107 パイプ
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「これは……図書館の資料にも書かれていませんでした」
メンバーに警戒してもらって、儂とバウが絶壁を覗き込む。
やっぱり、そこには空中に浮かんでいる蝙蝠擬きが二匹。
いや、浮かんでいるというと語弊があるかのう。
ありゃあ、引っかかっていると言うべきじゃろう。
「なにかある、という事かの……かな」
「? ええ。そうでしょうね。どうしますか?」
この一言で聞きたいのはふたつかのう。
あそこを調べるか、先に進むか。
調べるとしたらどのようにするか。
本来ならチームリーダーのバウが判断するところじゃろうが、第一発見者の儂に意見を求めるあたり、配慮を感じるのう。
とはいえ、前者の答えは決まっておる。
「調べたいです」
「ですね」
未知への探究心は捨てられる探索者などいないだろう。
目的がある以上、時間はかけられんが触りぐらいは触れておきたい。
「ロープで下まで下りてみます。わ、俺のロープならあそこまで届くはずです」
「お願いします。一人で大丈夫ですか?」
「もう一人ぐらいなら一緒に下りられると思いますけど」
何かあった時のためにフォローしてくれる人がいるならありがたい。
とはいえ、バウはリーダーとして全体を見なくてはならないだろうから除外。
同じく前衛リーダーのセルズもダメとなると、残りの五人だ。
「エマ。行ってください。身の軽い人の方が適任でしょう」
「やった。了解です!」
バウに指名されたエマが小さくガッツポーズをして、すぐにこっちにやってくる。
気持ちに素直な娘じゃのう。
適当な岩にロープを巻きつけて、念のためカッティとダズに掴んでもらって、垂直の崖をゆっくりと下っていく。
そして、着地した。
何もないはずの空中に。
少しずつ体重を預けてみても揺らぎもしないのう。
足元に触れてみると固い感触があった。
恐ろしく透明度の高いガラスのような板といったところか。
蝙蝠擬きを押してみるとすぐに下に落ちていってしもうた。
もう一匹は縦に押してみるが、結果は同じ。
どうやら一メートル四方の正方形になっているようじゃな。
二人ぐらいが載っても問題あるまい。
上で待っているエマに合図を出すと、スルスルとロープを滑り下りてきた。
「うわ。本当に落ちないね。浮いてるみたい」
「なにがあるかわからないから、ロープは握っておいてください。それと周りの警戒をお願いします。」
いきなり足場がなくなっても、ロープで縛れるとは思うが、どんな事故が起こるかわからんからのう。
注意を促しつつ辺りを観察してみる。
「何もないね」
「うーむ」
ただの壁面があるだけ。
特別な魔晶石や動力核が隠されているわけでもない。
だが、こんな物があって、何もないわけがない。
となると、この壁かのう。
「ふん!」
「カルロ君!?」
余ったロープを巻きつけて、壁を殴ってみた。
ガキィィィンと音がするが、遺跡群特効の発動音はせんか。
しかし、この音も不自然じゃ。
「エマ、採掘用のノミを貸してもらってもいいかのう?」
「え、あ、うん。はい」
壁に耳を押し当てて、ノミの柄の部分で壁を叩いてみる。
縦に横にと移動しながら繰り返して、何度も繰り返して音を聞き比べると、やはり違いがあった。
この音の反響具合、壁の向こうに何かあるのう。
深くもないが、浅くもない位置じゃ。
「何かわかった?」
「うむ。壁の向こうに空間があるのは間違いないのう。それも立てに続いておる様子じゃ。となると、この足場と無関係ではあるまい。その空間に通じるはずじゃ……」
壁を丹念に調べると、壁に隙間があった。
岩と岩の切れ目のように見えるが、奥にスイッチのようなものが隠されておる。
罠の可能性は……低いと見た。
立ち入りを防ぎたいなら、初めから足場など設けなければよいのだ。
それでも足場があり、しかし、隠したいという意図があるなら、奥の空間が何かはわからんが、ここを作った何者かは頻繁に訪れて、装置を動かしていたはず。
そんな場所に罠を設けるのは効率が悪い。
とはいえ、やはりそれは可能性の話であって、罠があるかもしれんのだが、迷っても仕方あるまい。
押してみるか。
「ロープを持っておれよ」
「え? なに?」
「ぽちっとな」
スイッチを押した途端に足場がなくなるという事態も考えたが、そのような悪意のある罠ではなかったようじゃ。
目の前の壁が持ち上がっていく。
一見するとただの岩壁にしか見えんかったが、横方向に一メートルほどの範囲がずずず、と音を立てながら上方向にスライドしていきおった。
「なに、これ?」
そうして現れた奥の空間。
そこにあったのはパイプじゃった。
木目調でありながら光沢と手触りは金属。
一抱えもある太さは沈黙しておる。
何かが通っている様子はないのう。
バルブのようなものがついておるが、それをいじってみても反応はなし、か。
もう一度ボタンを押してみると、持ち上がった壁が元に戻っていった。
「今はわかるのはこれぐらいですね。上に戻って報告しましょう」
「え、いいの? もっと調べないと」
「いえ、これそのものは重要じゃないと思います」
「でも、え? きゃあ! なにこれ! カルロ君がやってるの!? あ、あふ、やぁ……」
年頃の娘が妙な声を出すのは感心せんぞ?
