでしょう」


 そう言って絶壁を見上げるバウ。

 ひとつ上の発見地点と言ってもかなりの高さがある。

 ざっと十メートルぐらいだろうか。

 建物の三階相当の高さとなると気楽に調査できるものじゃない。


 それに上だけと限定できたわけじゃない。

 この場所はたまたま足場がないだけで、もっと下に行けば繋がっている可能性もあるのだ。


「とっかかりがあればいいのですが……」


 青いマナの輝きで照らされた壁に違和感はない。

 けど、俺が見つけたスイッチもそんな隙間に隠されていたのだ。

 この中から当てもなく探すというのは厳しいな。


 装備を整えて、時間と人手をかけて探すのが順当だが、自分たちで見つけたかった双角の犀としては無念だろう。


「じゃあ、調べてみます」


 儂に切り替える。

 餞別代わりに協力するかのう。


 ロープを絶壁へと持ち上げていき、そこから一気にほつれさせる。

 模造武装レプリカアームズを使う時の糸の細さになれば広げられる範囲はかなりのものだ。

 そのまま壁の端から端まで歩いていけば……なんじゃ、近いじゃないか。

 やはり岩の隙間のように偽装して、奥にスイッチがあった。


「見つかりましたよ。この上、三メートルぐらいです」

「……君は、いったい」


 また言葉を失っているようじゃのう。

 しかし、今までが驚きが勝っていたのじゃが、どうも恐れの色が混じっているのう。

 得体のしれない何かみたいに見られても何も出てこんよ。

 気づかなかったふりでもしておこうか。


「でも、ここは足場もありませんし、特別な場所かもしれません。スイッチを押したら遺跡群が出てくるかもしれませんね」

「え、ええ。ありがとう」


 休憩の後と考えておったが、ここが潮時じゃのう。

 ロープを回収して両腕に巻きつけながらメンバーに話しかける。


「バウさん、俺はここで別行動にします」

「え?」


 声を漏らしたのはエマだろうか。

 だが、他のメンバーは神妙な顔をしておるのう。

 なんとなく、察しておったようじゃな。

 バウが苦い笑みを浮かべた。

 悔しさと悲しさの混じった複雑な表情じゃ。


「私たちは足手纏いですね」

「助けられたのは事実です。ありがとうございました」


 本心から頭を下げる。

 中層からここまでの道を教えてくれたし、交代で休めたから消耗もほとんどないのだ。

 儂の想定よりずっと良い状態でここまでこれたのは、間違いなく彼らのおかげじゃろう。


「いえ、今朝の君の戦いぶりを見てしまうと私たちの力不足を痛感していました。君がいなければここに来る事もできなかったでしょう」

「でも、リーダー。カルロ君を一人で行かせるなんて」

「その方が、彼は強いのですよ」


 言い募るエマを諭すように告げるバウ。

 その言葉は自分に言い聞かせているような痛みが伴っておった。


「朝の戦い方、ストレンジの使い方、問題解決能力、どれもが学習院の生徒のレベルではありません。エマ、君もカルロ君がまだ全力でないのは気づいているでしょう?」

「それは……」


 さっきの巡廻でのやり取りを思い出して、エマが言葉に詰まった。

 バウは淡々と、冷静に、正確に続ける。


「もちろん、個人の限界はありますが、それを差し引いても今の私たちでは彼についていけません。残念ですが、それが現実です」


 本当に良いリーダーだのう。

 敗北宣言をしながらも『今は』という一言を忘れておらん。

 それが伝わったのだろう。

 俯きそうになっていたメンバーの顔が自然と持ち上がった。

 うむ。素晴らしいのう。


「カルロ君。わたしたちはここで四日待ちます。あなたが抜けても防衛戦ならばそれぐらいは耐えられるでしょうから」

「気を付けて行け」


 バウとセルズに続いて、他の面々も激励を送ってくれた。

 エマは言葉にならないのか、何度も儂の背中を叩いている。

 励ましてくれているのだろう、きっと。


 最後にバウが握手を求めてきた。


「いずれ、君が卒業した時はぜひ私たちのチームに誘えるよう精進しておきますよ」

「楽しみにしています」


 強く握り返して、広場を後にした。


 広場から少し進んだ先で道はなくなった。

 見えるのは岩壁だけ。

 無機質な岩肌が続いておる。


 この中から僅かな傾斜の場所や、手足の指先で上り下りできそうな凹凸のある場所を探すのだろうがのう。


「一気に行くかのう」


 当たりをつけて飛び降りた。

 途中、狙った岩にロープを伸ばして巻きつけ、絶壁に着地する。

 そこから更に壁を蹴って跳躍。

 さっきとは逆の手からロープを伸ばして、次の岩に絡めて、壁面へ着地をきめれば、目下にはやや平らなスペースが見える。


「ふむ」


 平らなスペースとなると生物の居住スペースになりやすい。

 そこには巨大な双頭のトカゲがおった。

 既に儂に気付いて、高い音域の威嚇を放ちつつ壁面を登って来ようとしておるな。


「向かってくる以上は、容赦せんぞ?」


 ロープを岩から放し、逆の手から伸ばしたロープをトカゲの首に巻きつけた。

 そのロープを力任せに引っ張り、自然落下を始める体を加速させる。

 ついでに壁も蹴って、勢いを増した急降下。


 首を絞められて苦しむ双頭トカゲ、そのふたつの眉間に拳を叩きつけた。


 遺跡群特効が働き、弛緩した双頭トカゲが壁から剥がれて落ちていく。

 その体を足場に跳躍を果たし、目算通り平らな岩の上に着地終了。


 戦いの音を聞きつけたらしい得体のしれない虫が近づいてくるが、両手のロープを振るって即座に叩き落とした。


 今のでざっと十五メートルぐらい下りられたかのう。

 どこでもこんな下り方はできるわけではないが、ロープで掴める岩さえあれば絶壁も道と変わらんよ。


 そうやって五十メートル程度を下りた時だった。


「……ぬ?」


 頭上から何やら音が聞こえたような気がしたのう。

 それも人の声じゃ。

 このオド・ネメニファーラ大空洞の下層にいる人間は儂を除けば、双角の犀しかおらぬはずだが、何かあったのかのう?

 不用意に大声を上げるとは思えんのだが……。


 気になって見上げた儂の視界に、吹き抜けを落ちていくエマの姿が映った。

スパイダーマン(G)

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