102 中層
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「もう、多い、なあ、これ!」
愚痴をこぼしつつも拳を振るう。
襲い掛かってくる擬似精霊。
それをひたすら殴り倒すのだけど、数が多くて足が止まってしまう。
下に行くにつれて遭遇の頻度が上がってきたな。
四方から向かってくる四匹の魚影。
しゃがみながら二匹を殴るけど、半分には逃げられた。
その隙を狙って岩陰から赤い蜘蛛が飛びかかってきた。
「この……」
バックハンドで叩き落とす。
体を回すついでに、背後に回り込んだ二匹の魚を視界に収めた。
足場から遠い吹き抜けという安全圏で隙を窺っているな。
「しつこい!」
左手のロープを伸ばし、そのまま手刀を一閃する。
イメージは指先についた水滴を飛ばす映像。
そうすればロープは鞭のようにしなって、二匹の魚影を薙ぎ払った。
「よし」
うまくできた。
俺では儂のような精密な操作はできないけど、大振りな一撃ぐらいならいける。
あんまり強い遺跡群相手だと逆にこっちが傷つきかねないけど、格下相手なら十分武器になる。
そんな事を考えている間に敵の増援が来た。
今度は赤い蝙蝠が三匹、吹き抜けで滞空している。
すぐに襲ってこないのは地上型の仲間を待っているのか。
やはり、魚もだけど空を飛べる擬似精霊は吹き抜けを利用する傾向が高いな。
実際、遠距離に届く攻撃方法を持っていないと手が出せなかった。
儂なら模造武装――拳銃で倒せるけど、あれはロープを損傷してしまうから雑魚相手に使えない。
それもさっきまでは、だ。
折角の機会、鞭の練習台になってもらおう。
右腕の紐まで解いて、最大延長。
十メートルのロープを振るう。
普通ならロープがたわんでしまって、届いたところで威力なんて期待できないだろうけど、このロープは俺のストレンジ。
イメージを込めれば思った通りに動かせる。
その一撃で遠くにいた一匹をしとめ、さらに残りの二匹が直線に並ぶ軌道へ変更。
伸びきったロープが半ばで折れ曲がる。
通常では有り得ない曲がり方をしたロープに二匹は反応できない。
ロープの先端で打ち据えられて、赤い光の粒子となって散った。
「中距離に使えるかな」
竜卵が孵ってからそろそろ二ヶ月か。
色々と使い方が掴めて来た。
儂はともかく、俺としてはロープで探索者としてやっていけるのか不安もあったけど、慣れてみると色々とできて便利だ。
いや、人の図式を盗むあれができるのは世界を探しても儂だけだろうから、一般論なんて言えないけどね。
擬似精霊も一度打ち止めらしい。
次の増援が来るまで時間がありそうだ。
今の内に移動しておかないと。
「それにしても、広いな」
中層の途中から足場は複雑化していた。
それまではただひたすら下へと続く螺旋階段だったけど、この辺りは壁面いっぱいに階段と足場が渡っている。
チャンド・バオリの階段井戸みたいと言って伝わるかどうか。
魔晶石や動力核が採掘できるのが壁面なのだから当然とも言える。
できるだけ広く壁に足場を伸ばして、採掘量を稼ごうとしていたのだろう。
採掘に合わせて壁面が削られていくためか、最も採掘の進んでいた中層の上部は壁がかなり奥まで押し込まれていた。
さすがに上層への道の部分だけは無事だったけど、それ以外の外周は絶望的なオーバーハング具合だったな。
「問題は、道が複雑すぎる事か」
ひたすら下っていけばいいと思うかもしれないけど、階段の下の足場で行き止まりになっているパターンも多い。
きっと足場を掛けるには地質が良くなかったのだろう。
そんな行き止まりにぶつかるたびに下へ飛び降りてやろうかと思うものの、自重した。
落下中に擬似精霊に襲われたらたまらないからね。
採掘に慣れた人なら道も覚えているんだろうけど、便利な地図は図書館で俺が見れる範囲に見つからなかった。
なので、地道にトライ&エラーの繰り返しだ。
通った階段にはチョークでマークをつけておき、行き止まりだったら帰りにバツ印を足す形を取っている。
「ん?」
下り階段の途中で足を止める。
階下から赤い光が明滅していた。
けど、それだけじゃない。
人の声も聞こえるぞ。
それも複数。
他の探索者チームが擬似精霊と戦っている。
この位置からでは張り出した岩が邪魔でどうなっているか見えないな。
少し迷う。
無視、助力、様子見。
ベテランの探索者たちなら独自で戦えるだろうし、下手に手を貸そうとしても連携の邪魔になってしまう。
そもそも探索者は独立独歩の自己責任がルール。
放置して進んでも責められる謂れはない。
けど、遺跡に挑む同志でもある。
余裕があるのなら助け合うのべきだろう。
相手がディアロスのような奴なら容赦なく見捨てるけど、普通の探索者まで切り捨てるつもりにはなれない。
「とりあえず、様子を見るか」
状況を見なくては判断もできない。
どの道、この道の先が下に続く正しいルートだったのなら、行くしかないのだから。
青い光の漂う空間の奥。
赤い輝きが揺れ動き、罵声じみた声が響く中を慎重に進む。
階段の途中まで下りて、岩が傘のようになっている足場を覗き見た。
「多いな……」
そこは擬似精霊の群れに埋もれていた。
数えるのが馬鹿らしくなる量だ。
ざっと百は超えているんじゃないか?