駄々をこねるのでロープでグルグル巻きにして、強制的に引き上げさせてもろうた。
卑猥な縛り方ではない。
決して卑猥ではない。
大切な事だから繰り返し言わせてもらうぞ?
精々、ボンレスハムみたいな感じじゃからの?
「戻りましたね。何やら壁が動いているようにも見えましたが……それは?」
冷静を装いながらも勢い込んで尋ねてきたバウが、エマの姿に当惑しておる。
理由があるとはいえ仲間が縛られている光景は、リーダーとして捨て置けんよな。
早速、ロープを解いてやった。
「ああ、エマさんが登るのを手伝ったんです」
「そ、そうですか? なら、いいんですが」
しかし、エマは解放されても座り込んで、体を抱きしめたまま動かん。
体を痛めるような縛り方はしておらんのだがのう?
ともあれ、今は調査結果の方が重要じゃ。
手短に下で見た事を報告すると、全員が驚きに声を上げた。
それはそうじゃろうなあ。
一番最初に立ち直ったバウが、それでも驚きの抜けきらない声で呟いた。
「つまり、この下層にも何者かの手が入っていた、と?」
「十中八九、精霊族でしょうね」
おそらく、あの足場はパイプの整備のために設けられておったのだろうのう。
だから、パイプや足場そのものは大事ではない。
いや、透明な板というのは価値が高そうじゃが、言うてみれば強化ガラスのようなものじゃから……やはり、大切かもしれんか。
ともあれ、一番ではないのじゃ。
「だ、大発見じゃないですか!」
バウが大きな声で拳を握り込む。
声を聴きつけた何かに襲われるかもしれんというのに、興奮のあまり頭から抜け落ちてしもうたようじゃな。
無理もないかのう。
バウの言う通り、大発見じゃ。
遺跡学に名前が残るレベルともなれば興奮もするじゃろう。
さて、困ったぞ。
こうなるとバウたちは報告に戻ると言い出しかねん。
ここから先は一人で進んでも良いのだが……。
「パイプは上と下に繋がっていました。そうなると下に何かがあるはずです」
「……なるほど。カルロ君はそのパイプが下から上に何かを運ぶための物だと考えいているんですね?」
根拠はないがのう。
こう言っておけば、双角の犀としては気になるはずじゃ。
現時点でも大発見かもしれんが、どうせならパイプの先についても自分たちで発見したいと考えるだろう。
「あるいは、管理室がそこにあるかもしれませんね」
可能性は否定できんな。
中層の運搬装置を制御する施設はまだ見つかっておらん。
もしも、下層に隠されていたとすれば見つからなかったのも道理じゃ。
「わかりました。行きましょう。アレン、地図にこの場所をマークしてください。パイプが繋がっているとすればこの下の方向でしょうから、そのラインを探していきましょう」
よし、乗ってくれたか。
こうなると彼らも採掘より潜行を優先してくれるかもしれないと期待するのは欲張りすぎかのう。
「行きます。隊列を組んでください」
バウの号令の下、儂らは更に下層の奥へと進みだした。
またつまらぬものを縛ってしまった……。




