106 疑念
106
「カルロ、起きろ」
「……ん、ああ。セルズさん」
無骨な手に肩を叩かれて目を覚ます。
交代の時間になったようだ。
二日目の夜になり、二人ずつ交代で二時間の夜番を行っている。
俺は最後の組なので、もう三日目の朝と言った方がいいかもしれないな。
夜を明かしたのは下層では珍しく開けた場所だ。
採掘場として使われたわけではないみたいなので、たまたまこういう地形だった場所を探索者たちが使いやすいように改造したらしい。
下層を探索する人間たちの休憩所と言ったところか。
俺が被っていた毛布を畳んでいるとコップを差し出された。
セルズだ。
「飲め。目が覚めるぞ」
「ありがとうございます。何かありましたか?」
「ない」
端的な受け答えだけど、無愛想なわけではないんだよな。
前衛リーダーとして戦いの最中も周りを気遣っているし、今みたいに優しくしてくれる。
夜番の順番も、一番負担が少ない最後の組にしてくれたのも彼だった。
「じゃあ、後は任せてください」
セルズは無言で頷くと自分の荷物から毛布を取り出して、岩壁に大きな体を預けて目をつぶった。
横にならないのだろうかと思うけど、いざという事態に即応するためなのだろう。
あれなら完全に寝入ってしまう事もないからな。
「カルロ君、こっち」
もう一人の夜番のエマが手招きしている。
あちらもダズと交代したようだ。
それにしてもさっきまでセルズとダズの夜番とか、無口が二人で二時間もじっとしていたんだろうか?
そんなどうでもいい事を考えつつエマと合流した。
お互いに背中合わせになって道の前後、たまに壁の上や下まで警戒しておく。
青の輝きが揺蕩う中、敵になりそうな存在は見つからない。
「おはよ。よく眠れた?」
「よく寝ちゃダメですよ」
「ぶう。かわいくないなあ。お姉さんを頼っていいんだよ?」
一番頼りにするのが怖いとは言ってやらないのが優しさか。
ともあれ、部外者の俺にとっては彼女の気安さはありがたくあるのも事実だ。
「そうですね。頼りにしてます」
「なあんか、大人な対応だよね、カルロ君って」
「孤児院育ちですから」
「あ、その……ごめん」
やばい。
考えなしに答えたら神妙な声が返ってきた。
「あの、気を使わないでください。俺、孤児院でも家族だったんで、不幸だとかちっとも思ってませんから」
むしろ、シャンテに出会えただけ幸せだ。
それは儂の影響があろうが、なかろうが、変わらない。
「うん。わかった。そうするよ」
とは言いつつも、エマの声は元気がない。
気にするなと言われて気にしない人間なら、そもそも落ち込みもしないか。
下手に言葉を重ねても空回りしそうだし、ここは話を流しておこう。
「エマさんはどうして探索者になったんですか?」
「あ、わたし? わたしはね、これでも貴族令嬢なの」
背中越しでもドヤ顔しているのがわかるな。
「へー」
「あ、信じてないでしょ。エミリア・フィランゼルって学習院で調べてみなよ。卒業生だから名前も残ってるはずだから」
そうまでいうなら本当なのかもしれない。
貴族と言っても色んな人がいるのはこの一月でよくわかっている。
「といっても、貧乏貴族の次女だからね。家は出ちゃったんだ。だから、いまのわたしはただのエマ。で、自活しないとやばいからね。こうして探索者として頑張っているのだー」
貴族と言っても長男なら家督を継げるとして、他の子供は自分で道を選ばないといけない。
女の子なら他の家に嫁がせるという考えもあるだろうけど、フィランゼル家が本当に貧乏貴族なのだとしたら嫁ぎ先を見つけるのも難しいだろう。
「エマさんも大変なんですね」
「まっね。貴族生活も大変だからこっちの方が性に合ってるかもだけど」
それが強がりなのかどうか、俺にはわからなかった。
なんとなく沈黙が下りて、そのまま俺は辺りを見回す。
半日かけて下りてきたけど、色んな動物に襲われた。
蝙蝠擬きだけじゃなくて、巨大な双頭のトカゲとか、背中に棘を生やした蜘蛛とか、なんかもうよくわからない虫とか、触手だらけの軟体生物までいた。
下る程に異形になっている気がする。
ここがおよそ六百メートル地点。
明日は七百メートル地点を目指して、そこで採掘を行う予定だ。
初めて下層に入った探索チームで七百メートル地点に到着するというのはなかなかの記録なのだとか。
その時点で彼らとしては十分に良い探索だったと言えるだろう。
けど、俺としてはまだ足りない。
足元で結晶化している動力核があった。
ルビーのような赤い光を内部に宿したそれは、実に鮮やかな色相で、力強い輝きを放っている。
中層で見かけたそれとは明らかに純度が上がっていた。
それでも浮遊の魔導具を動かすには足りないだろう。
これぐらいの輝きなら学習院でも手に入るのだ。
やっぱり、最低でも千メートル地点だな。
浮遊の魔導具の燃費の悪さを考えると、もっと下まで行っておきたいところだけど、そこまで下りるとタイムリミットに間に合わなくなってしまう。
青い輝きに満ちた空間だと時間の感覚が狂ってしまうけど、既に二日が過ぎているのだ。下れる猶予はあと三日分。
七百メートルから先は満足に道もない事を考えると、余裕はほとんどなかった。
見上げた吹き抜けの空はマナの輝きで満たされて、本当の空は見えない。
この異常な生態系が広がった絶壁の世界。
そのどこかにあるだろう魔晶石と動力核を見つけなければ……。
「ん?」
「なにかいた?」
漏らした声にエマが身構えた。
それを『儂』は誤魔化した。
「あ、いや、違うんじゃ……違います。ちょっと考え事してただけで」
「? そう? 珍しいね、カルロ君が油断するなんて」
「気をつけます」
幸い深く追及されなかったし、固くなっていた口調に柔らかさが戻っていた。
さっきの気まずさはなくなったようじゃ。
それはそれとして、ちと気になるのう。
オド・ネメニファーラ大空洞。
上層、中層はよい。
確かに精霊族の遺跡として機能しておった。
過去の調査、そのままじゃ。特に疑問もない。
しかし、この下層は精霊族の手が加わっておらぬ自然の産物。
だからこそ、儂も自然の雄大さに感心したものの、それ以上の興味は抱けんかったのだが、こうして下層から上を見上げてみると違和感があるのう。
奇麗すぎやしないか?