種類も魚、蝙蝠、蜘蛛、百足、ハエ、ゲジなどと多様。
攻撃手段がバラバラで対処が難しいだろう。
「アレン、ビータ、下がりなさい!」
「カッティ、ダズ、今だ。前に出ろ。エマはアレンと替われ」
想像通り、八人の探索者が戦っていた。
年齢は三十前後ぐらいだろうか。
少なくとも現役の学生ではなさそうだ。
おそらく、学習院の卒業生。
五人の戦闘員が多くの擬似精霊を引きつけ、二人の指揮官がより多くの擬似精霊を倒しながら指示を出している。
かなり強い。
特に指揮官の二人。
一人は細身の男で、弓矢の使い手。
壁を背にした状態から速射で次々と空の擬似精霊を撃ち落としている。
もう一人は大柄の男で、盾の使い手。
こっちは最前線で敵の猛攻を一手に引き受けているけど、まるで揺らぎもせずに弾き返していた。
残りの五人が二人の間に陣取り、盾で二分された擬似精霊を処理している。
巧みな連係で一人が敵を止め、一人が倒すという流れができていた。
予備人員を用意して、五人を交代で休ませているし、これなら不慮の事態が起きても対処できそうだ。
「これが本物の探索チームか」
そう言えば見るのは初めてだな。
さすがにディアロスと取り巻きたちとはレベルが違う。
やっぱり注目するべきは指揮官の二人。
単純に個人の力量が高いのもあるけど、仲間への指示が的確だ。
「手伝いはいらないだろうけど……」
あの大群に襲われながらも危なげがない。
もちろん、楽な戦いではないだろうけど、このままならいずれは勝ち切るだろう。
ただし、時間がかかりそうだ。
倒しても増援が来ているせいで全滅させられない。
これまでの経験上、擬似精霊は一度襲ってきた連中を全滅させないと、いつまでも増援が送られてくる性質がある。
倒す量と増援の量の天秤は前者に傾いているからいずれは全滅できるだろうけど、こうも数が多いとなかなか難しいだろう。
解決方法は簡単だ。
あの数のいくらかが別に向かえば負担は半減。
防御主体から攻勢に出られる。
「ここは協力して進むのが正解かな」
言葉に出して自分を納得させた。
決めたなら行動だ。
一気に残りの階段を飛び降りる。
着地の音で探索チームと擬似精霊の注目が集まる。
俺の登場で陣形が乱れたら目も当てられないから、まずは声を掛けた。
「そっちの人たち、手伝うか!?」
弓矢使いの男がちらりと俺を見て、すぐに返事を返してくる。
「申し出、感謝します。一割で構いませんので引きつけられますか?」
「了解」
「擬似精霊が分かれたら攻めに出ます。準備を」
後衛指揮の彼がチームリーダーなのかな。
前衛指揮の盾使いを含めた他のメンバーも迷わず従っている。
さあて、と。
真っ先に襲い掛かってきた百足と蜘蛛をロープの一閃で打ち倒し、横合いから突っ込んできた魚を逆側のロープで払い落とす。
フットワークは最小限。
鞭の操作に集中だ。
「両手鞭の練習台になってもらうよ?」
一割なんて生温い目標は設定しない。
三割ぐらい食ってやろうじゃないか。