形の話じゃ。
こうも垂直に穴が続くというのはどういう成り立ちから出来上がったというのか。
通常の洞窟なら火山や地殻変動の影響で生まれが、これだけ大きく深い穴が自然に開くというビジョンが浮かんでこん。
いや、それだけならばよい。
前世とここではそも不思議な力が存在しておるのじゃし、目の前にもマナという輝きがフワフワと浮いておるのだ。
儂の知らん何かがあったのじゃろう。
しかし、出来上がりはそうだと納得したとして、下層の変化のなさは異常じゃ。
確かに厳しい絶壁が続いておる。
あるのは魔晶石や動力核、そして異常進化した動物たちのみ。
人の手が入ったようにはとても思えん。
だが、それならば自然浸食がなければおかしいじゃろう。
風の流れがある以上、風食で少しずつ岩が削れていく。
そうなれば壁は摩耗されて形を変え、亀裂のような裂け目を見せるのではないか?
それに植物はどうじゃ。
生態系が異常進化しているのなら、植生も変わっておらねばつじつまが合わんだろう。
しかし、目に映る植物――といっても苔ぐらいなものじゃが、それはただの苔。
異形の動物と乖離しすぎておる。
そもそもの話じゃ、このマナの影響で異常進化したという説が有力とか言うが、その根拠はあるのかのう。
マナの影響を受けるというなら、儂らが例外とは思えんのだが、その辺りもどうなっておるんじゃ?
「襲撃! 皆、起きて! 蝙蝠みたいなのが五匹!」
思考がエマの叫びに遮られる。
振り返ればエマ側の道から蝙蝠擬きが走り寄ってくるところじゃった。
双角の犀の面々は即座に起き上がるが、さすがに即時迎撃とはいかん。
その時間を儂とエマで稼がねばならんわけだが。
「いいところを邪魔するでないわ、たわけが」
エマの脇をすり抜けて、一気に間合いを詰める。
そして、速度を落とさずに壁面を駆け抜け、擦れ違いざまに先頭の一匹の首を掴んで攫っていく。
自分たちの専売特許を取られたからだろうか、奴らの反応は鈍い。
その隙だらけの先陣に、攫った蝙蝠擬きを上から投げつける。
まさか仲間が武器として使われるとは考えもしなかったのか、隙が乱れて、混乱に陥りおったようじゃ。
見逃す理由はひとつもないのう。
そのまま急降下で後ろの二匹に襲い掛かる。
落下の勢いそのままに両手のロープを背骨に叩きつければ、二匹の蝙蝠擬きが容易く絶命した。
止まらずに残りの三匹。
投げ落としたやつは痙攣しておるから、後まわわしじゃの。
両手のロープを操り、顔面にそれぞれ一撃して怯ませたところを接近。
二匹まとめて首にロープを巻きつけ、容赦なく横合いの絶壁へ蹴り落とす。
ゴギッという手応えが返ってきおったのう。
動く様子もないのでそのままロープだけを回収すれば、重たい音が聞こえた。
ふむ断崖を落ちたはずじゃが、それにしては音が近くないかのう?
まあ、後回しにして、最後の一匹じゃ。
無駄に苦しませてしもうてすまんかったな。
「もう、眠れ」
とどめを刺して戦闘終了じゃ。
振り返ればエマを筆頭に、双角の犀の面々が唖然としておった。
バウとセルズまで驚いて固まってしまっておる。
ふむ。
ちと、八つ当たりのせいで派手にやりすぎたかのう。
なに、訓練すれば誰でもこれぐらいできるようになるはずじゃから、驚く事ではないぞ?
色々と追及されそうだから俺に切り替わりたいところだが、その前にひとつ確認。
蝙蝠擬きを蹴り落とした崖を覗きこんで、儂は笑ってしもうた。
「やはり、何かあるようじゃな」
そこでは二匹の蝙蝠擬きの亡骸が、何もないはずの空中に浮かんでおった。




